まるで別世界。
その中に貴方は居たのよね。

木漏れ日が眼鏡に反射して。
最初は瞳が見えなかったわ。

少し青がかった髪も。
キラキラと光って。

1枚の絵画を思わせた。
その世界に、貴方は居たのよね。




026:The World 2




"The World"


初めてその本を読んだのは。
彼に勧められたからだった。




当時付き合っていた彼。
氷帝学園3年の忍足侑士。
中学の時からずっと好きで。
この図書館に通ってるのを知って、
偶然を装ってこの図書館に通い詰めた。

気付かれるように制服のまま通って。
誰の姿もない奥へと靴音を響かせて歩いて。
貴方を、見つけて。


「忍足、くん」


思わず、そう呟いた。
偶然に見せかけた必然だったのに。
まるでそれを自分が驚いたように。

大きな棚に凭れて。
真剣に本を見つめてる姿は。
有名な画家が描いた作品のようで。
木漏れ日が差し込むわずかな光の中で。
真剣にその本を読む青年。
それが、美しくて、眩しくて。

ああ。
この気持ち、私知ってるわ。
ねぇ、これって。
"恋"って言うんでしょ?

胸がトクントクンと。
緩やかに鳴らすの。
決して激しくない感情の波が。
ゆっくりと押し寄せてきて。

砂浜に打ち上げられた貝のように。
積み上げられていって。
私の想いもだんだんと募って。
貴方を好きだと、再実感して。


「……?何でココにおるん?」


今年初めて一緒のクラスになって。
初めて、名前を呼ばれた。
話したことなんてなかった。
忍足くんの周りはいつもきらびやかな女の子がいっぱいいて。
もちろんガードは固し。
手に届かない雲の上の存在だと思ってた。

ねぇ、分からないでしょ?
名前を知っててくれたことが嬉しいなんて。
貴方の名前は氷帝に居れば誰でも知ってるもの。


「あ、も洋書好きなん?」
「え、その……」
「女が洋書読むんて、何やカッコええやん」


その笑顔で。
私は洋書を読めるようになろうと決意を固めた。




本は元から読むほうだったけど。
洋書なんて手を出したことなくって。
英語の成績はまぁまぁだったから、
色々と勉強していって。

洋書は何だか楽しかった。
最初は分からない訳し方も、
辞書で調べて和訳していく過程も。
辞書なしで読めた時も。


「じゃあコレ、読んでみ?」
「なに、コレ……"The World"?」
「お、よう読めたな」
「こんなの中学生でも読めます」
「あ、怒らんといてぇな」
「別に〜、怒ってないけど〜?」


初めて会った場所は。
私達の秘密の逢瀬場所で。
図書室にいつも通えば、
先に貴方がそこで本を読んでいて。


「それな、俺のオススメや」
「へぇ……どんな話なの?」
「ファンタジー恋愛物語や!」
「……忍足そういうの好きなの?」
「実はそういうのが1番好きやねん」


二カッと普段見せない笑顔で笑うから。
本当に好きなんだってことが分かって。
貴方なら、何ゆうてんねん、って笑うかもしれないけど。
好きな人の好きなこと知るのって。
とっても嬉しいことなんだって。


「それな」
「うん?」
「俺が1番好きな子に読ませるって決めてたんや」
「……」
「俺、のこと好きなんや」


今でも覚えてる。
私の方を見ずに。
本棚の上の方を見ていた貴方。
その横顔がどこか誇らしげで。
照れもせずにはっきりとそう言って。

私がOKの返事をして。
付き合い始めたこと。
今も色褪せずに心の中に残っている。




でも。
知らなかったの。
友達のままの方が良かったなんて。
嫉妬の沼に溺れるくらいなら。
ずっと、友達で居ればよかったのよ。

彼女になっても。
忍足の周りに女の子は絶えない。
それどころか。
標的にされてしまって。

中傷の嵐。
それでも私は耐えた。
心底忍足のことが好きだから。
何でも良いから縛りたいほどに。

いつだったか。
忍足の部屋に遊びにいった。
その時に。
忍足に耳たぶを強く噛んだ。


「っ!……どないしたん?」
「見えそうで見えない私の証」
「……なんや、縛られとうみたいやな」
「縛りたい、それで永遠に私のモノになってくれるなら」
「さよか」


ねぇ。
いつから重く感じてたの?
私がいつから重荷になってたの?

貴方を愛せば愛すほど。
嫉妬という波が激しく波立って。
いつしか不安の方が勝ってしまって。
貴方を縛ることに精一杯になっていた。

愛する人を。
自分から手離していたことも気付かずに。




いつしか。
図書室に忍足は来なくなった。
受験勉強が忙しいなんてメールで言ってたけど。
そのまま氷帝の大学に上がるなら忍足の成績なら問題ないのに。

黙って何も言わなかったのは。
自分でも心の隅ではそんな気がしてたから。
でも、それでも。
どんなに縛りたいと思っても。
貴方のことを愛焦がれているのは本当で。


「……」


貴方をココで待つのは。
私の最後の希望だから。




"The World"


後悔を胸に残したまま死ぬ勇者。
狂った精神で見る幻影は。
いつもいつも、村娘の姿。

笑ったり、泣いたり。
勇者の中に残る村娘の幻影。
どうしても決して戻ることはないのに。
それでも愛焦がれて仕方ない。

逢いたい。
逢いたくて仕方ない。

触れたい。
その髪に。
その頬に。
その唇に。
その、キミの全てに。

そのためには。
自分も彼女と同じ場所に。
きっと彼女は自分を待っているだろう。
その世界に行けば、逢える。

考えれば簡単なこと。
自分も死ねば彼女の元へ行ける。
この世界に居ないのなら。
その世界に飛び立てば良いだけのこと。

もうこの世界は必要ない。
何故救ってしまったのかも忘れた。
汚す気も起きない。
悪がのさばる世界でも。
勇者にはもう関係のないことで。

いつも腰にかけていた。
村娘が嫌っていたその剣で。
自分の首を一刺しして。
命を絶った。

勇者は果たして村娘に会えたのか。
その答えを知る者は誰も居ない。
残った世界は。
破滅への運命を辿っただけのこと。






+++++++++++
えー、かなり続きそうです、コレ。
いや、書きたいことが多くなってしまって……!
頑張ります。何だか今回は本の説明ばかりですね(笑)


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