「……」
2段に分けられた下駄箱の中。
上の段には大量の教科書を入れて。
下の段には履いてきた靴を入れてるんだけど。
その下の段の靴の上に。
ポツンと置かれた茶封筒が、問題の始まり。
053. 心配かけてゴメンナサイ
「……居るんだ」
今時、封筒で想いを伝えるヤツなんか。
ちょっとした時代錯誤な気がするのは私だけ?
その手紙を手に取って。
表、裏と翻してみたけど、名前はない。
いや、私にラブレターなんて来るはずない。
もしかしたらこれは不幸の手紙かもしれない。
開いたらいきなり爆発するとか……それにしたら細すぎるか。
「、これなんや?」
じーっと訝しげな顔で茶封筒を見ていると。
スッと目の前から消えて、それは忍足の指の間に移動していた。
忍足もその茶封筒を訝しげに見つめ、そして、言う。
「に……ラブレターはないわな」
「うるさいっ!」
「だってみたいなん好きな物好きは、この世で俺しかおらんからな」
「……は?」
「こんなんで先越されたら、かなわんからな」
思わず目がテンになった私を他所に。
忍足は茶封筒を開けて、中身を見た。
白い便箋1枚がそこには入っていて、
ココからは何て書いてあるかは見えないが、5行くらい書かれた文字が見える。
だけど。
それ以上に気になるのは。
忍足の表情がだんだん曇っていくこと。
暗く、というか、だんだん険しくなっている気がする。
「……」
「おし、たり?」
「、コレは俺が処分しとく」
「なっ!手紙くれた人に失礼でしょ!?」
「……言うたやろ?先越されたら、かなわんって」
「でも……!」
「こんなヤツより、俺の返事考えといて?」
先程とは打って変わって。
真剣な顔をしたかと思うと、急に二ッと笑って。
指の間にまた茶封筒を挟んで、ヒラヒラ手を振りながら玄関を出て行った。
「……反則」
反則だよ、あんな顔。
反則だよ、あんな告白。
感慨に耽る時間もなかったじゃない。
嬉しさに浸る時間もなかったじゃない。
私だって忍足のこと――――――好きなのに。
誰も居なくなった玄関に。
部活開始のチャイムが鳴り響いた。
それが私には、教会の鐘の音に聞こえたのは。
熱に浮かれていたに違いないからだ。
「……眠い」
結局一睡も出来なかった。
忍足の昨日の言葉が頭から離れなくて。
出された宿題も手がつかなくてベッドに入ったけれど。
結局寝れないまま、朝を迎えた。
ガヤガヤと玄関は人に溢れていて。
自分の下駄箱に着いた時には少しクラクラした。
寝不足で、雑踏が妙に頭に響く。
下駄箱を開いて。
いつも通りに靴を置いて、何冊か教科書を取って。
そのまま教室へと急いだ。
靴の下に――――――何が置いてあるかも知らずに。
「、大丈夫か?」
「……ちょっとダメかも」
「保健室行こ、付いてったるから」
「うん、ごめん……」
3時間目。
ついにピークを迎えてしまった。
身体がダルくて、頭がガンガン痛む。
次の時間は体育だけど、それに参加出来るだけの元気は既にもうない。
休み時間の度に私のことを気にしてくれて。
それでも大丈夫だ、と言っていたんだけど。
心配そうに目を細められると、こっちまで痛くなる気がして。
どんどん気が重くなって、それでこの有様。
応えたい気持ちはあるのに。
どう応えて良いのか分からなくて。
とてもとても私の気持ちも伝えたいのに。
その勇気と元気を、今は持ち合わせていない。
保健室で今日は帰りなさい、と言われて。
外で待っていた忍足に伝えると。
「じゃあ俺も帰るわ、送るから玄関で待っといて」
私の頭をポンポン、と叩いて。
私の目を見ずに教室へと向かっていった。
その後姿が切なくて。
きっと、責任を感じてるんだと思った。
忍足は勘が良いから。
私がこんな状態になったことの推測なんてついてる。
自分が告白したせいだ、って責めてるかもしれない。
その不安は、私が解かなければならない。
私が気持ちを伝えて、本当のことを言って。
忍足の不安を取り除きたい。
本当に、好きなんだって。
「……本当にラブ、レター?」
何とか辿り着いた下駄箱の中には。
昨日と同じ茶封筒が1つ。
いや、違う。
朝は気付かなかったけど、靴の下にもう1枚茶封筒が。
まずは靴の上の封筒を取って、
靴を下に置いて、それから下の封筒を手に取った。
同じ茶封筒が2つ。
どちらから開こうか迷う。
だって不幸な手紙何通も入れるわけないでしょ?
