正直、ホンマは怖いんよ。




068:蟻の死骸 前




だって。
だってな。
会わんくなって3年も経つんよ?

高校んなって。
中学よりも余計忙しなって。
年中行事にも中々帰って来んくて。

いつしかお互い連絡もせんくなって。
いつしかお互い年賀状も送らんくなって。
時が流れるたびに。
私達の関係は薄れてって。

時間は経てば経つほど。
連絡を取り合うのにいらん溝を作る。

携帯の画面に。
何度。


"忍足侑士"


って表示したか。
電話しようにもCALLのボタンが押せんくて。
メールしようにも文章が打てても送信ボタンが押せんくて。

友達は簡単に"一歩の勇気"って言うけどな。
その"一歩"が踏み出せたらどんなに楽か。
携帯なんか簡単過ぎるから。
だから余計に勇気が出ぇへんのや。


一つのボタンが。
こんなに重いやなんて知らんかった。




でもな。
そんなしどろもどろしとった時。
突然アンタからのメール。


"東京に遊びに来ぉへん?"


簡潔な羅列が並んどって。
私は失笑を浮かべてしもた。

だって。
私はあんなに迷ってたのに。
侑士はそれを軽々と乗り越えたんやもん。

なんや悩んでる自分がアホらしゅうなってもて。
返信ボタンを押して。


"丁度試験休みやから行ったるわ"


簡潔だけど、想いは詰めてるで。
そんで、一大決心も込めとる。

きっと、最後やろうから。
アンタと2人で会うん最後やろうから。

この想い届けてもええやろ?
同じ日本やのにまるで別世界の東京に。


侑士がおる、東京に。




"試験休みに友達と東京行ってくるわ"


両親に晩御飯の時にそうゆうたら。
"ええ気晴らしになるから行っといで"と
反対せずに許してくれた。

親不孝な私を許してな?
こうやって嘘つくんは最後やから。
愛しい娘が愛しい人に会いに行くのは
悪いことちゃうやろ?

最後に会った3年前から。
アンタはどんな風に成長しとるんやろか。

私は髪、伸びたで。
背も高ぁなった。
ちょっとは女らしさの欠片も出てきたと思う。

だって高校生やもんな。
いくらちょっと田舎でも色気づくってなもんや。
そりゃ東京の子には負けるかもしれへんけど。
私は、私なりに成長したんやで?




東京行きの新幹線に乗って。
アンタに想いを馳せながら。
そんで、アンタとの思い出に浸りながら。
揺れへん車両で携帯を眺める。


"東京に遊びに来ぉへん?"


思えば"久しぶり?"とか"元気か?"とか。
2年くらい連絡取ってなかったのに。
まるで寸前までメールしてたようなノリで。
見た瞬間は失笑してもたけど、今は笑える。

侑士らしゅうて敵わんわ。
何するのんも突然やもんな。
東京の学校に転校するって時もホンマ突然で。
幼馴染やのに相談もなしで相当ヘコんだわ。


"メール、するから"


見送りに言ったときに。
アンタが最後に私にゆった言葉。
お互い悲しい笑顔浮かべて。
新幹線のドアが閉まってから泣いたわ。

心構えもさせてくれへんかったな。
私も皆と同い時に転校するって聞かされて。
それからアンタと話すヒマなく。
あっとゆうまにアンタは行ってもた。

それから毎日メールして。
平日の学校の時間だけになって。
テニスの練習が終わった週末だけになって。
高校入ってからホンマに連絡せんくなって。

自然に忘れられると思っとったんや。
中学の友達もいつしか会わんくなった子もおるしな。
けど、アンタは無理やった。
忘れようって努力すればするほど思い出すんや。

相手にならんかったテニスの打ち合い。
正月に家族ぐるみでやったカルタ大会。
夜抜け出して行った花火大会。

そういえば。
侑士とは小さい時よう公園で遊んどったな。
そんで必ずやっとったことがあったやん。
覚えとる?
なぁ、覚えとるかなぁ?




