最初はね、知らなかったよ。
気付いたのは貴方の部屋で写真を見てから。

確かに。
外見の雰囲気は似てた。
亮の隣で優しく微笑んで。
彼女のように仲が良さそうな写真。

別に。
浮気じゃない、と思いたい。
これは昔の感情で。
今は私のことが好きなんだって。

サイレンがそっと鳴り始めた。
時期にそれは。
治まるって。
そう、信じたかった。




091:サイレン 前




「?」
「……ん?」
「どうかしたか?」
「何でもないけど?」
「……そんな風に見えないけどな」


帽子を被りなおして。
私の目を見ずにそう呟いた。

冬の日が沈むのは早い。
真っ暗な並木道を歩きながら。
私達は淡々と会話を済ませる。

私がプレゼントした色違いのマフラー。
亮がプレゼントしてくれたダッフルコート。
それをして私達は歩いているのに。
どこからどう見てもラブラブなカップルのようなのに。

寒空が広がって。
そのせいか星がキラキラ輝いて。
それさえも何だか憎くて。

本物だから。
絶対になくならないから。
羨望が憎悪へと変わる。
そんなカンジ。

疑いたくなんかないよ。
だって、私は亮が好きだもの。
馬鹿が付くほど大好きで。
絶対に離すもんか、なんて思ってた。

沈黙が、続く。
こんな帰りが続いて今日で5日目。
亮の部屋に遊びに行ってから。
私の口数は急激に減って。

いくら鈍感な亮でも気付いて。
私に問うけれど、答えてあげない。

だって、怖いんだもの。
肯定されてしまえば私達は終わりだから。
私が亮が好きで好きで溜まらないから。
だから、答えてあげない。


「じゃあね」
「……ああ、また明日な」
「うん」


絶対に答えてあげない。
答えたら離れなきゃいけないなんて。
私には絶対に、耐えられないから。




「なんや、ケンカでもしたん?」


そんなもん俺が聞きてぇよ。


と。
言ってやりたがったが無視無視。


「だよなー、休み時間ごとにお互い行き来してたじゃん」
の嫌がることでもしたんじゃねぇのか?アーン?」
「ホンマや……なぁ、跡部アレちゃう?」
「アレって何だよ、侑士!」
「ああ、あのの避けようはアレしかねぇな」
「だからアレってなんなんだよ!」
「岳人、黙っときぃ、子供には分からん話や」
「なんでだよ!俺だってお前らと同じ歳だっつーの!!」
「……で、実際のところどーなんだよ?宍戸」
「そうやで、白状しぃ」
「俺にも分かるように説明しろよ!宍戸!」


3人が一斉に俺の机をバンッと叩いて。
6つの瞳が真剣に俺を射る。
クラスの奴らはそれに一瞬反応したが。


"触らぬ神に祟りなし"


その言葉通りいそいそと教室を出て行く。
何故なら今は昼休み。
普段教室で弁当食うヤツまで出て行って。
俺のクラスには今コイツらと俺の4人。


「昼休み始まった途端、一緒に弁当食べるって俺らから逃げてたのに」
「それがこの1週間……いや、正確には4日前の火曜からやな」
「俺達と一緒に食うなんて何があったか気になるじゃねぇか」


そのままの姿勢で。
まるで俺を責めるように言い放つ。
そういう俺は。
下を向いたまま返答しようと言う気が起きない。

俺だって分からねぇよ。
答えたくても分からねぇんだよ。

俺だって突然のこと過ぎて。
状況を把握してるかって聞かれても。
まったく半分も理解してねぇんだから。

分かんねぇんだ。
が考えてること半分も。
"何かあったか?"と聞いても。
"何でもない"の一点張りで。

そこで気持ちを汲むのが男の俺の仕事かもしれねぇが。
それが出来りゃ苦労しねぇんだよな。
特に俺なんてこんなんだろ?
何度に鈍感だって言われたことか。

――――――。
跡部や忍足なら。
簡単に済ませちまうことなんだろうか。


「なんや?ゆう気になったん?」


顔上げて。
1番最初に目が合ったのは忍足で。


「素直に言っちまいな」


視界に割り込むように跡部が見えて。


「そうそう!言ってみそ?」


何だか楽しそうな向日の顔を見て。
問う気が失せた。


「……何でもねぇよ」


「何でもなくないだろうが!」
「何でもなくないやろうが!」
「何でもなくねぇじゃんか!」


3人が同時にそう言い放って。
俺には溜息を吐くしかなかった。




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送信者:
件名 :ごめん。
本文 :今日は用事があるから先に帰るね。
    親との約束だからどうしても外せなくって。
    また連絡します。部活頑張って。
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「送信、と。ふぅ……」


折りたたみの携帯を閉めて。
私は亮から貰ったダッフルコートを着て。
自分で買ったマフラーを巻いて。
それがいつもより少し重く感じて教室を出た。

廊下は放課後特有のざわめきで渦巻いて。
"今日帰りドコに寄る?"だとか。
"今日の部活の練習メニューは"だとか。
私にはまったく無縁な会話が繰り広げられていて。

いつもなら。
教室で亮の部活終わりを待って。
今なら真っ暗な並木道を一緒に歩くのに。

親との約束なんて嘘。
親との約束なら亮の方を優先させるに決まってる。
だって、好きなんだもの。
だって、大好きなんだもの。

自分でも分からないの。
どうしてこんな行動を取ってしまうのか。
胸の中に渦巻く不安の塊が。
私をこんな風に誘導して。

亮と距離を置こうとしてる。
それは自分でも分かってる。
でも、どうして?

