眠れない。
眠れないの。
貴方のことを思えば、想うほど。
湧き出る泉を、誰か止めて。
079:INSOMNIA 前
私、は只今恋に落ちています。
「……ハァ」
出るのは恋の病の象徴ともいえる溜息ばかり。
窓枠に肘をついて、いかにも
"悩みがあります"
って風に組んだ指の上に顎を置いて、また溜息。
「……ハァ」
「お待たせー!……ってなにたそがれてんの?」
「夕陽に想いを馳せてるの」
「はぁ?」
「……ハァ」
夏至が近づく今日この頃。
四季の中で1番夕方が長い季節。
もちろん、夕陽が沈むまでも長い。
夕陽の色はあの人の髪の色。
夕陽を見るたびに思い出して、切なくなって。
自分の想いに少しばかり嫌気がさす。
「ー、帰るよー?」
「……うーん、もうちょっと」
帰る用意をする親友のを尻目に、
私は夕陽に瞳を、いや、心ごと奪われ中。
だって、思い出して仕方ないんだもの。
「……なに?また噂の千石くん?」
「うん」
私の席の机に座って。
私の心を見透かして同じ夕陽を見る。
「こんな夕陽見て思い出すなんて、重症だね」
「ホント、重症中の重症の恋の病だよ」
「自分で言う?普通さ……」
はちょっとした失笑してるけど、
私にとっちゃもうどうしようもなく深い、悩み。
果てしなく、遙かで遠い。
真っ暗で出口のないトンネルを歩いてるみたいで。
手探りしても、何もなくて。
不毛だって自分でも分かってる。
自分が特別美人な訳でも、可愛い訳でもないんだから。
人目を惹く訳でもないから、きっと背景の一部に過ぎない。
だけど。
千石くんを想うと、溢れるの。
"愛してる"が。
愛してる、が溢れて。
全身に浸透して、それはまるで泉の中に居るようで。
浮かんでいる時は適度な温度でふわふわしてて気持ち良いのに。
沈んだ瞬間、それは転変。
息苦しく、酸素を求めて手を伸ばしても、何も掴めず届かない。
見えるのは二酸化炭素の気泡ばかりで。
それでも泉は溢れるばかり。
目を瞑ればそれが見えて。
私はまた今日も眠れない。
愛してる、が溢れて。
I am "INSOMNIA" now.
「!」
背中をすごい勢いで叩かれて、
走った衝撃にダメージを受けながら、振り向く。
「む・か・ひ〜!!」
「最近ぼーっとしてんじゃん?何か悩みごと?」
「……先に謝るってこと知らないの?」
「あ、ゴメンゴメン!……で、悩みごと?」
「もっと真剣に謝んなさいよ……っ!」
未だにズキズキと痛む背中を摩りながら、
ふと目線が合ったさほど身長の変わらない岳人を押しのける。
窓の外には―――――。
「うわっ、んだよ?」
「……テニス部、今日練習試合でもあるの?」
「ああ、この前途中で雨降ったから続きやるんだってよ」
「山吹と?」
「おう!あれ、この前来てたっけ?」
「うん、に連れられて……」
「俺の試合の途中で雨降ってきたからまた試合すんだ!見に来いよ!」
胸が、ドキン、て鳴った。
その振動で水面が揺れ、また、溢れ出す。
先週の練習試合。
梅雨明け宣言がされても、日本の夏はジメジメと暑い。
友達の向日と対戦したのは"ラッキー千石"と異名名高いオレンジ頭だった。
周りの子が見たことあると口々に言うもんだから、
何度か氷帝に来ているらしい。
もちろん天下の氷帝テニス部ですから。
女の子はギャラリーはたくさん居て、黄色い声援は飛び交って。
無駄に熱くて、汗かいて、頭がクラクラする。
本当はこんな所居たくなかった。
の彼氏の忍足くんが試合をするからと言って。
苦手な化学のノートを貸してくれる条件で付いて来ただけ。
別に、テニスなんか興味ないし。
何が楽しいのかも全然分からない。
それなら今流行りのサッカーとかバスケとかの方がカッコ良くない?
