こんな日は本当にツいてない。




083:雨垂れ




雨には降られ。
彼氏にはフラれ。
もう槍でも降ってきそうな勢いで。
今日はとことんツいてない。

ええ、確かに?
確かに街中を男と歩きましたよ。
あのオレンジ髪の女好き野郎とね。
でもそれは文化祭の買出しに2人で行けと言われて。
合意なく手を繋がれて嫌がりながらも。
"帰りは荷物持ちするから"という言葉に負けたのよ。

それを目撃した彼……
いや、今となっては元彼が。
"浮気"だと言い出して。

せっかくのデートだと気合い入れたのに。
待ち合わせ場所でいきなりフラれて。
言い訳も聞いてもらえず帰られて。
雨のおかげで髪もメイクもボロボロ。

良い具合に仕上がった髪の毛も。
良い具合に上がったマスカラも。
良い具合に唇に馴染んだグロスも。
全て台無し。


「なんで、よ……っ」


泣きたい気持ちを抑えて。
公共のトイレで化粧バックに入っていた
化粧落としでメイクを完全に落として。

ノーメイクで写される鏡の中の私の惨めな顔。
半べそかいて今にも泣き出しそう。


嘘だって。
本当に嘘なのに。
どうして信じてもらえなかったんだろう。

そんなに私って信用ない女だったの?
街中で男と歩いてるだけで?
……まぁ、確かに私も嫌だけどさ。
私の話くらい聞いてくれたって良くない?

大体ね。
自分の言いたいことだけ言って。
さっさと去るってどういうことよ!?
こっちにだって言い分があるのよ。
ちょっとぐらい聞いてくれたって良いじゃない。

ああ。
何だか腹が立ってきた。
確かに好きだったけど。
こんな分からず屋だったとは思わなかった。
あんなヤツ、別れて正解だったわ!


トイレに入ったときは。
泣きたい気持ちでいっぱいだったのに。
今や怒りがだんだんと積もって。
今日おろしたばかりの鞄の中に出したものを詰め込んで。

外に一歩出て。
雨垂れが頬に当たって、気づく。


「どしゃ降りじゃん……」


50メートル先はまったく見えない。
どしゃ降りの雨で視界が遮られてる。
空は雲で真っ暗で、地面は水たまりで埋もれて。
まるで台風でも来てるみたい。


「……最悪」


そう呟いて。
男女分かれるように作られた入口の狭い壁に凭れた。

ホント。
こんな最悪な日があって良いのかと
神様に疑問を問いかけたくなるくらい最悪。
多分一生で一番最悪な日だと思う。

トイレがある公園には。
もちろん誰も居なくて。
誰かが通る気配もしなくて。
雨降って、服濡れて寒いし。


「……はっくしゅんっ!」


普通こんなくしゃみしたら。
学校だったら笑い者にされるし。
繁華街だったら奇異な目で見られるのに。
意外にも雨の中じゃあんまり響かないし。
周りからの反応もなく、雨の音で消されて。


「……さい、あく」


もう一度呟いて、鼻を啜る。
家に帰りたいと思いながら。

そうだ。
どうせもうこんなに濡れてるんだし。
このまま雨の中に飛び込んでもさして変わりはないかもしれない。
どうせ風邪は引くんだろうし。
ココなら家にはまだ近いほうだし。
何とかなるかもしれない。

おろしたての鞄をコートの中に入れて。
落ちないように胸の前で手で押さえて。
いざ踏み出そうと空を睨む。


「さん?」
「……え?」


一歩、踏み出そうとした瞬間。
後ろから声が聞こえて身体が竦む。
ゆっくりと振り返れば。


「何やってるんだ?そんなビショビショで……」
「南くんっ!」


男子トイレから出てきたのは。
むやみに背が高い同じクラスの南くん。
ほんっとに良い人で。
私が宿題忘れたときはお世話になってる人。


「もしかして、ふられた?」
「えっ!?何で、知ってる、の?」
「え、いや、格好見れば……」
「……そうだよね、フラれた格好してるよね」


自嘲的に息を吐いて。
ずぶ濡れな自分を見下げる。
濡れて引っ付いた衣服は気持ち悪いし。
格好は最悪だし、フラれた格好って言ってもおかしくないよね。


「……さん?勘違いしてない?」
「え?してないよ、さっき彼氏にフラれたもん……」
「えぇ!?」
「南くん、アイツと仲良かったなんて知らなかった……」


きっと。
南くんは気を使って言わないんだろうけど。
アイツがメールで先に南くんに言ったんだ。
最悪、なんでこんな惨めな姿見せなきゃなんないのよ。


「さんの、彼氏と?」
「クラス別だから知らなかったよ、メール着たんだ?」
「……さん、やっぱり勘違いしてるよ」
「何を?」
「俺はさんの彼氏と仲良くないし、
 俺が聞きたいのは彼氏に"フラれた"じゃなくて、
 雨に"降られた"ってことなんだけど……」
「なんですとっ!?」