"着いたよ、改札ん所で待ってる。"


東京駅に降りて。
改札口に大きな荷物を持って移動して。
荷物を地面に置いてそうメール送った。

皆、忙しなく動いて。
今目の前におった人がもう既に遠くにおる。
なんでそんなに急いどんのかよう分からんけど、
目まぐるしく動く人になんや、眩暈しそうやわ。

目の前の人物が代わる代わる入れ替わって。
もう一度携帯を打とうと視線を落とすと。


「待ったか?」


低い声が、耳朶を打った。
若干辺りが暗ぁなって、ゆっくり顔上げたら。


「、久しぶりやな」


懐かしい笑顔が降ってきて。
目頭が熱ぅなった。
3年振りの侑士の顔は。
中3の頃以上にもっと綺麗になっとった。

言葉に出来ひんオーラ出して。
すっかり一人の男になって私の前に現れた。
想像通り良い男になっとって。
でもそれが余計に、寂しゅうて。


「?」
「……久しぶり」
「ああ、そうやな」
「男前になったやん」
「そうか?は……、変わらんなぁ」
「それはどういう意味なん?」
「そのままの意味や」


中3の頃からまったく変わってないってこと?
なんや、胸がズキズキ痛いわ。
東京の子なんかに比べたらウチなんかまだまだやねんて、
改めて思い知らされたカンジ。


「背は、伸びてんで?」
「俺も伸びたからよう分からんわ」
「そういえば……前より上向かな視線合わへんわ」
「やろ?」


人懐っこい笑顔を浮かべて。
さりげなく私の荷物を持って歩き出す。
私は遅れんように横を歩いて。
侑士は私の歩幅にあわせてくれた。

そんなに女の子慣れしてもて。
侑士、かっこええもんな。
そりゃ東京の子もほっとかへんわな。
でも、でもな。
余計に遠く感じてしまうんよ。
別の人とおるみたいで、な。


「まず、俺ん家に荷物置こか」
「侑士の家行くん初めてやな、私」
「ホンマや……って東京来るんも初めてやろ?」
「アハ、そうでした」


外見は変わったけど。
侑士はいつもの調子で。
3年前の2人の関係取り戻すんもそんなに時間掛からへんくて。
侑士が笑えば、私も笑う。
楽やけど、切ない。


切ないわ、すごく。


街に出れば。
駅以上の大量の人がおって。
やっぱ忙しなく動いとって。
人込みに揉まれながら私達は歩く。


「忍足くーん!」

人込みん中で手ぇ上げて。
ぶんぶんと振る女の子が侑士の名前、呼んだ。
制服を着とるから、きっと侑士の学校の子やろな。
小走りに駆け寄って来たんは2人。


「こんな所で会うなんて偶然!」
「一人で買い物?だったらさぁ〜」
「すまんな、今日は用事があるんや」


私の存在は眼中にないらしく、
2人は侑士の前でキャッキャと騒ぐ。
侑士が苦笑しながら誘いを断ったら、
彼女らの視線はジロリと私を射た。


「この子、忍足くんの何なの?」
「地元の友達、試験休みやから遊びに来たんや」
「ふぅん」


明らかに納得してへん返事して、
舐めるような視線で私を見て。
正直かなり居心地悪いねんけど。

彼女らと目線を合わすんがなんとなく嫌で。
少し俯いたら、フッと鼻で笑う音が聞こえた。
それと同時に侑士の電話が鳴って。
「ちょっとゴメンな」とその場から少し離れた。


「……帰れば?」
「は?」
「田舎、帰んなよ」
「な、なんで……」
「忍足くんはこっちでよろしくやってんの。
 いきなり来て忍足くんの迷惑でしょ?」
「大体田舎者が東京来て何すんのよ、
 忍足くんに会いに、なんて古臭いこと言わないでよ?」
「……っ」
「東京で忍足くんはちゃんとやってるんだから、
 アンタなんか来てももう手の届かない存在なんだからね」
「地元の友達だからっていい気になんないでよ?
 私達だって忍足くんとは長いんだから!」
「……」


いつもやったら言い返すのに。
こんなことでどもるような女やないのに。
そうかもしれへん、って思ったら泣きそうになってもた。
彼女らの前で泣くんは悔しいから我慢するけど。
どうしよ、侑士。



私、迷惑なんかな?



3年の間に。
侑士は侑士の世界を作り上げて。
その世界の住民になってもて。
私なんか入り込めへん場所になったんかな。

私が知らへん間の3年間は。
この子達の中にあって。
それは当たり前のように私にはなくて。

携帯電話片手に笑う侑士を見て。
地面に置いとった荷物を持って逃げ出した。


悔しいけど、事実や。
私は今の侑士のこと。



何も知らへんねん。






+++++++++++
続きまふ。


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