俺らが初めて会った時のこと覚えとう?

桜舞う4月。
始業式の次の日の学力テストで。
運悪く筆箱を忘れたにシャーペンを消しゴムを貸したのが縁で。


俺らはそれ以来仲良うなったんよな。


でも俺はその時、恋をしてもたんや。




人魚の涙は至高の宝石?




「忍足、シャーペンの芯ちょーだい」
「俺は何でも屋さんやないんやで?」


トントンと俺の背中を人差し指で叩いて。
振り返れば笑顔が俺を迎えて。

口ではこんなこと言うても。
やっぱり上げてまうのは好きゆえで。
もくれるって分かっとうからタチが悪い。


「だってね、忍足の芯中々折れないんだもん」
「そりゃ筆圧の問題ちゃうんか?……ホレ、芯」
「サンキュ、恩に切ります」
「いい加減シャーペンと消しゴム以外持ってきぃや」
「だって面倒なんだも〜ん」


今は運良く自習中。
自習課題として用意されたプリントを俺らはせっせと片付ける。

俺の顔を見ずに言葉を発す彼女の髪が机に落ちた。
サラリという擬音でも聞こえそうな程の緩やかさで。


その髪に触れたいと思うんはおかしいことやろか?


だって綺麗なんやもん。
綺麗なもんに触れたいと思うんは当たり前やろ?


「……何?忍足?」
「え、あ……何でもないわ」
「何よ〜、人のことじっとみて……やだっ、私ってば惚れられてる!?」
「自分の顔、鏡で見てから言いや」
「うわっ、ひどぉ〜……並程度だとは思ってるのに」


並?
よう言うわ。
それ以上やっちゅうねん。


俺からすればは至高の宝石に近い存在や。


人魚の涙は真珠だと誰かが言うたんなら。
の涙はそれ以上のもんやと俺は思う。

……なんてクサイ台詞。
に言うたら笑われるだけやろな。




中間テストが近づくにつれ。
秋色が校舎の外を染めていく。
俺らは廊下側やからあんま関係ないけど。
授業中に紅葉を楽しめるなんて贅沢やなぁ。


「秋の風って気持ち良いよねー」


ぼーっとそんなこと考えてとったら。
後ろで髪をかきあげると視線が交わった。

かきあげてもサラサラといくらか落ちる様が。
ひどう綺麗過ぎて。
そんな姿にも惚れ直す俺っておかしいんかな。


「……そうやな、夏と冬の間やから丁度良い気温やしな」
「何より食べ物も美味しいしね!」
「食べもんかいな。ま、否定はせぇへんけど」
「……忍足は秋が似合うよね」


教室中が自習でざわついてんのに。
の声はそれさえも俺の耳に届かせへん効果を持つ。

ざっくり空間を切り裂いて。
まるで白い世界に俺とが二人きり。
俺はを見つめて。
はドコか違う方向を見つめて。


「……誕生日、やからちゃうか?」
「あ、うん。それもあるけど……雰囲気が秋ってカンジ」


どういう意味なん?
喉まで出掛かった言葉を寸前を押し止めて。
俺の顔を見ずに外の紅葉を見ながら言う彼女にときめきを覚える。

何でこんなに俺をかき乱すのが得意なん?
いつもの調子やったら絶対に言えんのに。
の前やと何で言葉を選んでまうんやろ?

好きやから?
そんなん自分でも分かってんのに。
改めて思ってまうのは鼓動が早いからか?


「あ、嫌だった?」
「いや、そんなことないで?……ありがとう」
「……お礼言われると照れるな」
「シャー芯のお礼やと思って受け取っとくわ」

俺が笑顔すると。
も嬉しそうに笑顔を返してくれる。

確かにこんな関係もええけど。
を全部俺のもんにしたいと思うんは普通で。
の全てを俺のもんにしたいと思うんは普通で。

伸ばせば掴む距離なのに。
伸ばしても掴んでくれない恐怖に耐えかねて。
焦燥しても何も始まらないのに。
自分に対する苛立ちだけが募る毎日。


「あ、髪の毛付いてる……」


おもむろにの手が動いて。
制服についた髪の毛を取って、廊下へと捨てた。
が触れた部分がひどく熱うなって。
鼓動は上がりっぱなしや。


「忍足の髪も秋風が似合うよね」


俺の目をじっと見て。
軽く微笑んだは鮮明的で。
俺の心にその笑みを刻みこむから。


「サラサラしてるもん、綺麗だよね」


綺麗なんはの方や。


普通なら言えてまう言葉がどうして言えへんのやろ?
気持ちが伝わるのを恐れてるんやろか。
伝わっても届かなかったら意味のない想い。
その悲しみに耐えられそうもない自分が怖いんか。

情けないな、俺。
言葉の一つも言えへんなんて。

でも他の今まで付き合った子にも言えたことが。
の前だけ言えへんねんから仕方ないやん。
ましてや付きおうてもないただの友達やし。

それでも。
好きで、好きで仕方ないんや。


「……そんなこと、ないで」
「謙遜は私には通用しないよ?」


俯いてに顔を見せんようにしても。
「えいえいっ」とシャーペンの押す部分で俺の頬をつく。

俺の気持ち、伝えてもええんか?
そんなんされたら抑えれるもんも抑えられへんで?

でもこんなこと他のヤツにされるんも正直やっぱ嫌で。
やっぱ嫌われても伝えな始まらんのは分かってるんや。

そっとの手を掴んで。
視線を交わらせれば、少し目を見開いていて。
でも手を引っ込めようとせんのは少しは期待してもええってことか?


「おし、たり……」
「ゴメンな、一方的で……」
「え……?」
「好きなんや、が」


さっきよりも大きく瞳が見開いて。
そして、大きく揺れる。
こっちをじっと見つめてくるから。
の瞳に俺の顔が薄く映る。

教室中は俺らのことなんか知らん振りで。
好き勝手に騒いでんのに。
俺らの空間はとても静かなもんで。
外界から故意的に遮断された世界で。

俺らはお互いしか見えんくて。
きっと俺の目にもの姿が映ってるはずや。


「……よ」


微かに動いた唇から。
微かに漏れる声。


「何、て?」
「私も、好きよ……」


触れ合っている手が少し震えとんのは緊張のせいか?
いや、もしかしたら俺が震えとんのかもしれへん。

返事を貰えても緊張はとけんくて。
が声なく微笑むから。
俺もようやく笑顔になれるぐらいで。

外界から遮断された世界で。
俺らはお互いの気持ちを確かめ合って。
お互いの微笑みを胸に抱いて。


次の授業を一緒にサボったんはナイショの話や。





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忍足サン視点で頑張りました。
忘れない初めの頃からの恋心。
本当に忘れてるものはないですか?


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