「跡部!跡部、待ちなさい!」


スレイトグレーの髪が。
列を乱して、先程より早く走る。
制止する言葉を無視して、校舎の中へと消えた。

それが一体何を意味するのか。
フェンスを握りながら、私は何も予測しなかった。




016:シャム双生児 後編




バンッ。


鉄製の屋上のドアは大きな音を立てて開いて。
その音に反応して、振り向くと。


「け……いご……」


歯切れ悪く呟いた先には。
額を汗だくにして、肩で息をする景吾の姿が。
ゆっくりと面を上げて、私を見据える。

蒼い瞳がまっすぐに私を見て。
私は立ち竦んだ。動けなかった。

頭を過ぎるのは。
あの情事の何も映さない瞳。
無意識に震えだす身体を腕で抱き竦める。


「……」


無言のまま。 景吾は1歩1歩確実に私に近づいてきて。
その度に私の震えも酷くなっている気がして。

浮かぶのは涙。
頬を伝っては、床に落ちる。
そのまま溜まって海にでもなれば。
私は潜って、泳いで、逃げることが出来るのに。

好きなのに。
好きなのに。
好きな気持ちは変わっていないのに。

それでも。
恐怖を感じて止まない。
全身が景吾という存在を拒否して仕方がない。


「来な、いで……!」


精一杯の自己防衛。
身体を好きにされるのは構わないの。
でも、心を傷つけられるのはとても怖いの。

涙が何筋も頬を伝うのが分かる。
まるで許しを請うかのように。
震える足は立つことさえ困難で、座り込む。


「……」


景吾の第一声は、私の名前だった。
とても悲しそうに、切なそうに呼ばれた。
景吾にそんな風に呼ばれたのは初めてだった。

ガタガタと震える身体を抑えられぬまま。
近づいてきた景吾にビクリと大きく震わせて。
歯がガチガチと音を鳴らす。

寒いからじゃない。
恐怖から来る、震え。

頭上がふと暗くなって。
ゆっくりと景吾が目の前に膝をついた。


「俺が、怖いか?」


まるで、景吾じゃないみたい。
いつも自信満々で、俺様風を吹かせていたのに。
今は弱々しく、私の様子を見て話をしている。

触れない距離を保って。
それでも心配そうに見つめる視線が刺さる。

あんなことをしたのに。
あんなことをされたのに。
そう思うのに。


「……っ」


小さく首を横に振る、自分。
決して景吾自身が怖いわけじゃないの。
自分を守るために、身体が勝手に震えるの。

伝えたいのに。
それは、言葉にならなくて。
私はその想いを涙で零す。

少し顔を上げれば。
やはり心配そうな景吾の顔。
最後に見た顔はあんなに恐ろしかったのに。
今は心が休まるような、そんな表情。

そっと動いた手で景吾の二の腕を掴んで。
そのまま自分の身体を寄せて。
景吾の胸に顔を埋める。


「ひっ……ひぐっ……」


嗚咽が漏れて、漏れて。
涙が零れて、零れて。
止めようと思う自分が居ても。
決して止まることを知らない、それら。

触れた布越しは温かくて。
顔を寄せた胸は激しい鼓動が聞こえて。
まるで景吾の身体に落ち着けと言われているようで。
心の隅ではどこか安心してる自分が居て。


「……っ」


ぎゅっと抱かれる感触が心地良い。
伝わる体温が温かくて心休まる。

冷えた身体も。
冷えた心までも。
全て景吾が溶かしてくれる。


ああ、好き。
やっぱり、好きなのよ。


どんなに酷いことされてもね。
景吾なら全然良いって思えるようになってるの。
だって、そこには私の愛も、景吾の愛も。



確かに存在するんだから。



「もし」
「……え?」
「……もし、離れたとしても」
「……」
「お互いを求めて止まねぇんだろうな」


景吾の言葉で。
私は今朝のニュースを思い出した。
頭部を切断されるシャム双生児の話を。

きっとあの子達もそうに違いない。
真正面から向かい合っても、なお。
お互いの存在を求めて止まないに違いない。

だって。
身内でも他人だもの。
他人の温もりを1度知れば。
それを離したくないのは当たり前だもの。

