ほら、居るだろ?
天気予報で雨の確率少ねぇのに
鞄の中にいつも傘を入れてるヤツ。

絶対に役に立たねぇって思ってたのに
ちょっと見直すぜ。



こんな、雨の日はな……




相合傘




「あ、雨だ……」


生徒会役員会議の中にそんな言葉が飛び、
皆一斉に窓の外の雨に目を向ける。


「ヤベェ、傘持って来てねーよ」
「今日の降水確率20%だったでしょ?」
「こんな時にツイてねぇー」


一気に会議は中断。
皆、窓に駆け寄り、雨を嫌悪し、
言い訳の言葉を交わし、慰めあう。

そんな中。
余裕な顔で配られたプリントを揃え、
これから配るプリントを仕分けしているヤツが1人。


俺は知ってるぜ?
お前がそんな顔をする理由がな。


「オイ、」
「なに?」


1人椅子に座り、立つ俺に目を向ける。
雨が降ってるにも関わらず余裕な瞳で。


「会議、続くと思うか?」
「続いてくれなきゃ困るわ、今から部費予算案議でしょ?
 会計長の私1人でさせる気なの?」
「だが、アイツらの集中力は完全に切れたぜ?」
「雨くらいで動揺してどうするんだか……」


口々に雨について言葉する連中を一瞥して、溜息を吐く。
そしてゆっくりと立ち上がり、


「少し待てば止むわよ。
 終わって降ってても皆なら親が迎えに来てくれるでしょう?
 まずは会議終わらせてしまいましょう」


窓にたむろする連中にそう呼び掛け、
納得の言葉を唱えさせて、皆静かに元の席に着席する。

を一瞥すると目が合い、
"これで良いんでしょ?"と
言いたげな瞳に口角を上げてみせる。
呆れたという風な苦笑を浮かべ、視線をプリントに落とした。

それから初めて外の雨に目を向け、
今頃テニス部は大変だろうなと思いながら会議を再開した。





「お疲れ様でしたー」
「また明日もよろしくお願いしまーす」
「お母さんに電話しなきゃー」


それから2時間後に会議は終わり、
解放されたとばかりに皆そそくさと会議室を出ていく。

雨の中残されたのは俺とだけ。
険しく眉根を寄せながらプリントを睨んでいる。


「帰らねぇのか?」


サァサァと微かに聞こえる雨音を
遮るように声を掛ける。


「あれ、まだ居たの?」
「居ちゃいけねぇのかよ」
「そんなこと誰も言ってないでしょ?
 会計補助の子がインフルエンザにかかっちゃって、
 だから今日中に資料だけでも作っておかないと……」
「そういえば休みだったな」
「補助の子が居れば明日でも間に合うんだけど、
 明日も絶望的みたいだし、もう少し残ってやっていくわ」
「そうか……」
「あ、生徒会室のカギ置いててね?
 後でパソコン使うし……」
「オイ、」
「お疲れ様、今日は忙しいからコーヒー買う時間ないわよ」


俺を見ずにそう答え、
忙しそうに何枚ものプリントを目配せしている。

いつもなら。
「お疲れ様」と言いながら
俺に缶コーヒーを差し出して
それを2人で飲んでから帰るんだが、
今日はそんな時間もねぇようだな。


「そういうことじゃねぇよ」
「じゃあ、他に何か用でもあるの?」


忙しなく動いていた視線をようやく俺に向けたが、
"早く終わらせて欲しい"と顔に書いてある。

一度溜息を吐き、
から1つ椅子を空けて座り
机に散らばったプリントを1枚手に取る。


「手伝ってやるよ、この俺様が」
「生徒会長様が?まぁ、光栄……だけど、
 後が怖いから止めとくわ」


意外だと一瞬目を見開いて、
それから顔を柔らかくして微笑む。
グロスが塗られた唇が蛍光灯の光加減で
いつもよりキラキラと光った気がして眩しい。


「俺様が手伝ってやろうって言ってんだぜ?」
「だーかーらっ、それが後で怖いんだってば」


今度を笑い声を混ぜながら。
ゆっくりとプリントに目を向けつつ、
別のプリントにシャーペンを走らせる。


「跡部は跡部で忙しいでしょ?
 明日も予算案議あるんだから早く帰って身体休めた方が良いわ」


ね?、と念押しされて。
少し手を伸ばして俺からプリントを取り上げ、
そのプリントにまたスラスラと何か書き込む。

変わらねぇな、お前は。
自分より人の心配をして。
自分が損してると分かってるだろうに。
助けを請わないで自分で片付けてしまう。


「……俺、傘持ってねぇんだよ」
「何言ってんのよ、いつも車待たせてるクセに」
「ドライバーが怪我して休んでんだよ」
「嘘ばっかり、今日も朝、送ってもらってたじゃない」
「……見てたのか?」
「……まぁね」


