知らない街で一人。
まるで家出してきた子みたいに。
私は彷徨った。




068:蟻の死骸 後




東京っちゅうんはいくら歩いてもビルばっかで。
小さい公園とかで泣こうと思うたけど、
全然見つからへん。

大きい鞄持って。
おのぼりさんみたいで嫌やわ。
そんなかっこええもんでもないし。




何時間歩いたか分からへん。
いつの間にか住宅街に入っとって。
しんとした静けさが身体に刺さる。

人気のない小さな公園があった。
すべり台と砂場しかない小さな公園。
そこにはベンチがあって、引かれるまま座った。

鞄もベンチに置いて。
ふぅ、と一息つく。


「なんや、泣く気分そがれたわ……」


そう呟いても。
返してくれる人はおらへんくて。
無音という狭間に吸い込まれていった。

東京で夕日見るんは初めてやけど、
こんな悲しい夕日やとは思わんかったわ。
終わりを暗示するような切ない夕日色。

どうやって帰るとか。
今はどうでもええから。
せめてもう少し、感傷に浸らせて?

連絡するのんが怖くなったのは。
侑士にとって私という存在が
必要じゃなくなってるかもしれへんから。
侑士の世界に踏み込んでええもんか、
すごい迷ったから。

幼馴染も。
一歩外に出たら赤の他人で。
どちらかが関係を失くしてしもうたら
それはそのまま消滅する脆いもんで。

肩書きだけに甘えとった。
そんな自分が悪いんよな。
侑士が外に出て。
臆病になってしもたんがあかんかった。

ちゃんと、気持ち。
伝えてたら良かったんや。

今更後悔しても遅い。
3年って月日は長すぎる。



もう、どうにも出来へんのや。




「……ってお前?」


背後から声を掛けられて。
一瞬ビクリと身体を揺らして。
振り向けば。


「お、ビンゴっぽい?」


小柄なおかっぱの男の子がおった。
子供のように笑いながら小走りに寄ってきて。


「俺、向日岳人!よろしくな!」
「は、はぁ……」
「……侑士、探してんぜ?」
「っ!?」


もう一度、身体を振るわせた。
向日……さんはそれでも笑顔でゆうから。


「侑士の、知り合い?」
「知り合い中の知り合いだぜ!」
「なんでココに?」
「俺ん家この辺なんだけど、侑士から電話貰って
 応援に駆けつけるとこでアンタのこと見つけたんだ」
「……もう侑士に?」
「い、いやっ、まだ言ってねぇ、ぜ?」


軽い調子で私の隣に座って。
それでも笑顔に私に話しかけてくる。
そして、時折じっと見つめてくる。


「……侑士に電話せぇへんの?」
「その前に話がしてぇなぁーと思ってさ」
「話?」
「そ、侑士のことどう思ってんのか」
「侑士のこと?」
「好きか嫌いか……って嫌いじゃ来ねぇと思うんだけど、
 その、なんつーか、えーと……」
「恋愛対象として?」
「そう!それが言いたかったんだよ!」
「……聞いてどうするん?」
「俺が恋のキューピットになってやるよ!」
「それはそれは……ありがたいわぁ」


自嘲気味に笑んだ。
別にこの子のゆうとうこと馬鹿にするつもりはないけど。
もう全部遅いって。
今さっき分かったとこなんや。
だから今は、そっとしといて?

辛くて俯いた。
そしたら、おった。


「……蟻や」
「え?」
「蟻が、おる」
「……ああ、いるな」
「懐かしいわぁ」




侑士、覚えとる?


夕方の。
そうや、こんな切ない夕日やったわ。
小さい時は気付かんかったけど。
ずっと私らこんな中で。

よう、蟻で遊んだよな。
今考えたら残酷な遊びやわ。

蟻の巣砂で埋めたり、水を流したり。
出てきた蟻を蹴ったり、踏み潰したり。
1番残酷なんが。
触角千切って方向感覚失わせて死なせるやつ。

意味なく生き物殺して。
悪気なく遊び玩具に扱って。
無数の蟻の死骸が辺りに広がって。
いつか蟻に復讐されるかもしれへん、って
その時の友達が呟いたのも笑ってやり過ごしとった。

笑って、られた。
あの時は侑士の隣で笑ってられたんや。

もしかしたら。
なぁ、もしかしたらやで?
潰した分だけ辛い想いをするんやないやろか?

蟻を殺すんは小さい頃誰でもする過ち。
蟻の死骸見て笑ってた分だけ。
報いは受けるんやないやろか?

全て憶測でしかないけど。
実際大きいなるにつれて辛いことが増えていく。
分からなかったことが分かるにつれて。
比例するように泣くことが多くなってく。

なぁ、もしかして。
蟻の死骸の分の涙を。
そうやって流しとるんやないやろか?


