「ヤダなぁ……」
ポツリと呟いた言葉が、神様に届いて。
先月と同じような席順になれば良いのにな。
013. せきがえ
「ほら、も引いて引いて!」
茶色い封筒の中にはノートの切れ端に書かれた番号の数々。
本当はどの番号もイヤ。
引くの自体がイヤ。
「……引かないの?」
は手を伸ばそうとしない私にキョトンとして。
不思議そうにそう問うた瞬間。
前の席の肩が少し揺れた。
「……引くよ」
渋々といった風に引いて。
そんな雰囲気だからはまだキョトンとした顔だったけれど。
全員にくじ引きを引かせるという役目を果たすため、
次の女子の下へと走った。
手の中には引いたノートの切れ端。
それは無造作に3つ折されていて。
開く気を無くさせる。
「開けねぇのかよ?」
以上に怪訝が含んだ声色が頭上から掛かった。
手の平で所在なさ気だったくじ引きを取りながら。
「……別に」
「代わりに開いてやろうか?」
「1番前とかだったらどうするのよ」
「ハッ、俺様が触ったのにそんな席になるかよ」
「その自信はどこから出てくるのよ……」
その自信、少しだけ分けて欲しい。
また跡部の後ろになれる、そんな自信が。
でもこれって自信って言わないか。
確信に近い、それが欲しい。
跡部の後ろは絶対に私だって確信が―――――。
「……残念だった、な」
少し視線を下げてそんなことを考えていると。
らしくない跡部の声色が掛かった。
少し寂しそうな、期待を裏切られたような。
そんな、悲しい声色が。
それは。
私の耳が都合よく聞こえてるだけ―――――?
「……なに、が?」
「お前、1番だってよ」
「え?」
「担任が気まぐれ起こさねぇ限り、1番ってのは1番前だろ?」
「……そっ、か」
正方形にもなってないノートの切れ端には。
赤いペンで書かれた番号『1』が。
跡部の手の平でも所在なさ気に佇んでいる。
今のクラスの担任はよく1番が1番前になる。
その他は適当に振り分けて、2番が1番後ろになることもある。
今まで1番を1番前にしたことはないみたいで。
きっと、私の1番前は確定的。
こんな確定なんか欲しくない。
私が欲しい確定は――――――。
「……跡部は?もう引いたの?」
「いや、まだだ。後ろでモタモタしてやがる」
とは大違いで男子のクラス委員が、
ようやく私の後ろの男子にくじ引きを引かせていた。
もうすぐ跡部の番。
だけど、私がもう跡部の後ろになることはない。
確率的にいうと……いや、虚しくなるから止めておこう。
あの担任に期待するだけ無駄って話だ。
それから。
先月のことを思い出した。
前から5番目で、その前が跡部。
なんて幸せな席だ、って友達に言われて、自分もそう思って。
実はずっと好きだったから。
その俺様な性格も全部、全部。
成績が悪かった時とか。
最初は嫌味を言われて、悔しくて仕方なくなるんだけど。
「次、頑張れば良いじゃねぇか」
なんて。
頭を撫でて、プラス、デコピンされたり。
問題が分からなくて質問した時とか。
「こんなのも分からねぇのか?」
なんて、最初はまた嫌味から始まるんだけど。
次には。
「仕方ねぇな、ここはだな……」
って、ちゃんと私が納得するまで教えてくれて。
好きだから。
好きだから。
勘違いしそうになっちゃうんだ。
好きだから。
好きだから。
都合良く解釈しちゃいそうになっちゃうんだ。
誰も私が跡部を見てるなんて分からない。
先生を、黒板を見てるフリしながら。
跡部を見てることなんて誰も知らない。
この席は。
本当に私にとって大切な場所で。
唯一誰にも気にせず、跡部が見れる場所で。
見つめていられる、場所で。
「跡部くん、どうぞ」
「遅ぇな……コレ、担任に渡せ」
「は?」
「良いから、渡せ」
「分かりました、じゃあ引いてください」
「……ああ」
急に跡部の声が聞こえて。
泣きそうになった顔を自分なりに戻して。
上目使いでその光景を盗み見た。
跡部の手には。
引かれたばかりのくじ引き。
クラス委員の手には。
跡部に渡された何が書いてあるか分からない紙。
クラス委員は少し訝しげな顔をしながら。
跡部の前を通り過ぎて、前の男子にくじ引きを引かせた。
跡部の手の中にあるくじ引きを見て。
心臓がツキン、と痛くなる。
人間の心って頭なのに。
どうして心臓が痛くなるのかな。
ツキン、ツキン、て針が刺されてるみたいに、痛い。
きっと今月から。
別の女の子が跡部の後ろで。
私と同じようなことされるんだ。
頭撫でられたり、デコピンされたり、解き方教えてくれたり。