きっと景吾の言葉の意図は違うんだろうけど。
私は帰ってニュースを見ようと思った。





「……聞きてぇんだが」
「なに?」


すっかり涙も引いて。
跡を消すようにハンカチで目元を押さえていると。
景吾が急に隣に立って、歯切れ悪く呟く。

そういえば。
チャイムは何回鳴ったっけ。
とっくに景吾のクラスの体育は終わっていて。
あれから大分時間が経った気がする。


「……宍戸と、映画に行ったのか?」
「……は?」
「そんな噂を耳にしてな」


口調はいつも通りなのに。
私が振り向けば、不自然に顔を背けて。
まるで照れた子供のように。

私はバレないように笑いを零しながら。
平然を装って、景吾の問いに答える。


「……確かに街中で会ったよ、映画の話もした」
「それで?」
「宍戸の彼女が嬉しがりそうな映画の話させられて、
 やっぱファンタジーものの映画なら好きなんじゃない?って。
 私は景吾と見に行った時、楽しかったって……」
「……それだけか?」
「うん、服買いに出たら偶然会っただけだけど」


分かってないような素振りして。
本当は分かってるよ、私。

ねぇ。
こんな私にでも。
少しは妬いてくれたりしたの?

景吾の彼女に相応しいか分からない私なのに。
宍戸と仲良くしてる私が面白くなかった?
だから私を所有物にして留めて置きたかったの?

独占欲ってね。
少し前までみっともないって思ってたの。


でも。
でもね。

景吾にされるなら。
全然良いって思えるのはなんでかな?


景吾が好きだから?
景吾を愛してるから?
景吾を求めて止まないから?


きっと。
きっとね。
全部だよね?

その反対も然りで。
胸がじーんとなるほど嬉しい。

でも。
きっと。
景吾はそんなこと言ったら怒るから言わないであげる。

知らない振りしててあげる。
だから。
私が笑いそうなのも知らない振りしてね?


「チッ」


ふいに腕を掴まれて。
景吾と向き合ったかと思えば。
目尻に温かいモノが触れて。
消えた涙の跡を辿るように、なぞる。

掴まれた反動で。
濡れたハンカチは床に落ちて。
普段は聞こえないような落ちた音まで聞こえて。

うっすら目を開けば。
淡く光るスカイブルーが飛び込んできて。
それが景吾の瞳だと気付くまでには時間が要した。

光が水面に反射したように。
キラキラ光る淡いスカイブルーに。
同じように光が反射しているのに。
少し鈍く光るスレイトグレーのコントラストが。

まるで、絵画。
絵の具じゃなきゃ表せないようなそれらが。
私の胸を締め付けて、離さない。


「……好き」
「知ってるぜ」


数ミリの距離で呟けば。
景吾はいつもの自慢気な表情するから。
私も安心して、笑みを零す。


「宍戸」
「アーン?」
「宍戸、いじめてあげないでね?」


宍戸が私達のことを気にしたのは。
きっと自分の身体が傷だらけになってくのが嫌だから。
実は宍戸の彼女から相談されてたのよね。


『亮の練習量が皆より倍なの!何か知ってる!?』



宍戸、ご愁傷様。



景吾は一瞬顔を顰め。
思い当たりがあるのか、また舌打ちして。


「お前が好きなのは誰だよ?」


首元に手を添えて。
そのまま髪を梳く感触がくすぐったい。


「そんなの、景吾に決まってるでしょ?」
「だろうな」


今度はより深く笑んで。
軽いキスを頬に落とす。

お互いがお互いを求めて止まない関係。
見えない手錠で一生開錠されない関係。
これからも築いていこうね?






+++++++++++
お疲れ様でしたぁ。
結局ハッピーエンドですね、アハハ。
最初っからエロで最後も入れようかと思ったんですが、
そんなシチュにならなかった……屋上は、ちょっと(苦笑)
只今バックで『バレンタイン・キッス』がかかってるんですが、
ホント同じくらい壊れてるなぁと思います(笑)


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