「お前もマルボロ派だったな」




004:マルボロ




いつものきつい瞳で私を睨みつけて。
隣に座って自分はゴールドのマルボロを口にする。
その動作がごく自然で。
当然のことながらいつでも吸ってるのがうかがえる。


「お前ってだぁれ?」
「目の前に居るお前しか居ねぇだろ」
「私には""っていうちゃんとした名前があんのよ」
「いちいち覚えてらんねぇよ」
「あっそ」


私は真っ赤なマルボロから新しい1本を取り出して、
スカートの上に置いてあったライターで火をつける。
フーッと息を吐いたとき。
私の手に貴方の手が重なった。


「ライター、貸せ」
「……高いわよ?」
「はっ、ただの100円ライターだろうが?」
「私が持ってると100円ライターも
 100万円ライターに早変わりすんのよ」
「フンッ……最高じゃねぇーの」


何気ない日常の一コマだけれど。
私にとって貴方と煙草を吹かす時間が。
何より生きていると実感出来る瞬間。




学校がね、つまらなかったの。
毎日毎日つまらなくてね。
ふと立ち止まって。
隣には煙草の自販機があったの。

好奇心が胸を疼いた。
もしかしたらこのつまらない時間に。
少しでも刺激が出るんじゃないか、って。

スカートのポケットに入ってた300円で。
女子高生の私でも知ってる有名な赤いマルボロを買った。
どれが軽いとか、どれが重たいとか。
よく知らない私は、何でも良いから吸いたかったの。

最初はよく咳き込んだ。
大人はどうしてこれを好んで吸っているのか分からなかった。
だけど。
妙な虚無感を開放している力は持っていた。

時期に、慣れた。
声が若干低くなった時には全然平気だった。
重い煙草から吸ったせいか、どの煙草もそれほど苦ではなかった。
確かに味は違ったけれど。


いつしか。
煙草を持っていないと不安になった。
煙草を吹かしていないと苛立ちが募った。

そっと授業をサボって。
立入禁止の屋上で煙草を吹かしていると。


「誰だ、テメェは」


貴方に出会ったの。




最初はひどく対応に困ったわ。
だって校内でも有名な不良、亜久津仁だもの。
同じクラスになる縁もなく、聞く存在でしかなかった人物で。
私は何を話して良いのか分からなかった。

2週間くらい。
無言でお互い煙草を吹かしていた。
一日学校をサボってお互いの時間を過ごしたこともあった。
私達は近くにいて、実際は遠い関係だと思ってた。

けれど。


「お前は学校に何しに来てんだよ」


突然の問いかけに。
戸惑いを覚えながらも。


「……煙草を吸いに」


煙を吐きながらそう呟いた。
スカイブルーの空に上っていく白い煙は。
いつしか私の目では捉えられなくて。
空に、溶けていく。


「……無駄だな」
「そうね、無駄ね」


だって学校に居る理由なんて見つからないんだもの。
そりゃあ友達だって居るけど。
そのために学校に来れるほど仲良くない。

だけど、夜が明ければ朝が来て。
両親は私をさっさと家から追い出して。
学校に行くしかないんだもの。
私に逃げる強さなんて持ってないんだもの。


「亜久津くんは?」
「……テメェには関係ねぇよ」


初めて呼んだ名前だけれど。
何だか呼び慣れた感覚だった。
自然に、貴方の名を呼べた。

その時にね。
自分の居場所に気付かせてもらったの。
初めて学校での居場所を見つけたの。

今まで行く場所がなくて来てた学校。
それでも授業なんか受けてられなくて。
どこへ行っても孤独が渦巻くそんな空間。

無言の空間に。
私は居場所を見出してた。
亜久津は私が居ることを許してくれていた。

それでね。
居場所だけじゃないんだ。
私が気付いたのは。




コツン。

先生が見回りに来たとき死角の給水タンクの裏で。
いつの間にか私達は隣に座るようになって。
こうやって、こづかれることも珍しくない。
そのおかげで私は思い出から覚醒出来た。


「……なによ?」
「灰、落ちそうだぜ?」
「……」
「んだよ?」


指に挟んだままの煙草はジジッと音を立てて燃えて、
今にもスカートの上に落ちそうだった。
ひどく驚いて亜久津の顔を凝視すると、
怪訝そうに貴方は顔を歪めた。


「亜久津がそんなこと言ってくれるとは思わなかった」
「あぁ?」
「そんな、優しい言葉……」
「もし落ちたらテメェ、俺のせいにするだろうが」


うん、間違いない。
スカートに穴でも空いたらきっと亜久津を攻めてるね。

ねぇ、どうして分かるの?
何の興味もなさそうにしてるくせに。
私のことなんてどうでも良さそうになくせに。


そんな何気ない優しい言葉に。
私が弱いのも分かって言ってるの?


「……その時は」
「んだよ?」
「その時は亜久津に責任でも取ってもらってるだろうな〜」
「……」


無言で私の手からライターを抜き取って、
慣れた手つきで煙草に火をつける。
煙草の先が燃えて、亜久津はフーッと煙を吐く。

そして。
ふいに立ち上がって。


「お前の責任がそんなもんで取れるなら言わなきゃ良かったぜ」


遠い空を見つめて。
貴方はそう呟いた。

どういう意味を込めているのか。
私なりに解釈しちゃうよ?
良いの?


「それって……」
「ライターの借り、いつか返してやるよ」


私の言葉を待つ前に。
貴方は屋上から姿を消した。

ちゃんとした答えを貰った訳ではないけれど。
期待して仕方ないのは貴方が好きだから。


亜久津仁に気付かせて貰ったのは。
居場所と。



貴方を好きだという気持ち。






+++++++++++
書いた後に気付いたんですが。
亜久津仁が名前を呼んでいない。(真顔)
ビックリです。でも、続くかもしれません。
その時にリベンジをば!


BACK