「、元気出して?ね?」
「もうやだ……」
「え?」
「私、もう2度と恋なんかしないよ……っ!!」


は教室で泣き崩れながら私に言った。
可哀想にと思う反面。



"そんなことあるはずがない"と。


心の片隅で思っていた。




2度目の恋なんて




跡部景吾。
噂では財閥の息子で大金持ち。
氷帝に名を知らぬ者が居ないくらい有名で。
何をやらせてもスマートにこなせてしまう男。

正直。
私は最初あまり好きじゃなかった。
そりゃ顔は綺麗だし、何でも出来るけど。
氷帝内に流れる噂はどれも生々しいモノで。


A組の鈴木さんが遊ばれただとか。


E組の先生と付き合って、
泣きすがる先生を横目に捨てたとか。


他校の女の子をナンパして、
氷帝の女の子と刃傷沙汰を起こしただとか。


普通の人じゃ非日常なことが。
あの跡部景吾の前じゃ当たり前のことで。
それでも今もこうやって堂々と歩いてる。

……何故か私の隣でね。


「」


許した訳じゃないのに。
勝手に私の下の名前を呼び捨てる様は。
帝王の風格とでも言うのだろうか?
妙に決まってて逆にムカつくわ。


「何よ?」
「あそこ、座るぞ」


人混みでも。
彼の周りはいつも。
バリアーが貼られてるかのように人が居ない。


皆、跡部の顔を見ては「綺麗」と呟き。
皆、跡部の傍を少し離れた場所から見て。
皆、跡部のオーラに一様に近づけない。


本人が。
無自覚なのが余計に腹立つけど。


「跡部ともあろう人があんな所に座るの?」
「……てめぇ、ケンカ売ってんのか?アーン?」
「まさか!跡部にケンカ売るほど世の中知らない訳じゃありません」
「気に食わねぇ女……チッ」


忌々しく私に向かって舌打ちして。
それでも手を握って強引に私を駅前のベンチへと連れて行く。
自分が思い通りの結果にならないのは嫌だから?



それとも。
そんなに私とあのベンチに座りたいの?




が跡部に捨てられた次の日。
跡部は教室に何の断りもなく入ってきて。
が居る目の前で。



「俺の女になれよ」と。



私に向かってそう言った。

携帯番号とアドレスが書かれた紙を渡されて。
「後で連絡してこい」と言い残して教室から去った。
跡部が去った後の教室は騒然としてたけど。
私達だけ別次元に飛ばされたように無言のままだった。


