「雨、かぁ……」
頭上にはどんより雲。
目の前にはぽつぽつ雨。
足元には出来かけの水溜り。
このまま雨宿りするか、走って帰るか。
どっちか選ばなければならない究極の選択。
「どうするかなぁ……」
そういえば朝。
お母さんが"雨降るから傘持って行きなさい"って
いってた気がする。
完璧無視してこの有様。
雨宿りして。
ずっとこの調子で振り続けるなら時間が勿体無いし。
走って帰って。
それからザァザァ降り始めると後悔するだろうし。
どっちか選ばなきゃいけないんだろうけど。
女の子としては難しい選択である。
「どないしたん?」
097:アスファルト
「あ、忍足くん」
「玄関で突っ立って何しとん?」
「雨宿りするか走って帰るか考え中」
「あ、ホンマや、雨降っとんか……」
「忍足くんは傘持ってないの?」
「そういうさんは?」
「……持ってたら帰ってるよ」
「それもそうやな」
少し笑いながら。
サラサラな前髪をかきあげる。
実は。
私の胸は今ドキドキと高鳴っている。
何故かってそれは一つ。
好きな人が隣に居るからに決まってる。
同じクラスで。
それなりに話したことがあるけれど。
そんなに仲良い方でもない。
もちろんライバルは多いし。
容易に近づけないってのもあるんだけど。
「忍足くんは、部活?」
「ミーティングだけやってんけどな」
「そっかぁー、お疲れ様」
「さんは?」
「……聞かないで」
「そうなん?じゃあそうしとくわ」
なんで。
なんでなんで。
なーんでこんなところで。
こんな格好悪いところ見せなきゃなんないの。
日曜日。
もちろん今日は学校などありません。
帰宅部の私には最も学校に関係ない日。
部活動に精を出してる方々には絶好な練習日。
そんな日に学校に来てる訳はただ一つ。
「……"補習"なんて言える訳ないでしょ」
「ん?何かゆうた?」
「う、ううん!なんでもないっ!」
「さよか?」
心の中で呟いたつもりの言葉が。
無意識にも声に出していて。
きっと気づいてるだろうに。
それでも言わないでくれる忍足くんを。
とても嬉しく思うのは好きだからに決まってて。
「雨、止めへんなぁ……」
格好悪いところ見せちゃったけど。
本当は止まないで欲しいなんて思ったり。
さっきまで究極な選択を悩んでたのに。
あっさり雨宿りを選択しちゃって。
こんなに一緒の時間を共有するなんて。
もしかしたらこの恋が終わるまで
ありえないかもしれないから。
だったら、満喫したくって。
どんより雲を見上げる横顔が。
校舎の玄関の電灯が丁度よく当たって。
眩しく見えるのは私の気持ちも重なっているから。
「……忍足くんは、さ」
「ん?」
どんより雲から私へ。
視線が移る動作さえも鼓動が弾んで。
忍足くんからしたら何でもない動作も。
私にとったら心臓を支配する勢いで。
「何で帰らないの?」
「え?」
「私なら気にせずに帰って良いんだよ?」
もしかして。
核心ついてるって分かってる?
勘の良い忍足くんなら気づいてるかな?
望みがないって私だって分かってる。
それでも、勝負に出たくもなる。
だって、ほら。
少女漫画なら定番じゃない。
好きな人が一緒に雨宿りするシーン。
それは大抵。
両想いだってことで。
ただの漫画の世界だから。
現実世界ではありえないかもしれないけど。
それでも信じてみたくなるじゃない。
忍足くんにとってただの優しさでも。
その"優しさ"に期待したくもなるじゃない。
「……"雨の匂い"って知っとる?」
「え?雨の、におい?」
「そ。雨んなったら特有の匂いせぇへん?」
「あ、ちょっと焦げ臭い匂いの?」
「多分それやな、あれってアスファルトの匂いって知っとう?」
「アス、ファルト?」
「そうや、アスファルトが酸性雨で溶けてそんな匂いがするんやて」
「へぇ、知らなかった……」
「俺、ちょっとその匂い好きやねん」
「分かる!私も好き!そんなの私ぐらいだと思ってた!」
「やったら、行ってみる?すぐそこに道路あるし」
「え?」
私を見ながら。
綺麗な笑みを作り出して。
鞄の中から黒の折りたたみ傘を取り出して。
電灯を隠すように広げる。
「か、かさ……持ってたの?」
「誰も持ってへんなんかゆうてへんで?」
た、たしかに。
思い出せば忍足くんは"持ってない"なんて
一言も言ってない。
完璧、私の勘違い。
「俺が」
「え?」
「俺が、帰らんとココに居った理由。
気づいてくれると嬉しいわ」
「っ……」
はっきりと言葉にして欲しいけど。
それ以上追求することが出来ない。
言葉が詰まるのは。
今、胸が詰まっているから。
比例して、顔が熱くなるのもそのせいで。
ふいに触れられた手が。
妙に熱くなっていくのが分かるのも。
それは、全て。
忍足くんが好きだから。
「私、あのっ」
「ストップ」
言葉の先を紡ごうとすれば。
繋いだ手とは反対の手で私の唇の上に
人差し指を乗せて。
微笑みながらそう言って。
「着いたら、俺からゆわして?」
ああ、神様。
これは夢なんじゃないでしょうか?
本当に少女漫画みたいな展開で。
私の胸も同じように高鳴るばかりで。
呆然とする私に。
より深く微笑んで。
感覚をなくしかけていた手を少し引いて。
黒い傘の中に導かれて。
「さんは、応えてくれるだけでええから」
水たまりを踏んで。
跳ねた水は冷たいはずなのに。
私の全身は何故か火照ったように熱くて。
柔らかい地面を踏みしめて。
私は無言で忍足くんに引かれるまま歩いて。
向かうは道路。
そんなのすぐ傍にあるから。
結果はすぐ傍にあるってことで。
だって。
私も答えは決まってるもの。
期待通りの展開なら。
私の答えは一つしかないもの。
ねぇ。
これって、もう。
私達は一歩踏み出したんだよね?
きっとお互いの気持ちは一緒で。
未開の地へと歩き始めたんだよね。
良い方向に向かうように願いながら。
「さん、あのな」
先を見据えて。
私が微笑めるのは。
忍足くんが好きだからです。
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ノーコメントでお願いします。(撃沈)
クソ過ぎるのは承知してます。
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