壊れちゃったら。

どうしようもないだろ?




053:壊れた時計




大体さ。
俺から謝らせようなんて。
都合良過ぎだとか考えないの?
ってそういう所あるよね。
俺が謝るべきだって決め付けてる。

まぁ、確かに俺が悪いかな?
が大事にしてた時計。
床に投げつけて割ったのは俺だし。
でも、その理由は分かってるでしょ?
俺が、を助けたんでしょ?


「でもあれはマズイでしょ」


橘さんの妹がそう俺に言う。
俺は、ふーん、と適当に相槌を打って
の方を見た。

は。
俺に見えるように右手の腕に。
ガラスが割れたもう動くことのない時計をして、
無言に俺に訴えてる……気がする。

とはそれ以来話をすることもなく。
目を合わせることもなかった。
けど、突き刺さる視線。
謝れ、と言いたげな熱い視線。
否応なしに突き刺して、振り向けばそれは消える。

言いたいことは分かるけど。
そう思うなら。
俺に言ってくれば良いんじゃない?
視線だけで訴えてるだけで。
動くほど、俺は良い男じゃないよ。




忘れ物をして教室に帰れば。
は男から時計を返してもらってた。
いや、強引に返されたって言った方があってそうだ。
少し嫌がってたけど、最後にはそれを受け取ってた。

名前も知らない男が教室から出てきて。
俺に一瞥をくれて、そのまま廊下を走り去っていた。
教室に目を向ければ。
両手で大事に時計を包んで。
それを瞳に押し付けて、泣いてた。

俺が居るのを知らないくせに。
無理に声を押し殺して。
外に漏れないように手の中に涙を溜めて。
それでも。
時計を大事に握って。

涙が、キラリ、と光って。
夕日色して、床に落ちた。
溢れて零れ落ちる様は。
俺じゃなくても綺麗だと思うんだけど。


別に慰める義理もないはずなんだけど。


「」


いつもより少し低いトーンで呼べば。
は一度身体を大きく揺らして。


「伊武、くん?」


時計を握ったまま。
涙を溜めた瞳を擦って。
真っ赤なまま、俺の方を向いた。

無性に、腹が立った。
この感情が何かなんて分かんないけどさ。
情けなく泣き崩れる様に。
俺は何だか無性に腹が立った気がした。

別れを告げられた男からの最後のプレゼントを。
未練たらしく握って。
だからってどうなる訳でもないのに。
それでも縋るように必死に握って。

自分で情けないとか思わないの?
俺にとったらそう見えて仕方ないんだけど?
ああ、そうか。
だから腹立つのか。


「ごめん、ね。私、帰る……」


小走りに自分の席へと駆け寄って。
時計を握った手とは反対の手で鞄を取って。
そのまま俺の横を通り過ぎようとする、
そう、時計を握った方の腕を。


「伊武、くん?」


掴んで。
そのまま滑るように下ろして。
時計の皮の部分が俺の指に触れた。
妙に冷たく感じたのは。
壊れるのを暗示してたのだろうか。


「要らないだろ?」
「え……?」
「もうには必要ない」


手の力が弱まった隙に。
俺は時計の皮の部分を指で挟んで。
そのままするりと抜き出して。
一度、確かめるように握って。


「待って!伊武くん!!」


そうが言ったときには。
既に、時計は俺から離れて。
床に叩きつけられていた。

今まで。
ガラスが割れた音なんて。
何度も聞いてきたけれど。
もしかしたら。
1番悲しい音をしていたかもしれない。

涙を流すのも忘れて。
はぼうっとそれを見つめ。
学校のチャイムで我に返って。
ガラスの中から皮の部分を握って。
俺の目を見ずにそのまま廊下を音を立てて走っていった。


残ったのは。
ガラスと、静寂と。
俺のやりきれない気持ち。




次の日から。
は当てつけのように壊れた時計をしてきて。
もう動かない時計を大事そうに。
誰にも触れられないようにしていた。

どうせなら。
俺に罵声を浴びせれば良いんじゃない?
―――――なんて、思うのは自虐的かな?
別に、その方が俺にとっても楽になれるような
そんな気がしてならないんだけど。

未練たらしくその時計をしてる姿が。
正直言って気に食わないんだよね。
ふつふつと。
煮えるように腹が立ってる。
きっと誰にも気付かれてないだろうけど。
腹が、立つよ。


それなら、いっそ。


「」
「……なに?」
「視線が邪魔だから、話しようよ」
「……良いけど」


俺もいい加減はっきり言うよね。
まぁ、別にそんなのどうでも良いんだけどさ。
俺が先を歩けば、その後を付いてきて。
腕には変わらず壊れた時計。

非常階段の階段を数段上がって座ると、
はその2段下で座った。


「その時計さぁ、壊れてんでしょ?」
「壊した、の間違いじゃない?」
「なんで使えないのに付けてきてんの?」
「……関係ないでしょ」


無意識か。
は時計を反対の手で包むように握った。
ああ、もう。
それを見て腹立つ俺がどうかしてんのかな?
なんなんだよ、この気持ちは。


「それより」
「なに?」
「なんで伊武くんはこの時計を壊したの?」


……。
なん、で?
そんなの腹立ったからだけど。
なんで、腹が立ったんだっけ?


「……」
「私には聞く権利あるでしょ?
 初めて……好きな人に送ったものだったのに。
 てっきり謝ってもらえるんだと、思ってたのに」


好きな、人。
そう、は名前も知らないそいつが好きで。
俺は、そいつには全然関係なくて。
別にとそんなに仲良い訳じゃなかったし。

じゃあ、なんでだ?
いつもなんだか気になって。
目で追ってたのは。


好きな、人。


「……ああ」
「え?」
「俺、のこと好きなんだよ」
「……えぇ!?」


告白、って言えるもんじゃないね。
俺らしいと言えばそうかもしれないけど。
淡々過ぎて、ちゃんと伝わったかもわかんないし。
それに俺だって今、気付いたわけだし。


「伊武、くんが?」
「そうみたいだよ」
「……何か信じられないんだけど」
「じゃあ信じてよ。
 もしかして俺のことは信じられないで、前のヤツは信じられるってわけ?
 あーあ、嫌だな。俺ってそんなに信用ないかな……」
「いや、そうじゃなくて……」
「仕方ないな、……あげるよ」


自然に。
自分の腕時計を外して。
それをの眼前に晒して。
そのまま、手を離した。
当然のようには手のひらで受け取って。
俺を、見た。


「そんな壊れた時計してても仕方ないでしょ。
 どうせなら俺の時計しててよ」


少し長い髪が。
階段を駆け抜けていった風で、揺れた。
俺はその風に誘われるように。
階段をのぼり始める。


「……伊武くん!」


振り向けば。
神妙な面持ちで俺を見つめてる。
手にはしっかりと握られた俺の腕時計。


「返事は明日まで待つから。
 OKならその腕時計してきてよ」


淡々とそう言えば。
は手の中にある腕時計を見た。
その間に。
俺はそのまま階段をゆっくりとのぼった。




次の日。
教室に入る前に。
にシャツの裾を引っ張られて。
腕には。


「ありがとう」


俺の、腕時計。

壊れた時計はもう動かない。
何故なら、必要ないから。

これからは。
俺の腕時計で。
2人の時間を刻んでいくから。






+++++++++++
伊武深司、御免。
誕生日には間に合わなかったのでお詫びドリ。
誕生日にしても良かったんですが。
無理やり誕生日にするのも変かなぁと思いまして。
普通の恋愛にしてみました。
伊武って恋したことにも気付いてなさそうですよね。


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