生徒会新任の挨拶日。
お前は傘を持ってきてないに傘を貸していたな。
"生徒会が終わるまでには止むから"と言って。

見事に雨は止まず。
他の生徒会役員が帰るのを見送ってから。
自分が濡れるのも構わずに雨の中を走っていったな。
俺は生徒会室からその光景を見ていた。

次の日、案の定休んで。
3日後に来たには謝っていたけど、
それでも"良いよ"という。

俺には分からなかった。
自分の利益になり得ないその行為が。
にとって損にしかならないのに。
"良いんだ"と言えてしまう、その性格が。

それから、だな。
の行動に目をかけ始めたのは。
自分の仕事より人の仕事を優先して。
結局は自分の仕事が遅れて、損をするのに。

分からない。
けれど、気にかかる。
これは何なんだ?

自分にないものを持っているから?
俺にはあんなものは必要ないのに。
それでも、気にかかるのは。


「ドライバーが怪我したのは本当だ。
 さっき電話があった」
「代理の人が来るでしょう?」
「それも断った」
「……どうして?」


笑む俺に、の訝しげな顔。
忙しなく動いていた手や視線を止めて。
全神経を俺に集中させる。

まるで、駆け引き。
指先が俺のではないように冷たい。
それでいて、心臓は試合並に高鳴る。

進むか、戻るか。
いや、これはもう戻れねぇ。
戻る必要がねぇ。


「当ててみろよ」
「……私に時間ないの知ってるでしょう?」
「きっとお前の心にもあるから時間は取らさねぇよ」


刹那。
止まった手の上に自分の手を置いて。
の瞳をいっぱいに開かせて。

利用させてもらうぜ。
お前のその断れない性格を。
俺への言葉を紡がせるために。

俺がもう1度口角を上げると。
は我に返ったように少し俯いて。
前髪で動揺の瞳を隠して。
置かれた手が少し震えているような気がする。


「……跡部」
「なんだよ?」
「……手、震えてる」
「……ッ」
「お互い様だけど、ね」


今度は俺が目を見開く番。
そして、今度はが笑む番。

確かに人のことを優先するけれど。
決して甘い性格をしている訳じゃない。

人の世話を焼くのが性分なんだろうが。
決して自分を曲げるようなヤツじゃない。

ああ。
正直俺は怖かったんだな。
誤魔化しの言葉で簸隠しにしていたが。
身体は断れることを拒否していて。

それさえも誤魔化すように。
俺より小さなの手をより強く包み込んで。


「朝、ロータリーにあれだけの車の中で
 よく俺様の車が見つけられるな」
「跡部の車はまた違うでしょう?
 ……まぁ、別の理由も込んでるけど」


諦めたように短い溜息を吐いて。
俺の瞳を見て、優しい笑みを浮かべて。


「じゃあ、好意に甘えちゃおうかな」
「俺様に手伝わせるんだ、光栄に思えよ」
「はいはい、思いますよ。
 お礼は缶コーヒーと……」


には分かっているのか。
キラキラと光る真っ赤な唇から。
くすりと笑い声を漏らして。


「相合傘でどう?」


反対の手で鞄から水色の折り畳み傘を取り出して。
コツンと柄を机に当てて誇示させる。


「上等じゃねぇか」


の手を離して。
変わりに散らばったプリントを手に取る。

それを見て。
はまた優しく微笑んで。
同じ様にプリントを手にする。


「雨、止まなきゃ良いけど」
「止まねぇよ」
「なんで分かるの?」
「アーン?俺様に不可能はねぇんだよ」
「……妙に納得」


フフッと苦笑しながら。
は隣の椅子に移動した。
当然俺達は横並びの隣同士で。
雨が降る中、たまに会話をしながらプリントをまとめた。


「ハイ」


気付かない内にが買ってきた。
缶コーヒーを飲みながら。






+++++++++++
べしゃまと相合傘かぁ。
想像出来ないなぁ(苦笑)
でも相合傘って良いですよね〜。
1度制服同士でとは思いますが、私には縁のないお話です(笑)


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