そんなんでお前の人生楽しいのかよ?
019:ナンバリング
「えーと、1番は……あ、切ったんだっけ」
スケジュール帳とにらめっこして。
簡単にそんな言葉を吐いては、
黒いペンで大きく×(バツ)と書いた。
「じゃあ2番が1番に繰り上がり、っと」
名前なんて知らねぇが。
1番って呼ばれてたヤツがスケジュール帳から抹消され、
2番が1番に繰り上がった。
まぁ、単純な方式だわな。
「お前、俺の前でそんな話すんなよ」
「宿題教わりにきてる身でそんなこという権利ないでしょ」
幼馴染の。
校内でも有名な、自称他称問わずの遊び人。
一見ナリはそんな風には見えねぇけど。
本人は楽しいことが大好きらしく、
放課後は部活もしねぇでどっかで遊んでる。
幼馴染だからってそんなの止める権利もねぇけどな。
俺はの変化に気付かなかった。
いや、今は気付いてるけどよ。
気付くのが遅かったってのが正解か。
親が不仲で、最近離婚して。
それからは当然のように一人暮らしして。
それまで俺はテニスやらで忙しくて。
気付く余裕を知らなかった。
「私ね、一人暮らしすんの」
「は?」
「ウチの親、離婚するらしいから」
「んなの!聞いて」
「言ってないもの、聞いてなくて当然」
部活がない日に。
同じクラスなのにわざわざメールで喫茶店に呼び出して。
先に頼んでたレモンティーを。
ストローで大分溶けた氷をグラスの中で廻して。
涙も見せずに淡々と、そう言った。
「なんで」
「娘が手にかからなくなってようやく離婚出来るわ、
なんてお互いから言われたら、一人暮らししか手ぇないでしょ」
「……」
「別の良いのよ、今までも一人で暮らしてきたようなもんだし」
「じゃあ」
「男と同棲する気はありませーん」
は。
俺のことなら何でも分かるのか。
いつも俺の一言先の答えを先に下す。
まるで、自分のラインから踏み越えてこないように。
俺を、拒否してるみたいに。
「宿題くらいはしにきて良いよ、ハル」
拒否してるみたいなのに。
最後は笑みを浮かべて、受け入れてる。
いや、それが受け入れてるのか定かではない。
それも自分のラインを踏み越えてこないように。
トラップ、かもしれない。
幼馴染なのに。
俺は全然のこと分かっていない気がする。
分かってるような気はしてたけど。
実際、んなことねぇ気がする。
いつしか。
の隣に居ると。
香水の匂いがしたり。
煙草の香りがしたり。
そんなに強烈な匂いじゃない。
移り香、が俺の鼻を突いた。
いつしか。
授業中もスケジュール帳を広げてることが多くなった。
最初は別段気にならなかったけど。
見ているところが。
アドレスのところばかりで。
いくつか大きな×(バツ)が付いてたのを見て。
俺は不思議で仕方なかった。
いつしか。
校内で男と歩いてる姿をよく目にするようになった。
いかにも遊んでそうな男と一緒に。
そいつらが教室まで迎えに来て。
校門を出て行くところも何度も見て。
俺はたまらなく、胸が軋んだ。
今更ながら馬鹿だと思う。
変化していた過程は見ていたのに。
止めてやらなかったのは気付かなかったのと一緒だ。
もしかしたら。
にあの話を聞かされてたのは。
からの合図だったのかもしれない。
"助けて"をいう警告だったのかもしれない。
は勘の良いヤツだから。
自分がそうなってしまうのが分かっていて。
俺に助けを求めていて。
そうなる前に、止めて、と。
お前の近くには俺が一番近くに居たのに。
俺は頼られてたのにも気付かずに。
いい気になって幼馴染って肩書きを。
振りかざしてただけなんだな。
「わりぃ」
「……何で謝ってんの?」
「いや、今の……」
「……別に。宿題写したら帰って」
冷たくそう言い放って。
冷蔵庫からペットボトルを取って、
それをグラスに入れて自分で飲む。
謝るのは今の発言だけじゃない。
気付いてやれなかったことも含めてだ。
でも、きっと。
そんなことを言ったらは怒るだろうし。
俺、何でこんなんなんかな。
結構自由なんが売りなんだけど。
サエにも。
「のことになるとバネってらしくなくなるよね」
って言われたばっかだし。
らしく、ねぇよなぁ。ホント。
こんなに近くにいんのに。
いざって時に助けてやれねぇし。
ホント、最低な幼馴染だよな。
「……なぁ」
「なぁに?」
「男、ナンバリングして楽しいか?」
「……別に。名前覚えらんないから付けてるだけ」
「その男と会うときどうすんだよ?」
「アレ見たら名前くらい載ってるわよ」
俺の分のグラスを机に置いて。
自分はソファにどさっと座った。
顎でしゃくった先はスケジュール帳。
俺は立って。
そのスケジュール帳を手に取って。
ジーンズのポケットに反対の手を突っ込んだ。
「コレがなくなったら」
「……なに?」
「お前は元に戻んの?」
「なに言ってんの?」
「言いたいこと、分かってんだろ?」
「……」
ポケットから出した手の中には。
俺は煙草は吸わねぇけど、
親父から拝借してきたライター。
「お前にはそんなこと似合わねぇよ」
「……」
「遊んでる女演じてたいなら俺の前では止めてくれ」
「どうして?」
「強がってることぐらい、俺分かってんぜ?」
「ハルごときが?いつも見てるだけだったのに?」
「……っ」
「遠まわしに言ってた言葉も理解できずに、
今になって後悔して、そうやって私のやること否定するの?」
「……いきがんなよ」
「なんですって?」
「遠まわしに、だと?ふざけんな!
