「……」


ブラックコーヒーを飲みながら。
ふと目についたのは双子の幼児の頭部が切断されるニュース。


『このシャム双生児は……』


コーヒーを飲み終えて。
傍に控えていたメイドが俺にコートを羽織る。
別のメイドが俺に鞄を差し出す。


「景吾ぼっちゃま、お車のご用意が出来ております」
「……分かった」


ニュースに後ろ髪引かれつつ。
俺は、学校へと向かった。




016:シャム双生児 中編




今日は朝練がない。
いつもは1時間程早くて交通量も少ないが、
こんな日は出勤時間と重なって、車の動きが遅い。


「……チッ」


こうやって1人で何もしないで居ると
色々と思い出すから嫌なんだ。
足を組んで、舌打ちをしても変わらない状況に。
俺は苛々を募らせる。

いつもより遅く感じる車の移動に苛立って。
俺は横に備えてあるスピーカーのボタンを押した。


「オイ」
『どうかなされましたか?』
「今日は歩いていく、降ろせ」
『左様でございますか、ではドアを開けます』


運転席と繋がるマイクにそう告げて。
返答がきてすぐさま鞄を掴む。
執事が外からドアを開けて。


「いってらっしゃいませ」


と、俺に頭を下げつつそう言った。
俺は頷くだけして、いつも朝は歩かない道を歩き始めた。

車の中とは大分温度差がある外は。
冬風が堂々と吹き荒れていて。
枯れた木々を揺らして、通りを歩く人のマフラーを解く。


『あ、ココ!ココのケーキ美味しいんだって!』


いつもは夜に通るから。
閉まっているそのケーキショップも開いていて。
俺は目を細めて、それを睨む。

目を閉じなくても浮かぶのは。
風によってマフラーを解かれても気にしてない、の姿。
夜の寝静まったこの通りを、楽しそうに歩くその姿。

いつも俺の部活が終わるまで待っていて。
一緒に帰るのを楽しみにしているその姿が愛しくて。
俺らしくもねぇが、ハマっちまって。



ああ、好きだ。



なんて。
改めて思っちまうことなんかしょっちゅうで。
飽きることなく、これからも続いていくと信じていた。


あの、噂を聞くまでは。





「跡部、次体育やで」


上から声を掛けられて。
ハッと我に返って見上げた先には。


「一緒に着替えてもええ?」


いつもの緩い笑顔で。
返事も待たずに俺の前の席に体操服を置いて。
ブレザーを脱ぎだす。


「はよ着替えな、体育間に合わんで〜」


いつもの調子で早々に体操服に着替えようとする動作に。
俺も立ち上がって、ブレザーを脱ぐ。


「……ちゃんと別れたんやて?」


その言葉は俺の動きを止めるには十分で。
睨みを利かすと、忍足は先程より深く笑む。


「図星か、じゃああの噂はホンマなんやな」


脱いだシャツを綺麗に畳んで。
外気に晒された肌を隠すように、体操服を着る。
俺は耐えるように拳を握る。


「宍戸も上手いことやったな〜。
 ……あんなエエ声出すんやったら俺が欲しかったわ」


俺は、目を見開いた。
目の前には余裕の笑みで今度はジャージを着込む忍足の姿。


「別に見たくて見たんやないけど。
 偶然通りかかってしとったら聞こえるんは当然やろ?」


完璧に着こなして。
軽く机の上に乗って、俺にそう言う。
俺は我慢の限界で忍足の胸倉を掴んだ。


「……テメェ!」
「跡部もそういうつもりでやったんやろ?
 誰かに見られるかもしれへんってちゃんが思わんわけない。
 無言の圧力かけて無理矢理したんちゃうん?」


小さく。
でも俺には確実に聞こえる声量で。
俺の胸を的確に刺す。


「あ、気にせんといて!いつものことやから!」


俺が胸倉を掴んだことで周りがざわついたため。
忍足はいつもの緩い笑顔で応対した。
俺は舌打ちして胸倉を離し、ジャージを着込んだ。


「じゃあ先行くわ」


言いたいことだけ述べて、忍足は教室を出て行った。
誰も居なくなった教室で、
俺はブレザーのポケットに入れた携帯を取り出し、
そっと耳に当てた。


『留守番電話、1件』


そう機械が話して。
ピーッという機械音の後に聞こえるのは。


『サ ヨ ウ ナ ラ』


そして。
携帯をどこかにぶつけた音と。
大きな泣き声が遠くから聞こえる。
20秒程それが続いて、留守録は停止する。

胸が、苦しくてたまらねぇ。
ぎゅっと何かに縛られたまま、もがく。
もがいてもどうにもならないのに。
噂に踊らされた俺が悪いのに。

チャイムまで後2分。
時計に気付いて、俺は急いで教室を出た。





「跡部さーま、ちょっと良いですかー?」
「お話があるんですよー」


日常茶飯事に等しい女からの話し掛け。
こんな女達はと付き合いだしてからは
一切の付き合いをなくし、コイツらの話も耳を通り抜けるだけ。


「……」
「彼女のさんでしたっけー?」
「宍戸くんと浮気してる現場押さえたんですよー」


化粧っ気が強く、香水の匂いも強い。
こんな女達への魅力をもう感じられない。
そして、こんな話も日常茶飯事。
どうしても俺とを別れさせたいらしい。


「街中を仲良さそうに歩いててー」
「映画が楽しかっただとか言っててー」
「……」
「あ、ほら!」
「噂をすればなんとやらー、ね」


自然と目が行くのは。
そこにが居るから。
傍に誰が居ようとも。
そこにが居るなら、俺はそこに目を向ける。

確かに。
俺と対する棟で。
にこにこと笑いながら歩くの姿。
その隣には、宍戸の姿がある。

社会の資料運びの手伝いなのだろうか。
は大量のプリントを抱えて、
宍戸は大きな地図を持っている。

は数歩先を歩いて、宍戸を振り返る。
宍戸もそれを普段見せないような笑みでを見つめてる。


正直、俺は面白くない。
自分の女が誰かと仲良い姿なんか見て面白いヤツが居るか?
自分の女が惜し気もなく、笑顔を振りまいてる姿に苛立たねぇのか?


