「ゴホッ、ゴホゴホッ」
「……大丈夫か?」


わざわざ振り向いて。
仏頂面なのに心配してくれて。
淡々と言った言葉には優しさが詰まってて。

好きだなぁ、なんて。
改めて授業中に再確認してしまう。




025:のどあめ




「う、うん……多分」
「今年の風邪は喉にくるらしいからな」
「日吉ってば詳しいね」
「母さんが風邪を引いたんだよ」
「え、大丈夫なの?」
「ああ、もうウチは治りかけだ」
「そう、ゴホッ……んー、風邪なんてついてない……」
「ああ、そうだ」
「なに?」
「おい、日吉に!授業中にお喋りとはいい度胸だな!」
「げっ……ゴホッ」


そういえば、只今。
"氷帝学園最悪教師"と名高い先生の数学の授業中でした。
すっかり日吉との会話に夢中で。
それに風邪の咳が手伝って。
そんなことすっかり頭から抜けていました。


「日吉!前に出てコレを解いてみろ」


前の席の日吉が後ろを向いていたので。
私も同罪なのに日吉の名が呼ばれた。
私は数学苦手だから助かるけど。
迷惑かけるなら。
やっぱ、風邪なんかひくんじゃなかった。

日吉はやっぱり無表情で。
私の方を見ずにシーンとなった教室の中を
悠々と歩き、チョークを持って書き始めた。


カツカツ、カツカツ。


シーンとなった教室に響き渡るチョークの音。
最初は"日吉、ご愁傷様"と思っていた皆の顔が
みるみる内に目を見開いて驚いた顔をしてる。

日吉はチョークを持った手を休めることなく。
私には全然まったくもって分からない問題を
スラスラと難なく答えを導き出してしまった。

先生は日吉の隣で。
口を半開きにしてそれを凝視した。
"開いた口が塞がらない"ってヤツよね。

私は何だか誇らしげになった。
私の好きな人はとにかくすごい。
勉強も出来れば、運動神経も良い。
特にテニス?
氷帝には200人以上の部員が居るらしいんだけど。
その中でもトップクラスらしい。
私はあんまりテニスのことは分からないんだけど、ね。

というか。
私が誇らしげに話す話でもないんだけどさ。
別に、彼女じゃないし。
日吉からしたら私なんて。
ただの、クラスメイトの存在だろうし。




顔一つ変えずに。


「出来ました」


とだけ言って。
チョークの粉がついた手を払って。
行きと同じく悠々と机の間を歩いて。
私の前の席へと堂々と座る。

なんて、様になる男でしょうか。
先生は何度か咳払いをして。
自分で書いた問題は黒板消しで消しながら。


「まぁ……難しい、というほどでもなかった、な……」


と、少しどもりながらそう言った。
私は舌を出して心の声で、バーカ、って呟いた。
自分で難しいと思って出した問題を。
簡単に日吉にひっくり返されて情けない姿晒して。
笑いたいけどクラスの皆も笑えないでいる。
必死に笑いを堪えて机に突っ伏す人の姿も。

でも。
当の本人は。
ひっくり返した張本人は。

無表情を貫き通して。
笑うわけでもなく、馬鹿にするわけでもなく。
ただ、ただ淡々と、
先生を鋭い瞳で射抜いて。


キーンコーンカーンコーン


先生ラッキーね。
今日はこれ以上の授業は望めなかっただろうし。
全てはこの日吉がぶっ潰したからね。
先生は怒鳴りながら私達を立たせ、
礼をして、教材を抱えてさっさと教室から出て行ってしまった。

先生が出て行った後。
教室中がワァッと大きな歓声があがり。
先生を嘲笑う者、日吉を賞賛する者が盛り上がる。
そんな中で。
日吉はやっぱり無表情で。
顔色一つ変えず、席を立って。
うるさいのか、教室を出て行った。


「……ひよっ、ゴホゴホッ!!」


追いかけて廊下に出ると。
教室の中とは全然違う温度差で。
寄付金ガボガボ手に入れてるクセに。
教室だけじゃなくて廊下にも暖房設置して欲しい。

冷え切った廊下に。
私の咳が大きく響いて。
それに気付いた日吉が振り返って、駆け寄る。


「、大丈夫か?」
「う、ん……」
「風邪を甘く見るな、教室入ってろ」
「いや、でも」
「さっきのことなら気にするな、俺が悪いんだし」
「でも私が風邪ひいたから、っくしゅん!」


寒いと思えば。
私達の教室前の窓が1つ全開になってる。
もしかしてあの数学教師の仕業か!?
鼻をずびずび言わせていると、日吉が黙ってその窓を閉めた。


「だから気にするな、教室入れ」
「……ごめん」


あーあ。
こうやって日吉と2人きりで話すチャンスなんて滅多にないのに。
どうしてこう、決まらないのかな。

ただ席が前後なだけで。
チャイムが鳴って先生が来る間の繋ぎとして話してるだけで。
確かに近い距離ではあるけれど。
きっと1時間も話してることなんかなくて。

一緒に居る空間の時間は長いのに。
面と向かって話すのはほんの数分の出来事。
でも、その数分が。
1日の中で1番至福のとき。

ほんの少しの時間なのに。
こんな格好悪い自分を見せちゃうなんて。
きっと日吉には今日の出来事で済まされちゃうけど。
私にとっちゃ日吉ページの1ページに記録されちゃうんだから。

へこっと頭を下げて。
俯き加減で教室に帰ろうと反転する。
教室は暖かいだろうし、この気持ちも癒されるかも。
このまま外に居たら風邪が悪化して、
日吉にうつしちゃうかもだし、学校来れなくなるかもだし。

