もし。
死んだら。



貴方の名字が良いわ。




098:墓碑銘




「長太郎、起きて」
「ん……」


床に散らかした服を着ながら。
未だに裸でシーツに肌を寄せる長太郎を起こす。
ちょっとした声を漏らすけど。
起きる様子なく、
そのまま布団を身体にくるむ。


「こぉら、起きなさーい」
「……」


犬は寒いときほど外で駆け回るはずなんだけど。
ウチの大型犬は寒さが天敵らしく。
毎朝寒いと呟いては。
そのまま眠りに落ちることも稀ではない。


「長太郎〜?」
「……」


ホント、仕方ないなぁ。
脱ぎ散らかした服を着て。
そっと起こさないようにベッドに座る。
体重で少しへこむけど、長太郎は気付かない。
小さな寝息をたてて。
どっぷり夢の中。

流れるような綺麗な銀髪が。
朝日に透けてキラキラ反射してる。
毎朝の光景なのに。
今日はより鮮明なのは気のせい?
つい触れたくなるような。
でも触れたら輝きを失ってしまうような。

おそるおそる手を近づけて。
触れたのは貴方の頬。
昨日も散々触れたけど。
寝ているせいか、普段より温かい。

こういうのって子供体温って言うんじゃなかった?
いつまでたっても甘えたさんだし。
その表現がぴったりかもしれない。

この瞬間も。
私にとっては"幸せ"で。
アンタと一緒になって良かったと思う刹那で。
胸がトクントクンと穏やかに鳴って。

世界一幸せなんじゃないかって。
錯覚しそうになって。


「ん……」


声を漏らして。
そのまま寝返って。
私に顔を見せない。

私の幸せを奪うなんて。
10年早いわよ、長太郎?

ベッドから立ち上がって。
小走りで反対側に周って。
床に正座を崩した形で座って。
目の前の"幸せ"に浸る。

真っ白なシーツに包まって。
微かに寝息を立てて。
こんな日常のひとコマを。
幸せだ、と感じる日が来るなんて。

愛しさが込み上げて。
そのすべすべした肌で。
抱きしめてもらいたくて。

掠めるように。
頬に唇を滑らせて。

触れたか触れないかの距離で。
キスを、する。


「ん、……ぅ」


寝息が私の唇にかかって。
それがくすぐったくて。
それが、愛しくて愛しくて。

なんでこんなに好きになったのかしら。
最初はただの年下にしか見えてなかったのに。
まさか、こんなに愛しい人に変貌するなんて。

こうやって一緒に居ることが。
私にとって1番の幸せになることが。


「長太郎〜、区役所もう開いてるよ〜?」


指でぷにぷに頬を押して。
起きない長太郎に何とか刺激を与える。


「ん……もう、ちょっと……」
「……この紙、破るよ?」
「え……?」
「別に私は……良くないけど」
「……わっ!待ってください!」


ベッドの横の小棚の上に置いていた
薄っぺらい紙を音を出して広げて。
この紙の重さを分かって欲しくて。

だって。
長太郎は何も変わらないけど。
私とっては一大事なんだから。


「せっかく両親にも報告してるのに、それを裏切る気〜?」
「そんなことしないですよ!すぐ行きましょう!今すぐ!!」
「その格好で?」
「あ……」
「私は完璧だけど……って言っても昨日の服だけどね」
「……すぐ、着ます」


しゅんと少し顔を伏せて。
いそいそと布団の中から抜け出す。

あー。
少しダメージ与えちゃったかも。
記念日になるこの日に。
落ち込んで欲しくなんかないのに。

意地悪かなぁ、アタシ。
今までこんな風に付き合ってきたから。
今更変えるなんて出来ないかもしれないけど。
やっぱり。
こういうってのダメかな?


