とても素朴な疑問。




普段は何をしているの?




「ジロちゃんってさ、家で何をしてると思う?」


氷帝学園テニス部マネージャー、は思うわけです。
あの寝ぼすけの芥川ジロちゃんが家で何をしてるのかを。

学校での睡眠時間が朝の8時から部活の4時までぐっすり。
跡部に無理やり起こされて部活は微妙に寝つつも参加。
それからレギュラーメンバーで帰るときは樺地に抱えられて寝てるし。

家に入ってからは実は一切不明。
寝てるの邪魔しちゃ悪いかと思ってメールもしないし。

でも知りたくなるのが人間ってものじゃない?
だからって本人に聞いてしまうのは何だか面白味ないし。


「ガックン、ガックン!」


そんなこんなで1番背が近いガックンから攻めてみることにした。


「ん?何だよ、」
「質問です。ジロちゃんは家に帰ったら何してると思う?」
「……はぁ?」


んまぁ、予想通りのリアクションをありがとう。
私の質問に顔を歪めたガックンはうーん、と考え出す。


「……寝てんじゃねぇの?」
「……そんなつまらない答えは求めてません」


やっぱりその意見にたどりつくのよね。
私は一度溜息を吐いて、スカートを翻して後ろの人物へ。


「侑士はどう思うー?」
「んー……せやなぁ、マンガ読んでんのとちゃうん?」


マンガ、か。
その線はやっぱし寝る次に高い確率よね。


「……うん、それもあるよね!」
「マンガ大好きやからな〜、ジローは」
「そんな侑士にはプレゼント〜!」
「お?なんやなんや?」
「ちゃん特製、手作りクッキー!
 調理実習で作ったんだけど、あげる相手居ないからどーぞv」
「気が利くなぁ〜、じゃあ一個もらおかな♪」


鞄の中から取り出した綺麗にラッピングされた中身はクッキー。
自分で言うのもなんだけど、料理には自信アリ。
縛っていたリボンをゆっくり解いて、侑士は星型のクッキーを手に取った。


「あぁ!?ずりーぞ、ゆーし!!」
「お前がまともな答え言わへんのが悪いんやろ?」
「そーよ、もっと面白い答え言ってよね」


クッキーの口の中で放り込んで「うまいー」と侑士は微笑む。
それを見てガックンはジャンプしてむきーっ、と怒ってる。
ダブルスパートナーなのにこの差は何なのか。
私はよく考えるけど、結局は答えなんて出ないのよね。


「ちーっす!あ、それ美味そうっすね」
「長太郎!質問に答えられたらあげるよん♪」
「ホントですか!?あ、宍戸さんもどうっすか?」


今日も仲良く宍戸と部活登校の長太郎。
手のひらにのっけてたクッキーを見てたたっと走ってきた。
その後ろはもちろん宍戸の姿もアリ。


「あ?何してんだよ」
「皆が着替えてる間に質問タイムしてんのよ♪」
「はぁ?」
「ささっ!長太郎と宍戸もさっさと着替えなさい」


2人の後ろに回って、背中をぐいぐいと押してロッカーに向かわせる。
大人しく従った2人はそのままロッカーを開けてユニフォームに着替え始めた。


「っつーかさ、何で出てかねーの?」
「ホンマや、男の着替え覗くなんて破廉恥極まりないで〜?」
「今更でしょ、恥ずかしがってる自分がアホらしいわ」
「ははっ、慣れって怖いっすね〜」
「……長太郎、そこ笑うとこか?」


着替え終わった忍足・向日ペアと着替え始める宍戸・長太郎ペア。
最初の頃に恥ずかしがってた自分が恥ずかしいくらいよ、今は。
不思議なもので何度も見てると何とも思わなくなるのよね。
慣れって不思議。


「……で?質問って何なんだよ?」
「あ!そうそう……では、2人に質問です」
「何っすか?」

「ジロちゃんは家に帰ったら何してると思う?」

「……難しいっすね」
「でしょ?分かりそうで分からない質問なのよねぇ〜……」
「ちなみに寝るとマンガはあかんで?岳人と俺がゆうたからな」
「忍足、無難なとこに逃げやがったな」
「そんなん早いもん勝ちや♪」
「寝るは何でダメなんすか?」
「的にはおもしろない答えなんやそうやで」


すすっと私の隣に来て「もう1個」とクッキーを取り口に放り込む。
ガックンはそれを恨めしそうに見つめてる。
あぁ、何か可愛くてあげたくなってきた……。


「それ以外っすか……やっぱ難しい質問っすよね」
「フフ、答えたら私のクッキーが待ってるよん♪」
「……じゃあ、ジロー先輩みたいな犬と遊んでる、とか?」


ちょたがそう答えて、私はすぐさま隣に居た忍足にクッキーと手渡す。
か……か……か……ッ!!