その方が見てて燃えるし、応援したくもなる。
その時まで。
私はテニスなんてまったく興味がなかった。
ポツ、ポツ。
雨が、降り始めた。
晴れていた空がすっかり暗雲に覆われて。
女の子達はテニスに見入る訳でもなく、
濡れるのが嫌で頭を抱えながら端々に走っていく。
そりゃ当然。
彼女らは"テニス"を見に来たんじゃなくて、
"プレイヤー"を見に来たのだから。
「!行くよ!」
その時だった。
どしゃ降りになりつつある目の前のコートにプレイヤーが2人。
雨を気にして上を見上げる向日に目掛けて。
高く跳んだ位置からの、高速サーブ。
濡れた髪がゆっくりと持ち上がって。
そこから水滴が飛び散って。
振り落とされたラケットからボールが急激に落下して。
向日の足元に出来た水たまりが大きく水が跳ね、跡形もなく消え去った。
「おい、キミ!」
「え、まだやるでしょ?決着ついてないんだしさ?」
「てめ……っ!」
審判が椅子から降りてきてオレンジ頭を注意すると、
ポケットから取り出したボールを手の平で弾ませながら審判を見て。
それから、睨む向日に笑顔を向ける。
「岳人!風邪引くから行くで」
「侑士……」
「も、風邪引くからはよ中入り」
「ゆう……」
傘の代わりにもならない半分濡れたタオルをの上に乗せて。
コートでオレンジ頭に詰め寄ろうとした向日に、鶴の一声。
忍足の声で向日は反省したように俯いて、フェンス扉を開けて出てくる。
「残念、この続きはまた今度かぁ〜、アンラッキーだね」
とぼとぼ歩いて出て行く向日にそう言って。
自分は反対側のフェンス扉を出て行こうと歩き出す。
雨に濡れて額に張り付いた前髪。
サラサラそうな髪を滴り、出来る水たまり。
薄暗い空の雲色と、オレンジ色のコントラスト。
それは色濃く、鮮明に私の胸の中に刻まれた。
そして。
心を奪われた。
「も早よ中入らん――――」
「忍足」
「なんや?」
「アレは、ダレ?」
少しでも近づくようにフェンスを握って。
それでも遠くに行ってしまう、彼。
彼の名前が知りたい。
一瞬にして、私の心を奪った彼の名を。
「山吹の3年、千石清純がどないしたん?」
「千石、清純……」
「うわっ、本降りになってきた!行くで!!」
既に中に入ったを追いかけるように。
忍足は私の腕を掴んで、そのまま校舎の中へと駆け込んだ。
ビショ濡れになったけれど。
この日はひどく雨に感謝して、好きになった。
なんて現金、雨なんて嫌な存在だったのに。
更衣室で置きのシャツに着替えている間に、
山吹は挨拶をして帰ってしまったらしい。
後でに聞いても「そんな人居たっけ?」とまるで覚えてない。
(彼氏の試合に集中してたらしい)
もう、会えないかも知れない。
それなのに、胸から溢れんばかりのこの想い。
自然に湧き出て、私は溺れさせては、浮かせる。
心地よくて、辛い。
そんな想いが溢れて、溢れて。
いっそ全部流れてしまえば良いのに。
そしたら、忘れてしまえるのに。
ただの日常の一コマで済んだのに。
ただの一目惚れなんかじゃないの。
あのシーンを見て、私は愛しいと感じたの。
恋じゃなくて、愛を感じたの。
まるで。
あの日の雨が。
未だに私の中で降っている様に。
降り止まない雨が余計に泉に手を貸して。
いつか溺れ死んでしまうんじゃないか、と。
「?」
「……え、ああ、行く行く!」
「やっぱぼーっとしてね?」
「さっきの授業が眠かっただけ、あ、忍足下に居るよ?」
「あ、ヤベ!行かなきゃ!!」
「行ってらっしゃい、頑張って」
「待ってるぜ!」
元気で明るい小さな子供みたい。
私に笑顔を向けたかと思えば、一瞬にして廊下先の階段まで走っていく。
でも。
私にはもっと気になることがある。
すぐ窓の外を見たけれどもうあのオレンジ髪は見れなくて。
テニスコートの方を見たくても新館が邪魔で見えなくて。
彼に、会いたい。
そう気持ちが急かす。
落ち着かせようとすればするほどコポコポ溢れる。
私自身なのにちっとも思い通りになってくれない。
それは。
心の底で。
彼に会いたいと願っているから。
+++++++++++
久しぶりに清純をリハビリで書いたんですけど、
どうしよう!全然分かんない!!(涙)
清純の口調が頭の中に出てこない〜、ヤバイ〜。
頑張ります。頭に清純天使を呼び戻します!!
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