分かって欲しいなら分かって欲しいって素直に言えよ!
分かってくれて当然だと思うな!
確かに俺はお前の幼馴染だけどな、その前にお前と同じ人間なんだよ!
しかも遠まわしに言われて理解出来るほど賢くねぇんだ!!」
「……」
「気付いたら、後悔しか出来なかった!
そんなんだから、お前を止めてやることも出来なかった!
俺がどんなに後悔したか知らねぇで……
分かってくれて当然だったみたいにふんぞり返って」
「……」
「お前がそんなヤツだとは思わなかった。
長年付き合ってきたのにそんなのだと見抜けなかった俺も俺だけどな。
いきがんなよ、お前、何様のつもりだよ?」
「……っ!」
「……ゴメン、帰るわ」
もしかして。
俺ももうナンバリングされてた人間だったんだろうか。
お前にとって限りなく低い位置にナンバリングされてて。
困ったときは助けてくれる都合の良い人間。
俺はお前にはそんな価値しかなかったのかよ。
お前に、腹が立つ。
その反面。
そんな価値しかない自分に、悔しいと感じる。
スケジュール帳を床に投げ捨てて。
宿題を鞄の中に片付けて。
静かに玄関に向かった。
切れたな、俺は心の中でそう呟いた。
「ハル」
「……なんだよ?」
「止めて、欲しかったの」
「……っ」
「ゴメン、言えなくて」
「……」
「それだけ、帰って良いよ」
最後は嘲笑を含んで。
振り返ると、は背を向けてて。
なぁ、それってさ。
その態度って反則じゃねぇ?
押したり引いたり、
強かったり弱かったり。
ここで俺が引いたら。
男がすたるってもんじゃねぇか?
「……誘うなよ」
「誘って、ないっ」
近い距離なのに。
何だかすごく遠く感じて。
今すぐ消えてしまいそうで。
引き戻すように、抱きしめて。
「何で早く素直になんねぇんだよ」
「そんな、告白めいたこと出来ない……っ」
「なに?お前、俺のこと好きだったの?」
「……気付いてよ」
「無理だって、俺、そんなに賢くねぇの知ってるだろ?」
寂しい。
淋しい。
でも、今は温かい。
お前の悲鳴が消えてく。
暖かな体温が混ざり合って。
ナンバリングすることでしか。
他人の温度を感じることが出来なかったお前が。
ようやく、俺の腕の中で。
「……ここに住むかな」
「ハル、それは突然すぎ」
「最初からそう言いたかったの、知ってるだろ?」
ようやく掴めたその手を。
離してやるか。絶対に。
「ありがとう、ハル」
救いの手のように。
包み込まれて。
「俺は何番?」
「なに、突然」
「お前的に、俺は何番なの?」
少し考え込むように俯いて。
「0番、だね」
不動の0番。
久しぶりに見た笑顔をするから。
そのまま抱きしめて、床に押し倒したのは。
また、別の話。
+++++++++++
うーん、アレだね。バネちゃん難しい。
書きたいことが書けたのは自分でも微妙です。
0ってのは存在しない絶対的最初のものなんですよね。
だから好きなものをよく友達と0番だと言います(笑)
「0番だ」と言える彼氏が欲しいです。
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