ねぇ、開けさせてよ。
中に居る本当のキミに会わせてよ?




032:鍵穴




「千石くん、オハヨウ」


ああ、今日もホントに可愛いね。
お世辞なんかじゃないよ?

好きな子はトクベツに綺麗に見えるって
誰が考えたのかな?
でもそれって正解だよね。
だってこんなに綺麗に。
プラス、可愛く見えちゃうんだから。


「ちゃん!おっはよー♪」


机に鞄を無造作に置いて。
俺は勢い良く座って、後ろのちゃんに挨拶。
それを見ていたちゃんは、
口元を軽く手で覆って、声を押し殺すように笑う。

声を出して笑って良いのに。
俺なんていつもそうでしょ?
それで南に「笑うな」って怒られるんだけどね。




どうしてキミは一歩引いてるの?
こっち側を拒否してるの?
どこか自分をそっち側に引き止めて。
入りたくても入れなさそうにしてる。

授業中に話しかけようと後ろ向いたら。
空を、見てる。
俺が見てるのも気付かずに。
キミは空ばかり見つめてるんだよ?

どこか、つまらなそうで。
別に友達が居なさそうな訳でもないけど。
自分から近寄ってたりはしないし。
友達が来たら当たり障りのない対応をしてる。
友達が去った後は。
つまらなさそうに瞳を伏せてる。

キミの鍵穴はどこにあるの?
俺じゃその鍵になれないかな?
だってさ。
本当のちゃんが見たいよ。
それって好きなら当然でしょ?
俺はちゃんを受け止める自信があるよ?



俺じゃ、鍵になれないのかな?




「ちゃん、今日の放課後空いてる?」
「え?なんで?」


きょとんとした顔も激可愛い!
だけど。
今日は逃がしてあげないからね。


「近くに可愛い喫茶店出来たんだけど、行ってみない?」
「良いけど……今日、部活は?」
「休み!ラッキーだよね〜♪」


本当は。
南を脅して今日の練習休みになったんだけどね。
南の好きな子にあることないこと吹き込んじゃうゾ♪って。
それを言ったときの南の顔、ちゃんにも見せたかったなぁ〜。
こんなときまで俺はちゃんのこと考えてるんだよ?
どうやったら声を出して笑うか、とか。
いろんな楽しいこと考えるんだけど。
結局は試してみないと分からないよね!


「そうなの?ホントに大丈夫?」
「もう全然OK!行ってくれるんだよね!?」
「うん、甘いもの食べたいし」
「激ラッキー♪」


千石清純、今まで生きてきた中で1番最高DAY!
それを見てちゃんは笑う。
だけど、やっぱり控えめな笑顔で。
俺はちゃんと笑うちゃんの姿が見たい。



俺が、鍵になりたい。




「ココ!」
「うっわー、建物も可愛いね」
「でしょ?これ見つけて絶対にちゃんと行きたいと思ってたんだ〜」
「ホント?他の子じゃなくて?」
「うん、ちゃんと」


ああ。
俺が笑えばキミは顔を少し赤く染めてる。
ねぇ、激可愛すぎるんだけど?
きっと満面の笑顔なんかされたら。
俺なんか鼻血吹き出して倒れちゃうよ。
他の野郎に見せてやる気なんかないけどね!

店内に入ると。
スタイルの良い店員さんが俺達を迎えて。
こちらです、と窓際の陽がよく当たる
席へと案内してくれた。
お姉さんナイス!
それでもって俺ってラッキー!!

ちゃんの向かいの席に座って。
メニューを渡すと、ありがとう、って微笑んでくれる。
可愛い!可愛い可愛い!!
本当は声に出して言いたいところだけど、
今は我慢のときだもんね。

ちゃんはティラミスとレモンティーを頼んで、
俺はコーヒーを頼んだ。


「確かに男一人で入るのは恥ずかしいもんね」
「ん〜、そんなこともないけど」
「そうなの?」
「うん、ちゃんに似合いそうだなぁと思って
 一緒に来ただけだよ!」
「そっか、ありがとう」
「何でそう思うの?」
「……アイツは、嫌がっただろうなぁって」


ア・イ・ツ?
少し寂しそうに伏し目がちに言った。
最初にあった間が全てを物語っていた。

俺がキミと出会ったときには。
既にアイツとは別れていたんだ、と。

キミの鍵って。
もしかしてアイツが持ってるの?
俺じゃ必死に指で鍵穴いじくっても、
到底開けることが出来ないの?

キミの鍵は。
知らぬ間にアイツが持っていって。
アイツは知らぬ間に俺に。
"俺が持ってるんだぞ"って優越に立ってて。

初めて知らないアイツを憎んだ。
だって、だってさ。
こんなに可愛いちゃんを放って。
今は楽しく過ごしてたら腹立つじゃんか!