忍足の表情が険しくなったのは私への告白だから。
……なんて、自惚れすぎかな。
「」
「……んぅっ!」
「話をしよう、きっと君も分かってくれる」
急に口を押さえられて。
必死に声を出そうとするけど、怖くて声が出ない。
膝が折れて、額に冷や汗が浮かんで、身体が震える。
「大丈夫、怖がらなくて良いよ……」
忍足とトーンが違う。
、って呼ぶ優しい声色が違う。
何か狂気染みた、それでいて呼び慣れてるような。
それでも、私はこんな声は知らない。
私は、こんな呼ばれ方されてる覚えはない。
男の手がするりと制服の上から身体をなぞって、
そのまま後ろから抱き締められる形になる。
這い上がるのはぞくっとする不快感だけ。
「怯えてるの?……そんな姿も可愛い」
「……っ」
「手紙……読んでくれた?」
「……」
「昨日の朝は忍足に取られてたよね、だから新しいの入れておいたんだけど」
「んっ……」
震える手を何とか上げて、
手の中で折れた茶封筒を見せた。
「そう!見てくれたんだ?」
「んぅ……」
思わずすごい勢いで首を振った。
「まだ、なの?」
「……」
「ずっと遠くから見つめてたんだ。
でもそれだけじゃ足りなくなって、手紙を書いた。
の1日の行動を見て書くのはすごく楽しかったよ。
全部合ってるんだよ、全部見てきたからね?
こうやってをずっと見つめてられるのは俺だけだよ?
好きになって、くれるよね?」
「……っ」
コイツ、ストーカー!?
まったくそんな危機感なんてなかった。
私なんかに、ってずっと思ってたし。
絶対に大丈夫だ、なんて確信めいた何の根拠もないのを信じてた。
そうか。
だから忍足は見せてくれなかったんだ。
何とか話を逸らして、その場をはぐらかしたんだ。
――――――ってことは、忍足は、私のこと、なんて。
そんな思考を遮るように。
男の手がより強く身体を抱き締めた。
「……好きだよ」
「んっ!?んぅ……!!」
「拒まないで、を愛せるのは俺だけだよ……」
「んんぅーーー!!!!!」
「このっ、なにしてんねんっ!!」
急に身体が軽くなって。
そのまま力なく、腰が抜けたように座り込んだ。
後ろではガキッ、と人を殴った音が聞こえて。
急いで振り返ると、そこには―――――。
「おし、たり……」
「……大丈夫か?」
「うん……」
「ゴメン、一人にさせてホンマ……ゴメン」
抱き締められた。
でも、腕の温もりがまったく違う。
冷たくて冷たくて仕方なかった身体が。
じんわりと暖かみを帯びていく。
「……」
「お前がの名前呼ぶな!失せろや!!」
「うるさいっ、お前にはっ」
「……殺されたいんか?」
私には見えないけれど。
一気に氷点下まで気温が下がった気がした。
そしてすぐに、走って行く音が聞こえて。
そのままより強く抱き締められた。
「ゴメン、遅なって……」
「ううん、大丈夫……」
「血上って殴ってもた……ホンマ、心配したわ」
「心配かけて、ゴメンナサイ……」
「が悪いんやない、アイツが悪いだけや」
「心配かけて、本当にゴメン……」
「ホンマに怖かったんは、やろ?」
「……うんっ」
本当に安心して。
安心して、安心して。
涙腺が緩んで、視界が歪んだ。
「おした、りぃ……ふえっ」
「……」
「ゴメンっね……、すぐっ、泣き止むっから……」
「……何で?」
「告白、話をっ逸らすためだったんで、しょ?」
「……」
「ゴメンね、迷惑も心配もかけて……」
まだまだ溢れそうな涙を何とか止めて、
忍足の胸を突き放す。
でもその刹那、手を掴まれて、また忍足の胸の中へ。
「何で、そんなこと言うん?」
「だって……」
「確かに話逸らすためもあったけど、
俺の気持ちに嘘偽りは一切ないで?」
「おし、たり……?」
「ホンマにが、好きなんや」
私の肩を掴んで。
嘘偽りないまっすぐな瞳で見つめるから。
眼鏡の奥から澄んだ瞳が私を見つめるから。
眼鏡越しでその想いがお互い溢れてるのが分かるから。
「私も、好きなの……忍足が、好きなの……」
忍足の顔から、微笑が零れる。
私の顔からも、微笑が零れる。
「さよか……どうしよ、ホンマに嬉しいわ……」
「私も嬉しいよ……」
「キス、してええ?」
「……うん」
拒む理由なんてどこにもない。
私は忍足が好きで、忍足も私を好きでいてくれてる。
上唇にそっと触れられ、
後は飲み込むかのように唇にキスが降った。
時間にすれば短いそれも、私には永遠の至福に思えた。
「帰ろ、か」
「……うん」
その日私達は。
初めてのキスを交わして。
初めて手を繋いだ。
心配をかけたことを、ゴメンナサイ、と謝りながら。
後日。
あの手紙のこと聞いたら。
「燃やした。俺以外のヤツがの行動しっとんなんて気に食わんわ」
と、しれっとした態度に答えた。
一体何が書かれてたのか本当はすごくすごぉーく気になるんだけど。
まぁいっか。
私は何より幸せなんだし。
もう心配かけないように。
もうゴメンナサイなんて言わないように。
でも。
本当に。
心配かけてゴメンナサイ。
+++++++++++
こちらも申し訳ない程度にアップです。
ハァ、ホント毎回がリハビリになっておりまする。
夏までにもう少しストックが溜めれば良いなぁ。
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