「ちょーたろーってばめちゃめちゃカワイイーッ!!」
「えっ!?あっ、うわっ!!」


そしてそのままユニフォームを着た背中にタックルして
顔を背中に押し付けて、ぐりぐりと頭を振り回す。
一瞬長太郎は前のめりに倒れそうになるけど、
踏み出した右足に力を込め、何とか倒れるのを防いだみたい。
そんなことにお構いナシに可愛い長太郎にもうメロメロ。


「、そろそろ離してやれよ」
「だって長太郎が可愛いこと言うんだもんー」
「確かに的にはクリーンヒットな答えやわな」
「そうか、犬か……」


ガックン的には納得がいく答えだったらしく、
うんうん、と頷いて勝手に自己完結してる。
そんな姿も中々に可愛いわね……。


「先輩、もらっても良いっすか?」
「あ、食べて食べて!」
「ちょうたろーまでずりぃー!!」
「……で?そーゆー宍戸はどーなのよ?」
「携帯でもいじってんだろ?」
「うーん……それは私も考えたんだけどそれだったら寝てる方が有力じゃない?」
「激ダサだな、俺にはメールがよくくるぜ?」
「え、マジ!?」
「マジに決まってんだろ」


後ろから「おいしー」って長太郎の声が聞こえるにも関わらず、
私は宍戸の言葉に夢中。

だってあのジロちゃんがよ?
夜にメールしてる姿なんてちょっと思い浮かばない。


「どーゆーメールのやりとりしてんのよ?」
「んなこと聞いてどうすんだよ?」
「……そう言われるとどうするか考えてないけど」


ただ、ジロちゃんのこと知りたくて。
いつも寝てばっかで話す話題ないんだもん。

本当は私も夜にメールがしたくて。
でも何を話して良いかわかんなくて。
だからって本人に聞くのはおかしいでしょ?

趣味とか知っておきたくて。
でも本人に聞くのは勇気とタイミングが必要で。

実は私はただの臆病者。
聞くことが出来ないただの卑怯者なんだ。


「……ジローも男だしな、好きなヤツの話でもしてるぜ」
「ウソ……宍戸が相談乗るの……?」
「仕方ねぇだろ、跡部に言ってもまともな返答が返ってこないんだとよ」
「まぁ、跡部のアドバイスは当てにならんわな」
「……先輩?どうしたんすか?」
「いや、宍戸が恋の相談乗ってる姿ってさ……
堂々とエロ話をベラベラ喋ってるくらい想像出来なくて……」


私の言葉に時が止まった。
いや、私の脳内思考も停止中なんだけど。


「……おまっ!!お前女のクセに、んなこと言うなっ!!」
「いや、でもの言葉は結構分かりやすい例えやで?」
「確かに、宍戸がんな話してる姿って想像出来ねぇもんなぁ〜!」
「そうっすね……」
「お前らまで……激ダサ野郎どもめっ!!」


その言葉が不服だったのかユニフォームを大きな音をたてて乱暴に着て、
ロッカーから取り出したラケットを持ってそのまま出口に向かう。


「あ、宍戸!待ってよ!!」
「ったく、何なんだよ?」
「ジロちゃんの好きな人ってどんな人なのっ?」
「……お前がそれ聞くか?」


どういう意味?という言葉を込めて見つめると、
ふと顔を背けて宍戸は部室を出て行ってしまった。

何故だかそれ以上を追えなくて。
意味は分からないけど、何となく追えなくて。

後ろを振り返るとじっと見つめてたらしい3人が
いそいそとラケットをロッカーから取り出して
私に言葉もかけずに宍戸が開けたまんまにしてたドアから
出て行ってしまった。

