「また貴女はこんな所に……」
冬の風が吹き荒れる中。
貴女はまた同じ場所に座って。
「やっほー」
同じように笑うんです。
050:葡萄の葉
「寒くないんですか?」
「……あぁ、そういえば寒いね」
「……貴女、人間ですか?」
「失礼ねー、ちゃんとした人間よー」
喋ると白い息が出るのに。
それでも寒そうな素振りを見せずに。
屋上の扉のすぐ横に座って。
惜しげもなく風が吹くままにスカートを揺らして。
ただ、笑って。
その笑みが。
自分では気付いてないのか。
幾分寂しげに見えるのは何故でしょうか。
「観月は?寒くないの?」
「僕は……」
「ああ、言わなくて良いや」
「え?」
「何で私ってこうなのかな……」
また。
寂しげな笑みを浮かべて。
言葉なく、白い息を吐く。
寒空は。
冷えきっているのを余計に知らしめるためにか。
雲は欠片の粒々しかなく。
透き通るようなスカイブルー。
都会の空は。
冬でもこんなに澄み渡っていて。
白い息の存在もハッキリさせるほど。
ひどく鮮明に、印象を残すほど。
僕の知っている寒空は。
狭い世界でのことでしかなかったんだと。
何となく思い知らされます。
「何か、あったんですか?」
「……そう見える?」
労わるように自分の手に息を吹きかけ。
それでも、手に届く前に冷たい風に遮られて。
の息は所在を失くして。
「見えますよ」
「見えますか」
「オウムですか」
「人間ですよーだ」
「……フザけないでください」
「……」
また。
もの寂しく笑んで。
力なく声に出して笑うけど。
その声は僕の耳の前で消えてしまう。
僕は。
屋上に出る扉の内側に置いておいた
紙ぶくろの取っ手を握り締め、
の隣に音を立てて置く。
「なに、コレ?」
「お茶でもしましょうか」
「……は?」
「僕のお茶の誘いを断るなんて許しませんからね」
扉を閉めて。
紙ぶくろの中から水筒を取り出して。
用意しておいたコップをに手渡す。
「……紙コップ」
「何か文句ありますか?」
「いや、観月が紙コップ使うなんて……」
「たまたま部室であったから持ってきたんですよ」
「……他の部員が、使ってたの?」
「そうです」
「そっか」
今度は。
優しそうに笑んで。
何も知らない振りをしてくれる。
貴女の優しさを僕は知っているけれど。
何故でしょうか。
こんなに窮屈に感じるのは。
貴女の優しさを必要ないと思うのは。
このために買った紙コップ。
このために入れた水筒の暖めたお茶。
全て、貴女のためなのに。
きっと。
木更津やらに話すと。
滑稽だと笑われますかね。
自分でもそう思いますよ。
白い紙コップでお茶を飲む自分なんて。
僕は専用のティーカップだけだと決めてるんです。
「また店で紅茶の葉選んだの?」
「今日は違いますね」
「違うの?」
「葡萄の葉ですよ」
「……エビ?海の、海老?」
「そんなことあるはずないじゃないですか。
アレのどこに葉っぱがあるんですか」
「……ゴメン、ボケてみただけよ」
「果物の"ブドウ"があるでしょう?」
「あ、うん」
「"ブドウ"の古名で海の海老とは違う漢字で書くんです。
徳川家……分かりますか?」
「失礼な!徳川ぐらい分かるわよ!!」
「徳川家の家紋のお印にもなっています」
「へぇ……お勉強だわ」
そう言いながら。
水筒からコポコポと音を鳴らして。
紙コップに注いで。
湯気が息以上に白く立ち上る。
「……美味しい」
「僕が入れたんですから当たり前ですよ」
紙コップを両手で持って。
そっと触れるように紙コップに口付けて。
傾けて、お茶を口の中に流し込んで。
そう呟く声が。
涙を含んでいるのが分かって。
僕は出来るだけいつもの風に言ったつもりですが。
果たして、本当にそうだったのでしょうか。
「……あつ、いよ」
「そうでしたか、それは気づきませんでした」
「……でも、おい、しい、からっ」
「はい、分かってますよ」
紙コップが白いからか。
中の赤色のお茶がよく映えて。
それを支える手がだんだんと震えるから。
液体は波立って、波立って。
の顔が映される水面が揺れて、揺れて。
液体が意思を持ってるかのように。
泣いてる顔を隠して。
心が、苦しいです。
こんな縛られたような感覚は初めてです。
貴女の涙を見るのも初めてですが、
それ以上に、こんなに苦しい感覚に驚いて。
雨でも降って。
貴女の涙を余計に隠せば。
この胸の痛みは消えるんでしょうか?
こんな苦しい気持ちは消えるんでしょうか?
