砂と小石で作った王国なんてさ。
きっとすぐに崩れるって分かってた。

それでも。
それでも。
一緒に居られるなら。

どんなに短い期間でも。
その王国が。
崩れるまで共に。




055:砂礫王国 前




「フラれ、ちゃった……」


彼女の瞳が赤いのは。
きっと、俺のせい。
今まで十分泣き腫らしましたって顔で。
俺の前に現れて。
そう言って、まだ涙を浮かべる。


「ちゃん……」


知ってるよ。
俺は実は全部知ってるんだ。
ちゃんも。
アイツも。
全て利用した存在だから。




「やっぱり私なんて見込みなかったのよねー」
「何で!ちゃんは可愛いよ!」
「誰にでもそんなこと言う人の言うことなんて聞けませーん」
「ひどいよ、ちゃん!清純激ショック!!」


ちゃんは。
絶対に俺の言うことは聞いてくれなくて。
俺が誰にもそう言うから。
ちゃんにはまったく違う意味なのにさ。

本気で可愛いって。
本気で好きだって。
そんな気持ち込めてるのに。
ちっとも気付いてくれない。
……ちゃんだって悪いんだから。

公園のベンチに座って。
ちゃんの好きなレモンティー奢って。
冬間近の公園は寒いからマフラー貸して。
ちゃんの隣をずっとキープして。

本当は。
自分が1番悪いんだって分かってるんだ。
全てを利用してココに居ること。
でも。
それは。
ちゃんが好きで好きでたまらないからで。


「よぉし!今日は焼け酒かなぁー!」
「レモンティーで?」
「雰囲気で酔えば問題ナシ!」
「酔ったら俺が介抱したげる♪」
「……やっぱ止めとく」
「なんでー!?」


さっきまで。
瞳を真っ赤にさせて。
何本も涙の筋を浮かべてたのに。

ようやく。
ちゃんは笑顔になって。
クスクス笑いながらレモンティーを啜る。

ゴメンね。
本当は隣に居る資格なんてないんだ。
ちゃんに悲しい顔させたのも。
本当は、俺だから。

でもね。
ちゃんのその笑顔を見たら。
どうしても諦められなくて。
本当は謝らなきゃいけないのに。
隣で堂々と笑って。


「あーあ、新しい恋出来るかなぁー」
「出来るよ!絶対に!」
「ホントにー?」
「だってちゃんが好きなのがココに居るんだから!」


何で、俺。
こんな風に言えるんだろ。
酷いことしてるのは自分でも分かってるのに。

あわよくばを自分で作り出して。
人を傷つけてまで手に入れたい恋心。
きっと誰にも分からないよ。
分かってもらわなくて構わないから。

誰にも渡したくないんだ。
ちゃんの全てを。
こんなにも夢中にされたのは初めてで。
初めて1人に絞りたいって思えたんだ。

好きな人が居るのも知ってたよ。
それが両想いだってのも知ってたよ。
俺は、全てを知ってたよ。

それを壊してまで手に入れたかった。
砂の上に幻想の王国を作って。
そこにちゃんを匿ってしまいたかった。


「……信じられないし」
「ちゃん」


酷いことしてるって俺も分かってるよ。
人の想いを踏み潰してまで。
この恋を成就しようとしてる俺なんて。

きっとちゃんが知ったら幻滅するよ。
でも。
どんなことをしてでも。


「本気で、好きなんだよ?」


ちゃんの瞳を真っ直ぐ見て。
嘘偽りない言葉を伝える。
だって、本当に嘘はないんだから。

ヒューヒューと。
最後の秋風が舞って、髪が揺れて。
その髪の毛の1本でも逃したくない気持ちに囚われて。

俺ってこんなに嫌なヤツだったの?
こんなに独占欲が強い男だっけ?
誰にも縛られたくなかったはずなのに。

愛しくて愛しくて。
何もかも捨てても構わないくらい。
ちゃんさえ居ててくれれば。
全てを捨ててしまっても良いほどに。


「……考えさせて」
「もちろん、そのつもりだけどね〜」


俺は1度舌を出して笑って。
ちゃんの頬が少し赤くなったのが分かった。

それが寒くてだったのか。
それとも―――――。
もう今では分からないけれど。

本当に好きで。
こんな恋、初めてで。
言い切れないほどの想いが積みあがって。


その想いは城を作り。
ついには王国を作り。
俺はそこに就任した王様。

一見何もしてなさそうなのに。
裏では酷いことをしている王様。
それが、俺。


ゴメンね。
こんな俺で、ゴメンね。
でも。
ちゃんが好きなのは本当なんだ。
どんなことをしてでも手に入れたいって思ってたんだ。

笑った顔も、泣き顔も、すべて。
俺のものにしたくて。
誰かのものになるなんか許せなくて。


先に。
ぶっ壊したんだ。




「真剣なら、良いよ」


1週間くらい経った後かな。
部活に行く途中。
職員室帰りのちゃんとバッタリ会って。
"また明日ね"と声を掛けると。
そう、返って来た。


「……ホントに?」
「あの目は、本物でしょ?」


日誌を胸に抱いて。
そうキミが微笑むから。
俺がした悪いこと。
一時でも忘れさせてくれるから。


「俺で、良いの?」
「……清純が、良いの」


本当は。
そんなこと言われる資格ないんだよ?
そんな風に微笑まれて。
愛の言葉を囁かれるほど。
俺はちゃんにとって。



不幸の存在かもしれないのに。




俺とちゃんは付き合いだして。
周りもそれを認知しだして。
ちゃんの友達は俺なんて止めておいた方が良いって
最初は思ってたらしいんだけど。
最近女の子と遊ぶなんて全然してなかったから。
改正したんだと付き合いを認めてくれた。

本当は。
ちゃんは。
その友達の言うことを聞いてた方が良かったんだよ?