「!」


馴染み深い声が、そう叫んだ。
思わず顔をあげると、公園の入り口に。


「ゆう、し……」


ベンチに座った私に駆け寄って。
膝に手をついて、肩を揺らして息をして。


「岳人が中々来ぉへんと思って来てみたら……
 見つかったらすぐ連絡しぃってゆうたやろ、岳人?」
「だ、だってさ!送信ボタン押したの俺だから
 協力してやろうと思って―――――」
「ちょっ、岳人っ!」
「……送信ボタン?」


訝しげな声色でそう呟けば。
向日くんはしまったという顔をして。
当の侑士は。
ゆっくり、私の横に座った。


「東京に遊びに来てって送ったやろ?」
「うん」
「打ったんは俺やけど、送ったんは岳人やねん」
「え……?」
「それまでも何回も連絡取ろうとしたんや、けど……」
「けど?」
「会わんくなって3年、連絡取らんくなって2年。
 はの世界作っとってもおかしくないはずや」
「……っ」
「その世界に、もう俺は必要ないかもしれんやろ?」
「そんなっ」


言い返そうと口を開くと。
唇に当たる長く、綺麗な指。
半開きになった口を思わずきゅっと閉じた。


「今は俺の話聞いてくれ、の話は後で聞くから」


あまりに真剣な顔でゆうから。
そんなの断れるはずないやん。
好きな人のゆうこと、聞かん訳ないやんか。


「の名前は表示するんやけど、中々勇気出んくてな……
 それを岳人に知られて一喝されたんや。
 "そんなうじうじしててどうすんだよ"って」


懐かしむような笑みを浮かべて。
私の唇からそっと指を離した。


「保存メールで残してあった宛のメールを岳人に見られてな、
 それをアイツがそのまま送ったんや。
 そしたら、すぐ連絡が返って来て、ビビったわ」
「そう、なんや……」
「何も気にすることなかったんや、って。
 なんや自分がアホらしいなってな、すぐ返信したんや」
「うん……すぐ、着た」
「見送りに来てくれた時、俺"メールする"ゆうたのに。
 の迷惑やと思うと連絡出来んくなってもて。
 俺ら幼馴染やのに、変な気ぃまわしとったみたいやな」
「……うん」
「……幼馴染や、思ってないけどな」
「……っ」


侑士の声色が突然変わって。
横向いたら、侑士の表情は険しくなっとって。
綺麗な顔しとうから余計に、怖くて。
なんか、鳥肌が立ってしもた。


「侑士、ええ?」
「なんや?」
「蟻潰し、覚えとる?」
「……ああ、小さい頃ようしたな」
「あれってさ、今考えるとすごく残酷やない?」
「……そうやな」
「そんなこと平気でやってたんよな、私ら」
「……?」
「きっと許されへんことやと思うねん、
 犬や猫殺すんとなんら変わらへんことやろ?」
「……」
「1匹や2匹やない、数え切れへんほどや。
 当然、報いは受けても仕方ないはずやんな」
「……」
「こんな苦しい想いするんは何でやろうって考えたんや。
 そしたら、こんな風に思った。
 小さい頃よう一緒に潰した中やから、余計に言えへんのやないかって」
「……」
「馬鹿にしてもええで、自分でもよう分からんけど……
 私が侑士のこと好きなん知って、邪魔しとんやないかっ――――――」


暗くなったのは夕日が沈んだんやからやない。
侑士に抱きしめられたから。
じわりと服に私の涙が染みる。


「そんなん、ある訳ないやろ」
「だ、だって……!」
「蟻なんかに邪魔されてたまるか!!」
「ゆう、し……」
「近すぎるから離れたのに、
 こんなを不安にさせるんやったら止めた良かった……」


苦しそうに呟くその声が切なくて。
ゆっくりと私も侑士の背中に手をまわした。
侑士の身体が一瞬震えたけど、
一度撫でると私を抱く腕に力が加わった。


「幼馴染なんかもう我慢出来へんかった。
 離れたら、に気付いてもらえるかもしれへんって思ったんや」
「……っ」
「こんな綺麗になっとって、俺、もう……」
「変わってないって、ゆったやん、か……」
「照れ隠しの限界の言葉やわ」
「ゆう、しぃ……」
「不安にさせてごめんな、俺もが好きやで」


より一層強く抱きしめられる感触に。
心地よささえ感じてしまう始末。
愛しい人の腕の中はこんなにも暖かくて。
それでいで切ないなんて。

蟻さん、ごめんな。
誰もがする過ちでも謝らなあかん気がする。
こんなに幸せでごめんなさい。
皮肉やないで、冥福を祈るから。
だから。


幸せになること、許してください。




「侑士、そこ、蟻」
「え、おわっ」


向日くんはいつの間にか帰ってたらしい。
侑士の携帯に"仲良くやれよ"とメールを入れて。
そういえば侑士が気が合うヤツがおるってゆうとったけど、
なるほど、あの子なんやね。


「もう10年も前やから墓とかは立てられんけど、
 せめて子孫は大切にせんとなぁー」
「」
「ん?」
「俺らも、子孫でも残す努力してみる?」


鉄拳が、顎に直撃。
言葉では表せられへんほどの爆音が響く。


「蟻の巣にでも入っとれば?」
「あんな小さい穴入るんは無理やわ〜」
「あっそ、ドラ○もんでも呼び出して小さくしてもらったら?」
「やったらも道連れやな」


顎を摩りながら笑顔して。
私の横に置いとった荷物を軽々持って。


「じゃあ今後こそ行こか、俺ん家」
「そやね」


なんや可笑しくて。
どちらからともなく手を繋いで。
すっかり暗なった道を歩く。

過ちを消すことは出来ひんけど。
今、私に出来ることから始めとったら。
いつか。
そう、いつか。


「、好きやで」


小さな幸福を授けてもらえるんやないやろか。

ごめんな。
そして。


ありがとう。






+++++++++++
前後編にしたのになんだろう、このわだかまり(苦笑)
すいません、すいません!何かすごい駄作かもしれない!!
本日より水上涼の書き逃げサイトになり得ます(真顔)


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