そんな思いとは裏腹に。
空は先程を変わらぬスカイブルー。
雨を降る気配もなければ。
寒いのに、雪が降る気配もない。
「話しても、良いですか?」
「……」
返事の変わりに。
紙コップに口付けたまま頷いて。
目尻に少し光る涙を見て見ぬ振りして。
「僕の故郷は、とても田舎なんです」
「……」
「雪が深く、深く降り積もるんです」
「……」
「こんな透き通るような空、
あちらでは見たことがありません」
「……そう」
「いつも厚い雲に覆われていて、
冬は空が見えるほうが稀だったりします」
「……」
「透き通っていても、寒いのは変わりないんですね」
僕も。
水筒から紙コップにお茶を移して。
味わうように口に和ます。
甘いような。
ほんのりとした風味が広がって。
懐かしく、感慨に耽らせる、そんな様に。
あの空は。
思い出すと。
とても黒かった気がします。
何層も重なっているからか。
太陽の光なんて差し込んでくることはなく。
真っ黒とまではいかなくても。
空を見上げても黒い印象しかなくて。
それと反対に。
自分の視線を地面に戻せば。
遥か彼方まで続く、白の世界。
こういうのを。
白銀の世界だって言うこと。
昔、母親から教わりました。
都会の皆に言えば。
"素敵"だとか"綺麗"だとか。
そんな言葉が返って来るんでしょうけど。
そんなに素敵なものじゃなくて。
そんなに綺麗なものじゃなくて。
僕にとっては。
残酷なものでしかなくて。
踏んでも。
踏んでも。
白い雪は限りなくて。
白い雪は消えなくて。
「……もっと、寒いんでしょ?」
「ええ、寒いですよ」
「ここなんてまだまだだよね」
「……はい」
「私の悩みもきっと、ちっぽけだよね」
いつの間にか。
飲み終わった紙コップを床に置いて。
透き通った空を見上げて。
はぽつりと、そう呟いた。
「そんなことは、ないんじゃないですか?」
「そんなこと、あるんです」
「……話してくれて、良いですよ」
「……でも」
「僕にはちっぽけでも、貴女には重大なんでしょう?」
「……重大、です」
僕は話しながら。
の紙コップへとお茶を汲んで。
はい、と手渡して。
「私さ、無神経だよね」
「え?」
「さっきの観月に対しても、
聞かれたくないこと、だったでしょ?」
「……」
「昨日友達にもさ、それで―――――」
「それで?」
「怒られちゃった、無神経って」
声に出して笑ってるのに。
もちろんそれは乾いていて。
目尻に浮かぶ涙は消えなくて。
僕はどうしたら良いか分からなくて。
「人の気持ち考えろって、
自分でも気をつけようって、
ちゃんといつも考えてるのにね。
どうして上手く、いかないのかな」
初めて吐く弱音に。
いつもの笑顔が消えていて。
白い息は上へとのぼるのに。
言葉は地面へぽとぽと落ちていく。
まるで。
落ちていく言葉の姿が。
見えるようですよ。
「人間って、難しいね」
「……」
「ロボットになれたらさ、人を傷つけずに済むし、
自分も悲しい、寂しいなんて感じなくて済む」
「……」
「良いな、……なりたい、な」
ああ。
何でしょうか。
この歯痒い気持ちは。
自分のことじゃないのに。
どうしてこんなに胸が苦しくなるのか。
自分でもよく分かりませんが。
「でも」
「……え?」
「ロボットになったら、
嬉しいや楽しいまで感じなくなりますよ?」
「……っ」
「全ての感情を失くしてこそロボットですから。
最も、最初から何の感情も知らなければ、
そんなこと知る必要もないんですけどね」
「……」
「でも貴女はもう人間ですから。
全ての感情を知っているから。
今からロボットになったら、
あるのは虚無感だけでしょうね」
紙コップに葡萄茶を注ぎながら、
自分でもきつい言い方をしてると思いながら、
貴女に届くように言葉を投げた。
もしかしたら。
自分が苦しい気持ちを吐き出すための
ただの八つ当たりかもしれません。
でも。
嫌なんですよ。
好きな相手がそんな顔をしていると。
「……好きって、気持ちもかな?」
「え?」
「好きって気持ちもなくなる?」
「……理論的に考えればそうなりますね」
「そっか、うん」
注いでいた葡萄茶を一気に喉へ流し込んで、
空に息を吐いて、立ち上がって。
「謝ってくる!」
「……んふっ、そうですか」
「そこから、始めるのが人間よね!」
「人間というか、ですよ」
「……ありがとう!」
「いいえ」
「あ、そうそう」
僕の前を通り過ぎて。
ドアノブを捻りながら僕を見下げて。
先程までとは違う笑顔を浮かべて。
僕はそれを見て、少し俯いて微笑を浮かべて、
葡萄茶を流し込んだ。
「えびのお茶、美味しかったよ」
「そうですか、それは良かった」
「それとね、私ロボットになんない。
観月な好きな気持ち消えちゃうくらいなら、人間で居たい」
僕が驚いて見上げると。
貴女の姿は既にドアの奥に隠れてしまって。
虚しく一人を知らしめるように。
錆びた音を立てて、ドアが閉まった。
さらっと流れるような言葉を。
必死にかき集めて、胸に積もらせて。
好きだと言われた事実に胸が温かくなる。
先程まで痛かった胸が。
すぅっと魔法をかけられらように痛みをなくして。
今や温かい気持ちでいっぱいになる。
貴女は不思議ですよ。
僕の気持ちを知らぬ間に自由に支配して。
僕は余計に貴女に魅せられるんです。
最後の一滴まで葡萄茶を飲み干して。
「んふっ、僕もが好きですよ」
きっと。
届く気持ちを言葉にして。
僕はゆったりと冷たい壁に凭れた。
きっと帰って来る貴女に。
僕の人間の温かさを分けるために。
+++++++++++
話がごちゃごちゃしてて読みにくてて
ゴメンなさい。何か色々書き過ぎました(^^;
リハビリ作はやっぱこうなりますねぇ。
ホント次は頑張り、たい、な。
観月はホントに東北出身なんだと思ってこんな話です(笑)
BACK
|