好きな人と距離を置くのは寂しいのに。
それでも心のどこかでホッとしてる自分。


サイレンが。
悲鳴のように鳴り響いて。
真っ赤なランプがテカテカ光って。

ねぇ。
これって。
もしかして。


「先輩!」
「……鳳くん」


部活の行く途中なのか。
いや、休むことなんて滅多に許されないから行くんだろう。
テニスバックを背負って。
私より遥か大きな身長で私を見下ろして。


「久しぶりだね、元気?」
「はい、元気ですよ」


ローファーを履いて。
ロッカーの鍵を閉めて。
そのまま歩き出すと。
当然のように鳳くんが隣を歩く。


「今もまだ亮と組んでるんだよね?」
「はい、遅くまで練習付き合わせて申し訳ないです」
「あんなので良かったらこき使ってやってよ」
「今日は宍戸先輩は練習休みなんですか?」
「いや、違うと思うけど……何で?」
「だって宍戸先輩と先輩はずっと一緒ってイメージあるじゃないですか」
「ずっと、一緒……」


純粋無垢な笑顔で言うから。
何だかその言葉に縋りたくなってしまう。

もしかしたらね。
そのイメージももうすぐ崩れちゃうかもしれないの。
私と亮は離れ離れになって。
こうやって。
鳳くんに話しかけてもらえなくなるかもしれないの。


「……あの、俺、何か変なこと言いましたか?」
「ううん、今日は用事があってね、先に帰るの」
「そうなんですか、じゃあ宍戸先輩帰り1人なんすね」
「そうなのよ、鳳くんの練習に夜中まで付き合わせちゃって」
「あはは、夜中まではないっすよ」
「そう?別に良いのに?」
「……また今度の休日にでもお願いしたいですけどね」


2人で笑う。
何だか、笑いで全てを誤魔化してるみたい。

不安な気持ち隠すように。
笑いで何とか自分を保てるよう。

ねぇ。
少しは。
分かってきたかもしれない。


「じゃあ、ココで」
「あ、ゴメン。校門まで来させちゃって」
「気にしてないっすよ」
「でもココからテニスコート遠いのに」
「気にしないでください、ちょっと気になってたこと聞けたし」
「え?」
「何でもないです、それじゃ!」
「あ、うん。部活頑張って」
「ハイ!」


本当に純粋無垢なのか。
あの発言に何が込められているのか。
私には理解出来なかったけど。
鳳くんは私に背を向けて走っていった。

ふと玄関のある本館の3Fを見上げると。
そこには私をじっと見つめる亮の姿。
そして。
ゆっくり携帯を窓に近づけて。
アンテナで何度か窓を叩いた。

最初は何を意味するかよく分かんなかったけど。
ポケットに入れてた携帯が光ってて。
鳳くんと話してた時にメールをしてくれたんだと気付く。

帰る人の邪魔にならないように校門の横の花壇に座って。
急いでポケットから取り出して。
折りたたんであった携帯を開けて。



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未読メール 1件
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そう画面に表示されていて。
私は急いでボタンを押して未読メールを確認する。



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送信者:宍戸亮
件名 :Re:ごめん。
本文 :部活どころじゃねぇよ。
    俺も帰るからそこで待ってろ。
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上を見上げると。
亮の姿は既になく。
ココに向かってるんだと分かった。

正直、逃げたくなった。
メールの本文では怒ってるようで。
いや、確実に怒ってる。

確かにいつも文面は素っ気ないけど。
こんな命令口調なメールはない。
跡部じゃあるまいし。
ましてや部活を休んでまで。

怖い。
怖い。
怖いよ。

言われてしまうんじゃないか。
急激に寒気が襲ってくるように。
私の身体がガタガタと音を立てて震えているような。

逃げたい。
逃げたい。
逃げてしまいたい。
真実から目を背けてしまいたい。


理由はただの――――――怖いから。
一人になるのが――――――怖いから。
本物じゃないのが――――――怖いから。


失くしたくないの。
それなら会えなくても構わないから。
少しなら我慢するから。
別れるくらいなら、どんなことでもするから。

亮が走ってきたのを見て。
足が竦んで、身体が動かなかった。

真っ赤な真っ赤なランプが。
台風の風に舞わされるように。
激しく回り続ける。
音は雄叫びのように私の身体中に響いて。

きっと、もう。
サイレンは止まらないんだ、と。
悟ってしまった私は、大馬鹿者でした。






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だから!アタシ!どうして!なんだ、よ!!
何でこんなに前後編が好きなんでしょうか。
自分の首を絞めるのが好きなドリMです。
同じように続きまふ。


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