「、行こうぜ」
「あー、はいはい!ちょっと待ってよ!!」




手強い相手 前




宍戸が教室のドアの前で私を呼んでいる。
予習に使う教科書を机の中から引っ張り出して、
急いで鞄の中に詰め込む。
重たくなった鞄を持って宍戸と共に廊下を歩き出す。


「……重そうだな、持つぜ?」
「大丈夫、マネージャーで腕に筋肉ついちゃって困ってんのよねー」
「そうかぁ?全然細ぇじゃん」
「そりゃテニスやってるアンタより太かったら問題よ」


宍戸は優しい。
一見ぶっきらぼうに見えるけど。
それは素直じゃないだけでさりげない優しさがあるのよねぇ。


「お?自分らホンマにラブラブやな〜」
「忍足、アンタも行くの?」
「そっ!一緒に行ってもええ?」
「ラブラブとか言う人は一緒には行ってあげませーん」
「ジョ、ジョークやんか!
 アメリカンジョークってやつやっ!!」
「……忍足、お前マジ激ダセェ」


宍戸と私は確かに仲良いけどそんなんじゃない。
健全なお友達付き合いっての?
そんなカンジ。
だって私には好きな人居るもん。
もち、宍戸にも彼女くらい居るでしょ。
忍足は勘が良いから私の好きな人が居るの知ってて言うからタチ悪い。


あー、もう、手強い男なんばーつー。


「アメリカンジョークならヨシ、逝ってよし」
「何で監督やねんっ!」
「フフ、たまには関西のノリも必要でしょ?」
「……、お前はやっぱええ女やなぁ〜」
「知ってるもーん」
「……お前らホント激ダサだろ」


宍戸が隣で飽きれてる。
もちろん忍足は隣でゲラゲラ笑ってる。
一応テニス部のマネージャーだからね、 部員のことは把握してます。

忍足は普段はアホっぽいけど、
テニスのこととかになると真剣。
相談もすごく乗ってくれるし、
顔つきが変われば綺麗で真剣だし。

そんな忍足に惚れてる女は数知れず。
まぁ、コレだけ良い男なら当然か。

1回バカって言った時も


「関西人にはアホってゆうてや」


って教えられたっけ。
東京のバカは愛がないらしい。
……関西人の言うことは理解出来ないわ。
でもそれからはちゃんと忍足にはアホって言ってるし、
それで笑ってくれてるし。


「あ、宍戸さん!それに忍足先輩と先輩も!!」
「長太郎、俺らはついでかいっ」
「そうよ〜、可愛い先輩が宍戸の隣に居るってゆーのに」
「おっと、いけねっ!
 すみません、忍足先輩、先輩」
「やっぱ長太郎はかぁいいねー」
「え、そんなことないっすよ」
「つい、お姉さんが色々と教えてあげたくなっちゃうな〜?」
「は、はぁ……」


うん、やっぱり長太郎は可愛い。
純粋な満面の笑顔は見ている人の気持ちをほわほわとさせてくれるのよね。
つい頭撫で撫でして、ぎゅーっと抱きしめて、 頬にちゅっとしてしまいたい。
純真無垢な長太郎は分かってないだろうけど、
つい、ね。つい。


「、お前……」
「長太郎、ほんまに気をつけな
 変なこと教えられてまうで〜?」
「へ、変なこと……?」
「人聞きの悪いこと言わないでよ!
 長太郎が可愛いから仕方ないのよね〜?」
「え、いや、先輩のが可愛いっすよ」


あぁ、その天使にスマイル!
どれだけの女の子を虜にしてきたのッ!?

既に虜にされた私は自分より大分背の高い長太郎の後ろに移動し、
腰に手を回して抱きしめた。
うぅ、可愛いのに男らしい身体。


「先輩ッ!?」
「飢えたが獣に成り下がった瞬間、見ものやな〜」
「お、おいッ!人が見てる階段で何やってんだよッ!?」


忍足はまたゲラゲラ笑って、
宍戸は自分じゃないのに顔を真っ赤にして怒ってる。
被害者の長太郎はどうして良いのか分からずにパニくってる。
あぁ、そんな姿も可愛いなんて……
背中から伝わる体温で光悦な気分になっちゃったわ。


「忍足〜、そんなに笑ってると今度からゲラ男って呼ぶわよ?」
「うわっ、それだけは勘弁してぇな!」
「てめぇら、何やってんだよ?」


階段でやんややんやと騒いでたら
上から降りてきた跡部に声を掛けられた。
じっと私の方を見てくる跡部の視線を
顔を長太郎の背中に押し付けて逸らした。


「が獣に成り下がり中なんや」
「アーン?何言ってんだ?」
「良いのよ、放っておいて!行こっか、長太郎?」
「へ?あ、はい……」
「宍戸と忍足も早く!
 今日も部活はりきってガンバロー!!」


跡部が話した瞬間、
私は長太郎の手を握ってにこーっと
笑顔して階段を2人で降り始めた。
2、3段降りた所で振り返り、
唖然としてる2人を呼ぶ。

視界に跡部が入ってしまうのは少しばかり我慢して、
後は無理に長太郎と繋いでる手と
反対の手を上に掲げてオーッ、と自分を励ます。
長太郎は後ろを何度も気にして、
不安そうに私の顔を見てくる。