ああ、もう今日はホントに最悪。
自分からフラれたことを関係ない人に暴露する
バカなんて普通居ないわよね。


「……っ」


こんな風になったのも。
全部、全部、アイツが悪いのよ。
人の話も聞かないで、自分勝手に決着つけて。


「さんっ!?」
「う、うぇっ、うぅっ……」


人のせいにする。
こんな惨めな自分が、ひどく嫌で。
一気に視界は涙で歪んで。
目尻に溜まっては、頬を落ちる。


「ごめん!無神経だった!?」
「っく、南くんはっ、わるく、ないっ」
「……ホント、ゴメン。
 こんな時どうやって慰めて良いかも分からなくて」


申し訳なさそうに。
南くんまで顔を下げて。
両方で拳を作って、それを震わす。

南くんは偶然出くわしただけなのに。
そんな辛い思いする必要なんかないのに。
ただ、私が悪いだけなのに。

南くんはそんな人だよね。
本当に人の気持ちをよく察して。
同じように笑ったり、悲しんだり。

私は。
そんな南くんが好きだったよ。
人当たり良くて、優しい南くんが。
3年生になって1学期間はずっと好きでした。

夏休みに入る前に。
別のクラスのアイツに好きだと告げられて。

南くんは。
誰にでも同じ優しい態度だから。
自分が特別な存在になれるなんて。
少しも思えなかったから。

今まで知らない人だったけど。
きっと好きになれると思って。
OKして、南くんの気持ちは抑え込んだ。

極力見ないようにして。
あまり関わらないようにして。
何とか抑えてきたこの気持ちが。

ホントに、現金。
こんな南くんを改めて間近で見て。
愛しい気持ちが込み上げてくるなんて。

きっと南くんが聞いたら呆れるよね。
この気持ちが日の目を見ることはないだろうから。
波立つ鼓動には気づかないで。


「ゴメンね、泣いたりして……」


手の甲で涙を拭って。
顔を俯かせる南くんを見据える。
南くんの拳はまだ震えていて。
泣いてるように見えて。


「南、くん?」
「……俺、情けないよな」
「どうして?」
「好きな子、泣いてるのに」
「……え?」
「何も出来ないなんて、さ」


ぽつりぽつりと。
今降っている雨とはまるで反対に。
紡ぎだされた言葉に身体が凍った。


今、なんて?
南くんはなんて言ったの?

よく聞こえてたのに。
それでも聞こえなかった振りをするのは。
その言葉の真意が図れないから。

だって。
あの南くんがよ?
今や話すこともあまりない私を。
"好きだ"なんて言ってくれるはずなくて。

悔やむように唇を噛み締めて。
顔を歪める姿を南くんがするなんて。
普段の南くんからは想像もつかない顔で。
私は身体が竦んだ。


怖かったわけじゃないの。
ただ、驚いただけなの。


私のその姿に。
南くんはハッと我に返って。
今度は南くんが自嘲気味に息を吐いて。
悲しそうに顔を緩ませた。


「ゴメン、本当に……」


泣きそうに顔を緩ませて。
一歩、足を滑らせるように後退した。
外はまだザァザァ降りの雨。
トイレの屋根から少し南くんがはみ出して。
背中が雨垂れによって濡らされたのに。

南くんは気にせずに。
本当に申し訳なさそうに私を見て。

ドキンって。
胸が跳ねたのは言うまでもなくて。
さっきフラれたことなんか忘れて。
目の前の南くんが愛しくて、愛しくて。

呆れられても良い。
こんな女、嫌だと思われても良い。
自分の気持ちに素直になりたい。

ゆっくりと手を伸ばして。
身体に引っ付いた腕を掴む。
一瞬ビクリと震えて、驚いた顔で私を見つめる。

無抵抗のまま屋根の下に導いて。
私は嬉しい気持ちを露にして。
微笑みながら。


「南くんが、好きです」


余計に南くんの瞳は見開いて。
それに反比例して私の笑みは深くなるばかり。

浅ましい女だと思うかな?
さっきフラれたことも知られてるのに。
それでも南くんを好きだという自分。


「呆れる、かな?」


少し視線を下げて。
掴む腕に力を込めて。
自信なさ気に息を吐いて。


「……全然、むしろ嬉しいよ」
「本当?」
「俺、さんには嫌われてると思ってたから」
「私、に?」
「彼氏出来てから、あんまり話すことなくなったし」
「……まぁ、それは」
「正直、辛かったんだ……ずっと、好きだったから」
「南くんが、私を?」
「……好きだって言われて、かなり驚いてる」


照れたように顔を赤らめて。
私の掴んだ腕を南くんは掴み返して。
引き寄せられて胸に顔を寄せる。


「私もね」
「なに?」
「彼氏出来る前は、南くんが好きだったの。
 付け足しみたいに聞こえるけど、本当だよ」
「……っ」


いきなり南くんがよろめいて。
足を一歩ずらして、今度は2人して雨垂れに濡れる。


「……あっ、さん!服ビショビショだった!」
「あー、ゴメン……濡らしちゃった」
「そんなことより濡れた服どうにかしないとっ!!」
「……南くん、傘持ってる?」
「あ……俺も持ってなくてココで雨宿りしてたんだ」
「じゃあもう少し、ココで雨宿りだね」
「大丈夫?」
「南くんと一緒に居たら温かいから大丈夫、かな?」
「……っ」


微笑めば。
赤い顔で返してくれる南くんが。
愛しくて仕方なくて。

雨垂れに少し濡れながら。
南の温かさに酔いながら。
距離を、縮めた。






+++++++++++
リハビリ第2弾という名目で頑張りました。
南はちょっとした伊角さんです(笑)
そして私は伊角さんと関西棋院の社くんが好きです。
(今日のヒカ碁スペシャルで惚れました……!)


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