「ひとでなし!」


おいおい。
随分古い言葉じゃねぇか?
今時そんな言葉誰も使わねぇだろ。

でも。
それが今の俺に。



1番に似合いの言葉かもしれねぇな。




075:ひとでなしの恋




「振られたな?」
「勘違いすんな、振ったんだよ」


お前のためにな。


喉の奥まで出かかった言葉を
必死に押し留めて。
俺は普通を装って教室に入った。

誰の席かも分からない窓際の椅子に座って。
窓枠に凭れて、顔だけこっちを向けている。
不敵にニヤニヤ笑って。
その下で俺が彼女を振ったのを見てたんだろう。

本当は気付いてた。
鞄を取りに行くのは口実で、
お前が教室に居るのが見えたから。
ココまで俺が戻ってきてやったんだぜ?

そんなことも知らずに。
お前はまた窓の外に視線を戻す。
まるで俺なんかどうでも良いように。
その扱いが俺の心をもっと惹かせるとも知らずに。


「何見てんだよ?」
「あれ、帰んないの?」
「いつ帰ろうが俺の勝手だろうが」
「だったら私が何を見ようと勝手でしょー?」


普通。
ココまで俺が近づいたら。
他の女は顔真っ赤にして口篭るはずなんだが。
お前はそんな素振りさえも見せずに。
あまつさえ俺の問いかけに答えようともしない。

ま、そんなところが気に入ってるんだがな。
その反抗的な態度も今のうちだ。
いつか俺の言うことを聞くようになれば楽しいじゃねぇか。


「質問に答えろよ」
「跡部が龍の玉を持ってきてくれたら考えよう」
「あぁ?龍の玉ぁ?」
「さしずめ私はかぐや姫ってとこかな」


似合わなーい、と自分で笑う。
ったく、そんな冗談に付き合ってるほど
俺は暇じゃねぇんだけどな。
お前のことならどんなくだらない会話でも
付き合ってやろうって思うのは。
俺は病気か何かだからなんだろうか。


「実在しねぇ動物のこと言ってんじゃねぇよ」
「だからかぐや姫はそんなこと言ったんだねぇ〜」
「求婚を断ったことか?」
「そうそう、遠まわしにダメだって言ってるのに
 それでもしつこく探し回る男達……いやぁ、女の冥利に尽きるね〜」


乙女のユメだね、なんてまた笑った。
何がおもしれぇのか俺にはよく理解出来ねぇが。
お前の笑顔見てると、何だかこっちも笑えてくる。


「あー、跡部が微笑んでるー」
「アーン?悪いかよ?」
「まさか!好きな人と同じ気持ちになることは
 譲歩の一歩だと私は思うからね〜」
「ああ、そうか―――――」


コイツ、今何を言いやがった?
俺の素晴らしい脳内処理で言葉を要約すると。
"好きなヤツとは同じ気持ちになる"
ってことだろ?


「跡部?どうしたの?」
「……いや」
「変な跡部、いや、ひとでなしクン」
「古い言葉使ってんじゃねぇよ」
「それ、下でも思ったでしょ?」
「……」


何で分かるんだ?
俺が驚いてる横で。
お前は自信満々といった風に笑んで。
まっすぐと俺を見つめてくる。

もしかして。
そういう態度を取ってるのも計算の内なのかよ?
俺の気を引く1番の方法だって知ってたのか?


「」
「なにー?」
「お前は」
「知らないよ、なぁんにも」


最後に、ふふっ、と含み笑いをして。
今度は俺の方を見ずにそう言った。
夕日が沈む、その方向を見ながら。

その夕日に照らされる横顔がやけに鮮明で。
俺は初めて女を綺麗だと思った。
横顔から見える瞳はオレンジ色の夕日を映して。
意味深に舌で唇を湿らす。


「……誘ってんのか?」
「ひどでなしを誘うほど男に困ってませーん」
「彼氏でもいんのかよ」
「……別に、居ないけど」


その間はなんなんだよ?
お前のことなら何でも気になるのに。
素直に聞けねぇのはなんでだ?
俺らしくもねぇ。
他の誰でも何でも言えるはずなのに。



どうしてコイツには強く出られねぇんだ。



「……でさ、帰んないの?」
「だから、いつ帰ろうが勝手だろ」
「かぐや姫はそろそろ月に帰る頃なのよねー」
「だったら見送ってやるよ、この俺が」
「ひとでなしが?」
「跡部景吾が、だ」
「……ま、龍の玉持ってこなかったんだから当然よねー」
「いつまでかぐや姫ごっこやってんだよ」
「跡部が自分の気持ちに気付くまで」


一気に温度が下がった声色でそう言った。
俺は驚いて、一歩後退したが、そこで立ち止まった。
もうどこの部活も終えていて。
聞こえるのは遠くから烏の鳴き声が聞こえるだけ。
沈黙が、俺達を包んだ。

俺の気持ち、だと?
とっくに気付いてるに決まってるだろうが。
お前が好きなんだよ。
ここまで態度に出してやってんだ。
普通は気付くだろうが?
お前は何を求めてるんだよ?
それだけじゃ気付かない鈍いヤツなのかよ?


「……分からないなら、帰る」


椅子を引いて。
自分の席の上に置いていた鞄を手にとって。


「バイバイ」


俺の横を過ぎ去ろうとしたとき。
俺はとっさに。
無意識に。
の腕を掴んでいた。
お前は俺の顔を見ようとしない。


「……なに?」
「どうして欲しいんだよ?」
「……」
「」
「……言葉が、欲しいの」


ことば?
ああ、やっと理解したぜ。
お前が求めてるもの、ようやく分かった。


「ずっとお前が好きだったんだぜ、」


腕を引っ張って、引き寄せて。
いつもより何倍も甘い声で。
耳元でそう囁けば。


「……遅いよ」


涙ぐんだ声色で。
そのまま俺の胸に身体を預けて。
震える身体を、俺はそのまま腕の中に収めた。


ひとでなしは。
新しい恋で。



最高の恋人に変わることを教えてやるよ。






+++++++++++
あ・ま・す・ぎ・る!!
こんなに跡部が人を愛してて良いのか!(良いだろうよ)
知らない振りして言って欲しいと思う気持ちは
女としては当然ですよねー。
自信満々な裏ではいつもハラハラなんです。


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