……皆は何か知ってるのね。
でも何だか聞いてはいけないような気がして。

ゆっくりとドアを閉めて、今日のドリンクとタオルの準備を始めた。
私は正レギュラーのマネージャーだから7人分の用意して。
スコア表の準備をしていたら、ガチャリと音を立てて人が入ってきた。
てっきり跡部だと思って振り向くと、そこには珍しい彼の姿。


「……アレ、だけ?部室いんの」


眠そうな瞳を擦りながらリュックを背負った彼の姿を確認した。
私の顔は確かに綻んだはずだ。


「もうとっくに部活始まってるんだから当たり前でしょ?」
「跡部が職員室入っていく姿見えたからまだだと思ったんだけどなぁ〜」
「監督に用事があったんじゃない?そういえば樺地くんも見かけてないけど……」
「樺地も一緒だったよ〜、ふわぁ、ねみ……」


頭をガシガシ掻きながら、自分のロッカーを開ける。
ごそごそとリュックを下ろし、制服を脱ぎだす。
ジロちゃんの着替えだけはやっぱ直視出来ない。
スコア表を書く振りをしてシャーペンを走らせる。


私、ちゃんと普通に話せたかな?


そんなことに思考を走らせていると必ずと言っていい程に
定規に沿ってシャーペンを動かしてたはずなのに線が歪む。
今日は重症だったらしく当分気づかなくてそのまま線をひいていた。
慌てて筆箱から消しゴムを取り出して大きく身体を揺らして消していると、


「お?ってばドジしてるC〜♪」


なんて楽しそうに後ろから覗き込んできた。


不意打ちはずるい。
つい肩を大きく動かしてしまった。
それに乗じて私の心臓も大きくはねる。


「……ビックリしたぁー……」
「俺が跡部だったらマジヤバかったね〜」
「え?あ、うん……」


そういう意味じゃないんだけど、なんて心の中で呟いて。
今度はゆっくり丁寧に線を消した。
ジロちゃんはそれを見つめて何も言おうとはしない。

その静寂が苦しくて。
私は自然を言葉を紡いでいた。


「……ジロちゃん、夜に宍戸とメールしてんだって?」
「宍戸に聞いたの?」
「そう、結構意外な話聞いちゃったと思って……」
「そっか……他に何か聞いた?」
「えと……好きな人の話とかしてるって……」


ジロちゃんの視線が痛くて痛くて。
丁寧に書き直そうとしてるのに妙に力んで真っ直ぐ書けない。

さっきより少しばかり声が低くなってるのは気のせい?
いつもより真剣モードなのは確実だけど。


「……し、宍戸が相談乗ってるって聞いて何か笑えちゃった」
「何で?」
「堂々とエロ話をベラベラ喋ってるくらい想像出来なくてさ!
 それ言ったらみんな笑ってたよ、宍戸は怒ってたけど」
「って宍戸と仲良いよね〜、もしかして……好き?」


好き?


問いかけの言葉なのにまるで私に言われたかのように
喜んでしまうのはなぜですか?

とんでもない。
私が好きなのは貴方ですよ?
いつも笑ってる貴方が好きなんですよ?


「まさかっ!ありえない話よ」
「マジ〜?ウソはいかんぜよ?」
「何なの、その喋り方!」


アハハ、と私は笑うのにジロちゃんは笑わない。
何だか微妙な空気に私はどうして良いか分からない。

おもむろにジロちゃんは私の指の間からシャーペンを抜き取って
スコア表にローマ字を書き出した。
……よく見ればメールアドレスのようだ。


最後まで書き終えると耳元でそっと


「俺のメルアド、のこと好きだからいつでもメールして」


そう囁いて、言えたー!、と一人盛り上がりながら部室を出て行った。
ガチャンと音をたてて閉まったドアに目も向けずに、
目の前のメールアドレスを凝視した。


ジロちゃんとは機種違ったのか、と今更ながら冷静に思ったり。


私は少し微笑むとその紙を折りたたんで、新しい紙を取り出した。
そして今度はまっすぐスコア表の線を引いた。

机の上に置いたまんまのスコア表を見つめながら一人微笑んで。
跡部に、気持ちが悪い、と言われるのはもう少し後の話。






+++++++++++
ふと浮かんだネタをドリームにしてみました。
いつもとちょっと違ったジロちゃん、どうでしたでしょうか?
ジロちゃん可愛いですから今回はちょっとカッコよく決めてみる。
そして跡部に気持ち悪いと言われても構わない水上でした。(笑っとけ)

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