「長太郎」
「はい?」
「私、こんな風じゃダメ?」
「え?」
「こんな言い方、毎日されたらムカつく?」
「何でですか?」
「いや、私ならムカつくかも、と思って……」


今度は私が俯く番。
何故?って聞き返されると何だか自分が情けなくて。
こんな自分を自覚されると。
何だか、相応しくないんじゃないかって。


「そんなことありませんよ!」
「え……」
「さんはさんのままで居て欲しいし」
「この、ままで?」
「変わられると何だか戸惑ってしまいますよ」
「そう?」
「ほら、俺がさんに敬語じゃなくなるのも何か変じゃないですか?」
「まぁ、それは……」
「でしょ?だからそのままで居てください」


本音は。
敬語じゃない方が嬉しいんだけど。
でも。
長太郎が敬語じゃないと。
やっぱり考えれば気味悪いかも。

今さっきまで沈んでたのに。
今は私の前で最高の笑顔を浮かべてて。
シャツのボタンをとめ……。
あーあ、もう。


「長太郎」
「何ですか?」
「ボタン、掛け間違えてる」
「え?……わっ!」
「時間ないんだから早くしてよ?」
「は、はい……」


一瞬大きな瞳で。
大きく見開いて。
そのままわたわたとボタンを外そうとするけど。


「あー、もう。私がしてあげる」


慌てて上手く外れないらしく。
じれったくなって傍に寄る。
口ではそんなこと言ってるけど。
本当は笑いたくて仕方ないんだけど。
とゆーか、顔はもう笑ってるんだけど。


「……すいません」
「どうしてぇ?」


心なしが口調が弾んでる、かも。
だって、やっぱり長太郎は可愛いもの。
こうやって出来ることが幸せなんだもの。


「俺、やっぱり……」
「なに?」
「さん、貰う資格ないですか?」
「え?」
「俺、いつもこんなんだし」
「……」
「こうやって、さんに支えてもらってばかりで」
「……だから?」
「さんに、いつか呆れられるんじゃないかって」
「……」
「こんな俺じゃ、釣り合わないんじゃないかって」
「……」
「いつも、不安なんです」


耳が垂れ下がった犬みたい。
きっと今の長太郎を見たら誰もがそう言うわ。

私より随分大きな身長で。
それなのにどこか頼りなさげで。
私がしっかりしなきゃという気持ちになる。

それは決して義務感じゃなく。
自然にそう思えるの。
自然にそう動けるの。

愛してる人のこと。
支えてあげたいのは女も同じなのよ?
男が支えなきゃなんて法律ないでしょ?


「私ね」
「はい」
「死ぬときは貴方と同じ名字が良いの」
「……え」
「老後は楽しく2人で暮らして、
 それから最後は一緒に幸せに亡くなるの」
「……」
「それで子供への遺言状にはこう書くの。
 一緒に埋めてもらって、同じ"鳳"の名の墓碑銘で拝んでもらうの」
「、さん……」
「最後まで私達は同じ名字が良いの。
 私を、鳳にして欲しいの」
「本当、ですか?」
「自信持って、私は誰よりも旦那様が好きよ」
「……はいっ」
「呆れられるとか釣り合わないとか、
 そんなのいつも私が考えてることと同じ」
「え?」
「だって長太郎はカッコイイもの。
 それに中身は可愛い、中身を知れば知るほど好きになる」
「さんも、ですか?」
「もちろん」
「そう、ですか……」
「よし!行こっか!」
「はい!」


手のひらで1度胸を叩いて。
ボタンがしっかり留まったのも確認して。
お互いハンガーからコートを取って。
部屋を、出る。


「長太郎!」
「は、はい?」
「1番重要なの、忘れないでよね?」
「あ……すいません」
「早く行こう!」
「はい」


婚姻届を持って。
それを国に届ければ。


私達は。
晴れて夫婦になる。






+++++++++++
ラブラブ第2弾でございます!!
今回も何度筆が止まったことか……!
それでも最後まで書けたのは自分でもすごいと思います。
しかも初の年上ヒロイン。長太郎には敬語が似合う。
最近ドリを読みふけってる友人に捧げたいと思います(笑)


BACK