次の瞬間。
はバランスを崩して。
宍戸は慌てて地図を放り出して、を抱きすくめる。
プリントは散らばり、舞うようにヒラヒラと落ちる。

そっとは宍戸から離れて。
は宍戸を見上げて。
宍戸は笑いながらの頭を軽くこづく。

はたから見れば。
それはまったくの恋人同士で。
しかも付き合い始めた当初のような。
初々しささえ残っていて。

本当の彼氏は俺なのに。
何故か宍戸の方が似合っているような気がして。
俺は今まで自分の自信を失ったことがないのに。
に対しては、宍戸に負けているのかと思えて。



お前は俺のだろ?
俺はお前のものであると共に。
お前は俺のものだろ?


「チッ」


女に対してこんな感情になったのは初めてで。
俺はどうして良いか分からねぇんだ。
俺のものだという確かな証拠が欲しくて。
俺は無理矢理、愛を確かめる手段に出た。





「景吾?話ってなに?」


少し怪訝そうな顔で呼び出した教室に足を踏み入れて。
俺の言う通りにドアを閉めて、傍に寄ってきた。

ドアを閉めろと言った時に。
少し不安気な顔をして、眉根を寄せた。

その顔に俺も急に不安になった。
本当には宍戸と付き合ってるのか、と。
だから俺に呼ばれてバレたかと不安気な顔をしているのか、と。

勝手に浮気をしていると決めつけて。
まともに働いていない思考のままそう決めつけて。

を窓に殴り押しつけて。
苦痛で歪んだその顔に、問いかける。


「……お前は、俺のだろ?」


この後。
の優しい微笑みが消え去ることなんてこの時は考えもしなかった。
確かな証拠が欲しくて。
俺はただ、それだけが欲しくて。

怒りで何を口にしたかあまりよく覚えていない。
ただ、にとって残酷な言葉だったに違いねぇ。

いつもとは違う泣き声混じりの喘ぎを聞いて。
俺はこんなことで愛を得られない事実に気付く。
こんな強姦まがいなことをして、確証を得られないことなど。
冷静な頭で考えればすぐに分かるはずなのにな。

に対しては冷静に状況を判断出来ない。
すぐに言い様のない不安、嫉妬、独占欲にまみれて。
離したくない衝動にかられて。

自分のバカさ加減に呆れて言葉も出ない。
嫌われてしまうのは確実なのに。

意識を手放している。
床には散らかった衣服、情事の後が生々しく残っていて。
俺は苦虫を噛み砕く勢いで顔を歪めた。

自分のしてしまった過ちを悔やみながら、
俺はそっと無意識にブレザーをかけた。
ブレザーがないのを気付いたのは校舎を出てから。
妙に身体を刺す冷たさが、当然の報いだと思えた。

校門の前に待たせておいた車に乗り込み。
心配する執事をよそに、出せ、とだけ言って学校を出た。


自分がこんなに弱い人間だったとは。
たった1人の人間にこんなに溺れてしまうとは。
たった1人を失う悲しみがこんなに深いものだったとは。

信じて止まなかった同等のお互いの関係。
朝、あのニュースが気になったのは。
俺達もあんな風に離れることはないと信じていたから。
シャム双生児のように一生離れないで生きていけると思っていたから。

俺はどうしようもない過ちを犯した。
そんな俺は、にはきっともう必要ない。



その証拠に。


『サ ヨ ウ ナ ラ』


という言葉が発せられたのだから。





「健気やなぁ……」
「あぁ?」


準備運動のトラックを10周走っていると。
隣を走っていた忍足がそう言葉を漏らした。


「ホンマにちゃん、宍戸と付き合っとん?」
「……」
「宍戸に聞いたら、そんなんあるわけない、やて」
「……!」
「あんな健気な子なんやったら、
 俺が貰っても問題ないやんなぁ、跡部?」
「けな、げ……?」
「別れても、それでも好きなんちゃう?」


忍足が顎で指し示す方向に。
フェンスを握って、グラウンドを見ている女の姿が。
見覚えのあるコートを着て、見覚えのあるマフラーを巻いて。
じっと俺達が走る光景を見ている。


「ッ……!」
「意地悪ゆうたお詫びや、すぐ行った方がええんとちゃう?」
「言われなくてもそうするに決まってんだろ!」
「頑張りぃや〜」


並んで走るその中から抜け出して。
教師の背後から聞こえる声を無視して。
俺は一目散に校舎へと駆け出した。

目指すは屋上。
が居る、屋上へ。






+++++++++++
もう書き終わってるんですけどね。
編集が面倒で全然更新出来なくてスミマセン(^^;
何やら熱が出てしまって、めっさしんどいです。
これ書いたのはもう1週間くらい前だったかなぁ(笑)


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