それから。
私達はあまり話さなくなった。
いや、話せなくなった。


いつの間にか。
には新しい彼氏が出来たらしく。
別の友達からの噂では只今ラブラブ絶好調らしい。


嬉しいような、悲しいような。
私はまだこの男と微妙な関係を続けていて。
何故か取り残されたようなそんな感覚。



付き合っても居ない男と。
こうやって外で会う約束をしているのは。



「ほらよっ」
「え?……ありがとう」
「何だよ、礼なんか言うなんて殊勝じゃねぇか」
「……私もたまには素直になるわよ」


投げられたジュースは。
私の大好きな会社のレモンティー。
跡部は最初高級品の紅茶の銘柄しか知らなくて。
缶ジュース一つにもどれがどうだとか悩んでたっけ。

世間知らずのようで、そうじゃなくて。
完璧のようで、どこか抜けてて。
ムカつくけど、何故か隣で笑ってる私が居て。


「……跡部」
「あぁ?」
「ありがとう」


なんだかんだ言って。
私は置いてけぼりなんかじゃないと考え直す。

だって。
だってさ。



私の隣に跡部景吾が居るんだもん。
それだけできっと。
世界中の女を敵にまわしてもおかしくない程の。
幸福なんだろうね。


「」
「……何よ?」
「好きだぜ?」


明後日の方を見ながら。
缶ジュースを飲みながら。
こうやって過ごす時間は。
私にとってきっと幸福な時間で。


正直あまり好きじゃなかった相手が。
私の大事な人に変わった瞬間で。


きっとこのまま進んでいける。
私はそう思ってた。




後から考えればどんなに都合が良かった話か。
考えもしなかった罰が。
私の涙を流す分だけ積もっていく。




そんな関係が続いた1ヵ月後のある日。


「やっぱり貴方が好きなの……」


と跡部が二人で教室に残っていた。
事実は私を待ってる跡部にが出くわしたという所で。
職員室に用事があって帰れば。
聞き覚えのあるの声が聞こえて。

少し開いていた窓から目だけで覗くと。
跡部は窓枠に凭れて、と対峙している姿。


今すぐでもその空間を切り裂いて。
入れるものなら入ってしまいたい。
けれど、私にはそんな権限がないことに。
今更ながら気付くことになるなんて。

都合が良い楽な関係が心地よくて。
私はこれでも良いと思っていたけれど。
実際問題、そんな微妙な関係いつか崩れるに決まっている。



一本の細い糸の上で私はサーカス団のように、
落ちないように。
左右に揺れないように。
まっすぐまっすぐ歩いてきた。

ただ前だけを見ていたから。
自分を振り返ろうとしなかったために。
跡部の焦りに気付こうとしなかったから。



跡部の優しさに甘えてた自分への罰。



「……だから?」
「さんとは付き合ってないんでしょ?だったら……」


いつからさん付けされるようになったか。
胸がズキンと痛むけれど。
が言葉を止めたのは。
跡部の双眸がきつくを射とめたから。


「関係ねぇだろ、お前には」
「かんけ、い……ある。私は跡部くんがまだ好きだから……」


跡部の双眸に怯むことなく、
は拳をぎゅっと握り締めまっすぐ見つめる。


「……入れよ」
「え?」
「、入ってこいよ」


とっさに身を窓枠の下に隠したけれど。
とっくの昔に気付かれていたみたいで。
跡部はの横を通り過ぎて、
教室のドアを開けて廊下に座り込んだ私を見て


「入って来い」


と。
いつもの命令口調で私に手を差し伸べる。


「立てよ」
「あ、うん……」


中に入れば。
私達2人を憎たらしそうに見つめるの姿が。
ココロがズキズキと悲鳴を上げ始める。
友達だと思ってたのは私だけなのか。


「……」
「気安く呼ばないでよ、さん」
「……」
「」
「……跡部くん」
「見てたきゃ見てろ」
「え……」


が声を出す前に。
跡部のお綺麗な顔面がずいと接近してきて、
そのまま押し当てられるように。



唇が触れた。



「んぅっ……」


跡部の力が強くて。
黒板まで押し進められて。
そのまま侵入をしてくるザラザラした舌。

抵抗しようとする手を黒板に抑え。
いい様に何度も角度を変えて侵入してくる。
銀の糸が長くなって、床に小さな水溜りを作って。
目を開ければの驚愕した表情が。


「んっ……んぅっ、ふぁ……」


息苦しくて。
手に力を込めてもビクともしない。
時折開く瞳にゾクリと快感が背中に走る。
自分から舌を絡めようとする衝動を何とか抑えて。



バタバタバタッ。



激しい走る音がした。
教室から1人の存在が消えていて。
やっと離れた唇から引いた糸を。
無理やり千切るように床にへたりこむ。


肩でハァハァ。
胸がドキドキ。
変な感覚が身体中を駆け巡って。

俯く私の顎に跡部が人差し指を添えて。
そっとそのまま自分の方へと上げる。
少し頬が赤いのは夕日のせいなの?


「あと、べ……」
「返事はいつもらえるんだ?」
「っ……」
「俺様をココまで待たせるのはお前くらいだぜ?」


いつもの不敵な笑みを浮かべて。
私に話しかける様は。
ひどく胸が痛み出す。


これは何?
痛みは痛みだけれど。
のとはまったく違うものだわ。


「俺様に惚れてるんだろ?」


そうか。
この胸の痛みは"恋"なんだと。
今更ながらに気付いた私はバカですか。



いや、きっと気付いてた。
でも怖くて気付かない振りをしてたんだわ。
私はもう2度と恋なんてしないなんて思いたくなくて。
あんなに泣き崩れるのが嫌で。


「……そう、かも」
「この俺様に惚れねぇわけねぇだろ」
「バーカ」
「なんだとっ!?」
「そんな跡部も好きなのかも」
「……なら、許してやろうじゃねぇか」


降って来た唇を受け止めて。
この恋に全てを懸けることを願う。



2度目なんて考えられないほど。




私を愛してよ。





+++++++++++
少し前に友達が振られて「2度と恋なんて出来ない」って
言ってたのですがいつの間にやら好きな人が出来た模様。
人間なんて恋するために生きてるんだから当たり前なんだろうね。
ちなみに友達はこんなに性格悪くありません(笑)


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