だって。
俺ってホント悪いヤツだから。
策略なんか練って。
いい顔をして。
ちゃんを俺の王国へと誘導した。

ちゃんは何も知らずに。
騙されてるとも思わずに。
ただ幸せそうに笑んで。

そんなちゃんの隣には。
今は幸せそうな俺が居て。
アイツじゃなくて俺が居て。
これが許されて良いことなのか。

俺だったら絶対に許さないのに。
けど。
アイツは優しいから。
優し過ぎるから。
ちゃんを俺に譲って。

その優しさを利用して。
俺は気持ちを踏みにじった。


「清純?」
「え?」
「どうかした?寒い?」
「いや、全然!元気だよ!」
「寒いならマフラー返すけど?」
「ダーメ!俺は男の子だから大丈夫!」
「それなら良いけど」


そう言って。
両手で持ったレモンティーをまた、啜る。
飲み口から出るのは白いけむり。

俺達は告白したベンチに座って。
お互い白い息を吐きながら。
ココで少し話して帰るのが日課になってて。

足が寒いからと長い膝掛けを持ってきたり。
寒さでかじかむ手を握りあったり。
お互い少しかさかさな唇にキスしたり。

こんなことを。
毎日繰り返してて。
時には風邪引いたこともあった。
それでもこの公園を一緒に通って帰って。

ああ、寒い。
今日はいつもより寒い気がする。

こんな寒い日は。
あのことを思い出すから嫌なのに。


「そういえばね」
「ん?」
「が久しぶりに今日学校来てね」
「ああ、インフルエンザで2週間倒れてたんだっけ?」
「そうそう!メールで一応言ってたんだけど、
 清純と付き合ったって本当だったんだって驚いてた」
「俺とちゃんがお似合い過ぎるから?」
「ブー!……にはあの人のこと言ってたから」


少し瞳を伏せて。
レモンティーの缶を少し強く握って。
それでも。
微笑みながらそう言って。

分かってる。
俺だって分かってるよ?
まだアイツのこと好きなんだよね?

当然だよ。
俺がちゃんを好きになったときには。
既にちゃんは、アイツを。
南のこと好きだったんだから。

そんなに簡単に想いが消えるはずないのに。
それでも。
それでも、どうしてなのかな。
やっとちゃんを手に入れたのに。
こんなにも不安に駆られるのは。

俺が悪いのに。
南がちゃんを好きなのも。
ちゃんが南を好きなのも。
全部知ってて。
こう仕向けたのは俺なのに。

こんなのただの我侭だよ。
自分勝手すぎるよ。
平気な顔して彼氏の座に居る俺って。
――――――最低だよ。




俺とちゃんは去年同じクラスで。
席が何回か近くになって。
自然と仲良くなってるから。

ちゃんは2年からずっと南が好きで。
新校舎の端の窓からテニスコートを見て。
南を応援してたよね。

南がちゃんを好きになったのは
3年生になってから。
ちゃんは明るくて可愛いから。
俺伝いで仲良くなって。

その時は。
まだ俺とちゃんは友達で。
俺も純粋に南との仲を取り持とうって。
素直にそう思えてたんだ。

でも。
南がちゃんが好きになっていくのを見て。
俺の心はだんだん悲鳴を上げて。
だんだん、自分の気持ちに気付いて。

最初はね。
ちゃんの笑顔を見てるだけで。
俺もなんとなく幸せで。
それは友達が笑ってれば自分も楽しいっていう
ただのそんな感情だと思ってた。

でも。
2人が話してるのを見て。
そんな気持ちじゃないことに気付いた。

ちゃんが幸せそうに笑ってて。
それに南も穏やかな微笑みを返すから。
それがとてつもなく嫌な自分に気付いて。
何とか邪魔したいって話に割り込んだこともある。

都合、良すぎるよね。
協力してあげようって胸を叩いて言ってたのに。
自分の気持ちに気付けば今度は邪魔をして。


ついには。
2人の仲をぶっ壊した。


「南、ちょっと聞いてくれる?」
「なんだよ?千石が俺に話って珍しいな」
「俺ね、ちゃんが好きなんだ」
「え……」
「南って今同じクラスだし、協力してくれるよね?」
「……」
「南?……ダメ?」
「……いや、構わないけど」


無理やり笑顔作って。
俺にそう言う南の顔は。
正直とても痛々しかったよ。

それから南は意識的にちゃんを避けて。
ちゃんは何度も俺に弱音の言葉を吐いた。


「大丈夫だよ」


なんて言いながら。
内心、心穏やかだったのは言うまでもない。
ちゃんが俺に頼ってくれて嬉しいとか。
そんなことまで思ったりして。

最低だよ、俺。
ホントに最低だよね。
自分がココまで酷いことが出来るなんて。
正直思わなかったよ。

ちゃんも南も。
全部、ぜーんぶ利用して。
それで今笑ってる俺ってずるい。

ちゃんに。
気付かれたくないって。
こんな俺、気付かれたくないって。
付き合った今は毎日不安を感じて。

ちゃんと居るときに。
南には、絶対に会いたくなかった。
一緒に帰るときは図書室で待っててもらったし。
テニスコートには絶対に来させなかった。

所詮砂と小石で出来上がった王国だから。
波なんてくれば跡形もなく消される運命だから。
その波が、とてつもなく怖くて。



砂礫王国なんて。
脆いに決まっているから。



「あ……」
「……」
「……南」


テニスバックを背負った南が。
波のように思えて仕方がなかったよ。






+++++++++++
私生活ではよく反対を言われるんですけど。
私はドリではどうやらのようです(真顔で言うなよ……!)
続きます。


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