私の好きな人?
そうよ。
もちろん氷帝学園テニス部部員200人の頂上。
跡部景吾、よ。
いつも俺様でナルで性格最低、
だけどもその他は完璧だとしか言いようが無い。
もちろん校内でファンクラブもある。
試合の度にその黄色い声の応援はすごい。
たまに、ホントにたまに、応援の練習とかするしね。


……その場は結構異常空間だと思う。


その真ん中でいつもふんぞり返ってるのがこの男、
跡部景吾なのよね。


どうして自分でもこの男が好きなのか分からない。
今までの好きな人のタイプから考えてもこんな男は居ない。
……ってこんな性格の人、中々居ないか。

でもそれは表面上だけのこと。
本当の彼が違うこと、私は知ってる。

だって部長だもん。
普段はあんな風だけど、優しいし、
正レギュラー陣には気遣い上手。

性格が天邪鬼なだけで素直になれない所がある。
それも私から見れば可愛い。

テニスしてる姿なんか本当にカッコイイ。
私だって女の子達と一緒に黄色い声援あげたいよ。

でも拒否されるのが怖くて、何も言えないでいる。
跡部は私のモノじゃないのに、
他の女の子と居る姿見るだけでイラつく。
どうしようもないジレンマの嵐が私の心で吹き荒れてる。


扱いにくくて手強い男、なんばーわんよ。




「と何かあったん?」
「何もねぇよ」
「それで何であんなに不機嫌なんだよ、ありえねぇだろ」


コイツらはのこととなると勘が良い。
それは俺の気持ちを知ってるからなんだろう。
チッ、俺様にしては不覚だぜ。
俺は達が先に向かった部室に行くために、階段を降りだした。
もちろん後ろから忍足と宍戸も付いてくる。


「知らねぇよ」
「知らぬ存ぜぬじゃまかり通らんのは分かっとるやろ?」
「正直に言えよ、聞いてやるからさ」

中学からの付き合いだ。
2人は俺がこうやって1人を好きになる
なんてことありえなかったから
親身になって聞いてくるんだよな。

ったく、うぜぇ。
……なんて言っちまうけど、
ホントは頼りにしてるんだぜ?
ま、ぜってぇ口にしてはやらねぇけどな。


「に聞けよ、俺は知らねぇ」
「まぁ、跡部が素直に言うとは思わなかったけどな」
「跡部のことや、もしかしたら無理やり行為に及ぼうと――――」
「なっなに言ってんだよッ!激ダセェな!!」
「おわっ!……宍戸〜、こんな痛いツッコミは俺耐えられへんわ〜……」


忍足の発言に大きく反応した宍戸は
バシッと大きく忍足の背中を押した。
下駄箱がある1番下の階まで降りていたので、
前のめりになった忍足は
少々の悲鳴を上げながらも無事倒れずに済んだ。


チッ、運の良いヤツ。


宍戸の顔を見て大きく溜息を吐くと、
大げさに項垂れた。


「てめぇら、バカやってねぇでさっさと行くぞ」
「……あ、長太郎!無事か!?」
「……俺は無視かいな、宍戸……」


宍戸は玄関で待っていた鳳の元へと走り、
恨めしい視線を宍戸に送りながらも忍足も
ゆっくりを鳳の元へ歩き出した。
俺はそれを横目で見つつもテニスシューズが
入った下駄箱の鍵を開け始めた。

最初は鍵などつけてなかったが、
下駄箱に手紙やら菓子が入ってるのが嫌で、
の助言で鍵をつけるようになったらそれはなくなった。
この鍵もから貰ったものだ。


……アイツはいつもマネージャー以上のことをしてくれる。


それは何故かと考えることはあっても、
結局は答えは出ない。
アイツからしたらただのマネージャーの仕事かもしれねぇからな。

……チッ。
俺らしくもねぇ、こんなこと考えるなんて。


「あ、宍戸先輩!」
「はどうした?」
「先に行くって、俺にココで先輩らを待ってろって言って……」
「マネージャーやからかいな?
 そんなん一緒に待っとったらええのになぁ……」
「とにかく急ごうぜ、
 先に向日が行ってたら何言われるか分かんねぇからな」


忍足と宍戸も、俺に遅れて下駄箱を
開けてテニスシューズに履き替える。
玄関にはテニス部正レギュラーしか使えねぇ下駄箱がある。
大抵はそこでコイツらには会うのだが、
今日は1人姿が見えない。
宍戸が言ってたように向日の姿がない。
もう3年の教室がある廊下には人はまばらだった。


俺はさっさと履き替え、
テニスウェアに着替えるために部室に足を速めた。


「あ、跡部先輩!」


鳳の横を足早に通り過ぎた時、
思い出したように俺を呼んだ。
俺は返答はせずに、振り向くと


「先輩が、ごめんなさい、って……」


締まりがない、
しかし控えめな笑顔で鳳は俺にそう言った。
さしずめコイツは伝言板だったって訳だな。
頷いて、踵を返して俺は部室に急いだ。


「ホンマ素直やないなぁ〜」
「跡部は昔からああだから仕方ねぇんじゃねぇの?」
「跡部部長には先輩はもったいないっすね」
「お?長太郎、よう言うわ〜」
「おっと、冗談っすけどね」






+++++++++++
続きます。

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