ねぇ、アイツから鍵を奪うことって出来ないの?
俺、そのためなら何でも頑張っちゃうよ?
ちゃんに誓って頑張るから!!



俺に、鍵を開けさせてよ。




「ティラミスとアイスレモンティーの方は……」
「あ、私です」


ナイスなお姉さんがトレイにケーキとジュースを乗せて、
他人の沈黙など気にせずに自分の仕事を遂行してる。
何も言わずに俺の前にコーヒーを置いて、
ごゆっくり、と言ってカウンターの奥へと消えていった。

カラン。
溶けた氷がぶつかってそんな音を立てた。
なんとなく俺はその言葉が引っかかって。
話せずにいた。


「千石、くん?」
「え、あ、なに?」
「ごめん、私変なこと言った?」
「あ、ううん!全然変なこと言ってないよ!
 コーヒーに砂糖何個入れるか悩んでたとこ!!」


ああ、もう俺の馬鹿。
なんでこんな肝心な時に嘘ついちゃうかな?
本当は気になって気になって仕方ないのに。
ちゃんのことが好きで好きで。
大好きな存在なのは変わりないのに。

こんな時ポーカーフェイスな自分が嫌いだ。
だって、本心が出せないし。
ちゃんの本心も聞きだすことが出来ない。
笑顔で壁を作って。
入り込んで来ないでよ、と牽制してる。

ちゃんはね。
俺とは違うけど、似てる、と思ったんだ。
勝手な思い込みなんだけどね。
本当は俺もつまらないんだよね。
友達と話してる自分は嘘で塗り固まった仮面顔だから。


「嘘でしょ?」
「え?」
「私が元彼の話しちゃったから……」
「……」
「私ね、千石くんが好きなの」
「え……ええ!?」
「驚いた?」
「そりゃ、もう……」
「だから、話したかったんだ」
「元彼の、こと?」
「そう、少し前まではそれで落ち込んでたんだ」


知ってるよ。
いつもつまらなく瞳を伏せてたから。
俺は気付かれないように見てたから。
きっとキミは知らないだろうけど。


「そんな時、千石くんが前の席になってね。
 色々話しかけてくれて嬉しかったんだ。
 いつも笑顔でね、楽しそうにしてて……
 いつの間にか目で、追うようになってたの」
「うん」
「それでね、感じちゃったんだ」
「え?」
「千石くんの笑顔が、私と一緒なの」
「……」
「楽しそうにしてるけど、
 どこか笑顔で壁を作ってるの。
 入って来ないで、って拒否してるの。
 鍵を、かけてるの」


俺は正直驚いたよ。
ちゃんが俺のこと見てるなんて知らなかった。
俺の心にも、鍵が?
ちゃんにもあるように、
俺にも鍵が付いてるの?

自分のことなのに知らなかったよ。
ねぇ、やっぱり俺、ちゃんが大好きだよ。
理屈なんてくそくらえだ。
好きになるのに理由なんかいらないんだよね。
俺のこと分かってくれるちゃんが。
世界一大好きで仕方ないんだ。


「私ね、千石くんの鍵になりたいなぁ、って」
「……なんで?」
「え?」
「なんで同じこと考えてんの?」
「同じ、こと?」
「俺もちゃんの鍵になりたいって思ってた……」
「私、の?」
「だって!俺だって!ちゃんのこと大好きだから!!」


キミは目を見開いて。
声を出して笑い出した。
後で聞いたら俺の声が大きすぎて、
お店のマスターが驚いてコーヒーカップを割ったらしい。

そんなの気にしてられないよ。
こんなラッキーがあって良いの?
俺がラッキー千石だからってこんなの良いの?
神様に恨まれたりしない?
一生分のラッキー使ってたりしない?

いや、全然良いじゃん!
一生分のラッキーでちゃんの鍵を
開けられるなら全然大したことない!!
俺のラッキーが鍵に変わって。
ちゃんの笑顔が鍵に変わって。

お互いの言葉に乗せて。
お互いの鍵穴を開けあいっこしようよ。


「俺、名前で呼んで欲しいなぁ〜」
「清純、って?」
「うん!やっぱちゃん好き!」
「いや、意味がわかんないんだけど……」
「きっと今、俺の鍵穴にちゃんの鍵がささったよ!」


ねぇ、笑って。
もっと、笑ってよ。
もう少ししたら、きっと。


本当のキミを手に入れられるよ。



俺が、キミの鍵を開けた。






+++++++++++
清純さんでした。おしまーい。
清純には悲恋も似合うが、たまにはこんなのも。
悲恋のようなハッピーエンドが好きです。
でも完璧な悲恋もいつか書いてみたいです。
(果たしてそれはドリなのか・笑)


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