その内1番前の私なんて。
話すこともなくなってしまう。
だって、きっかけがないんだもの。
遠く離れたところから問題の解き方なんて聞けないよ。
「……だから、イヤって……」
自分にしか聞こえないように呟いたって仕方ないのに。
イヤだ、なんて言っても席替えは止まらないけれど。
後悔しか、残らない。
「……、顔上げろ」
「え?」
「発表だってよ」
人差し指で私の机をトントン、と2回叩いて。
顔を上げた先の跡部の視線は黒板だったけれど。
言葉の方向は確かに私で。
だけど。
これがもうきっと、最後。
「じゃあ発表しまーす!」
の声がザワザワ騒がしい教室内に響いて。
まずは赤いチョークを持って、番号順に書き始めた。
「……気まぐれなんてそうそうねぇな」
「良いよ、もう分かってたし」
覚悟は、出来てた。
それが納得出来なくて辛いだけで。
跡部の後ろになれない覚悟は出来てたよ。
は窓際の1番前を赤いチョークで『1』と書いた。
担任の気まぐれはそうそう起こらない。
もしかしたら私達が出て行っても一生『1』は1番前かもしれない。
「くじ運ないなぁー、ホント……」
「あのな」
「え?」
「運なんてもんは自分で掴み取りゃ良いんだよ」
「実際取れなかったもん……」
「……なに、泣きそうな顔してんだよ」
というか、泣いてた。
覚悟は出来てたけど、決心はつかなくて。
ずっとずっと、心の中では泣いてたのよ。
「それ、もう1度瞬きしてみろ、絶対零れるぞ」
「うるっさい……っ!」
「涙拭いて前見てろ、掴ませてやるよ」
跡部の言う通り、零れそうな涙を制服の袖で拭って。
前を見ると、が丁度書き終えたところで。
クラス委員が書こうとした瞬間、担任がコソッと耳打ちした。
クラス委員はコクリと頷き、白いチョークで書き始めた。
もちろん『1』は1番前で。
私と同じ番号だった男子は大げさに机に倒れこんでいた。
私はまだ窓際だけれど、彼は教卓の目の前だった。
彼の声も気にせずに。
クラス委員はさっさと書き上げた。
そして、男子最後の20番を私の後ろの席に書いた。
「……跡部、何番?」
「12」
「遠いね……」
男子の12番は廊下側の前から5番目だった。
普通の生徒なら手を上げて喜ぶ席だ。
跡部だって喜んでるに違いない。
「だがな」
「……」
「今日休みが1人居ただろ?」
「ああ、うん……」
「そいつの番号だ、コレは」
「……は?」
「俺様が代わりに引いてやったんだよ」
「……じゃあ、跡部の席はどうなるの?」
指に挟んだ『12』と書かれた紙を見ながら。
不思議そうに見つめると、返って来たのはらしい、不敵な笑み。
「くじは19番までしか作ってねぇんだよ」
「だからっ、跡部の席は―――――っ」
「お前の1番そうなって欲しいことが、現実だ」
手の平の中に紙を滑らせ。
そのままぐしゃり、と紙を丸めた。
予想だにしなかった事態に狐につままれたような顔をした私を。
まるで嘲笑うように、そのまま続いている不敵な笑み。
後ろがダメなら、せめて跡部の前で。
そんな無謀な奇跡を願ってしまうバカな私。
1/20の確率なんて、ほとんどないに等しいのに。
それでも、絶対にないわけではないって。
「俺が好きなんだろ、?」
「……っ」
「……好きな女に熱視線浴びせられて、気付かないはずがねぇ」
「気付いて……っ!?」
「反応するのはそこじゃねぇだろ?」
「え……?」
「今度は俺様がお前を見つめる番だろ、?」
無造作に置かれた手の上に。
指の長い跡部の手がそっと置かれた。
意識しなかったその感覚が急激に身体の中を駆け巡って。
顔が赤くなっていくのが分かる。
「もうお前は、俺の顔だけ見てれば良いんだよ」
そのままぎゅっと握られた感覚。
もうきっと、ずっと、忘れられない。
後から聞いた話。
クラス委員に渡していた紙には。
脅迫めいた文章付きで自分が休みを分を引くって書いたらしい。
「跡部でもそんなことするのね」
「運なんて自分で勝ち取るもんなんだよ」
私は振り返って。
跡部の顔を見ながら話すこの瞬間が。
たまらなく幸せな日々。
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申し訳ない程度にアップしてみました。
ホント何事もリハビリですが、頑張ります。
夏までにはストック溜めつつ、少しずつアップを目標に頑張ります。
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