小さく聞こえないように、ハァ、と溜息を吐いて。
教室のドアに手をかけた。


「―――――そうだ」
「な、なに?」
「忘れてた」


ドアに手にかけたままの体勢の私に。
日吉はポケットに手をつっこみながらやってきて。
20センチくらい高い位置から私を見下ろして。


「……教室に忘れ物?」
「いや、違う……手、出せ」
「な、なんなの?」
「良いから」


怪訝な顔をすると。
日吉の顔も一層顰めたような気がして。
何をされるのかよく分からないけれど。
とりあえず両手を日吉の目の前に出してみる。
物乞いをするように少し底を作って。


「……やるよ」


耳に触れるその声が。
髪にかかるその息が。
私の心臓を鷲掴みにする。

身体がセメントで固められたみたいに動かなくて。
でも心臓はバクバク大きな音を立てて。
血が沸騰してるかのように体温が上がるのが分かる。

手のひらには。
数個の飴が乗っていて。
その飴には大きく。
"のどあめ"と書かれていて。


「なん、で……」
「……母さんが持ってけってポケットに入れたの思い出した。
 さっき授業中に言おうとしてたんだよ」
「そ、なんだ……ゴホッ」
「それ、母さん曰くよく効くらしいから」
「どうして?」
「え?」
「どうして、くれるの?」


そんなの、決まってる。
ここで聞いたら。
きっとダメになるけど。

気になるの。
日吉が私のことどう思ってるか。
こんなところで勝負に出るなんておかしいって笑う?
少しはその仏頂面崩して、答えて?


「……風邪、うつされたら困るからな」


淡々と。
そして、仏頂面を崩さず。
そう私に言葉を投げかけた。

分かっていた結果なのに。
負け試合なのは百も承知だったのに。
どうしても試したかったのは。
私の日吉への想いが強すぎる焦り。

タイミングが合わなくて。
、見事玉砕してしまいました。


「そっか、ありがとうっ!ゴホゴホッ」
「……」
「じゃあ教室戻るね、日吉も授業サボっちゃダメよ!ゴホッ」


日吉がサボる訳ないのに。
でも、私は次の授業サボるって決めたから。
いや、次だけじゃない。
今日一日はサボって傷心を癒すんだから。

まずは教室に入って。
鞄に教科書を詰めて。
保健室の先生には風邪で具合が悪いって言おう。
今はまだ大丈夫だけど、これから具合悪くなる予定だし。

泣くな。
まだ泣くな、。
こんなところで泣いたら日吉に迷惑だ!

きゅっと唇を結んで。
必死に涙を堪えて。
片手で飴をぎゅっと握って。
どうか日吉に気付かれないように。
私が情けない女だと勘付かれないように。


最後くらいは。
格好良く決めてやろうよ。


教室のドアを再度持って。
開けようとしたとき。

日吉の右手が。
私の手に重なって。
左手が。
ドアを押さえて。

突然の行動に。
私はあっけらかんと日吉を見つめてしまって。


「口、開いてる」


なんて。
好きな人に注意されてしまって。

いや、よく分かんないんですけど。
何がしたいのよ、日吉。
は日吉若に負けたんですよ。
私なんかじゃ下克上の一歩にもならないだろうけどさ。


「あ、あの……ゴホッ」
「嘘ついた」
「は?」
「うつされるからじゃなくて」
「……ッ」
「が、心配だったからだ」


強い瞳で。
あの先生を睨んだその瞳で。
今度はきつく私を見つめて。

その瞳を受けて。
私の心臓はまた高鳴りだす。
負けたと思えば逆転ホームランでもしたの?
もしかして、試合はまだ終わってなかったの?


「日吉、嘘つくの……?コホッ」
「は?」
「あの日吉が、嘘なんてつくの?」
「……仕方ないだろ、照れて言えなかった」


私が知ってる日吉は。
決して嘘をつく人じゃない。
何事に関しても武士道精神というか。
家が古武術やってるらしいからか。
そういうものとは縁遠い人だと思ってた。

でも。
照れると。
嘘というか、言い訳をしてしまうらしい。

そんな日吉が知れたことに。
私はとっても嬉しくて。
さっきまで泣きそうだったのに。
今はもう心臓が高鳴り続けてる。

好きだなぁ、なんて。
改めて廊下でも再確認してしまう。


「飴は本当は芥川先輩から貰ったんだけど、
 これ貰った瞬間からにやろうと思ってた」
「え?お母さんが風邪なのも嘘なの?」
「いや、それは本当」
「そっか、これはテニス部の先輩さんが……コホコホッ」
「」
「え、あ、なに?」


飴から日吉に視線を戻すと。
少し微笑んだその優しい笑顔があって。
トクン、と小さく切なく私の胸を奏でて。


「俺はが好きだから。
 好きな奴が風邪で苦しむ姿なんか見たくないから」


ねぇ、ここ廊下よ?
場所とか分かってる?
ううん、きっと日吉には分かってる。
けど、今伝えなきゃいけない想いだから。


「ありがとう、私も日吉のこと好きです」


こんなにも胸を高鳴らせるのは。
誰でもない日吉だけだから。
私の胸の鼓動の主導権は。
日吉が握ってるから。


のどあめを舐めて。
風邪を完全に治してから。


「だから、お預け」
「俺は犬じゃない」


キスを、しよう。





+++++++++++
日吉ってこんなんで良いんでしょうか?(笑)
久しぶりに主人公視点なので調子を掴めなかったかも。
主人公視点のが難しいってどうよ、ジブン。
もっと日吉の口調、性格も研究せねば!バッフ!!


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