9月29日。


……知らない、なんてオチはねぇよな?
一応……、彼氏の俺の誕生日なんだし。

べっつに期待して……
いや、してる。確実に。
だって好きな女からのプレゼントって。



気になるに決まってるだろ?



好きで好きで仕方がない




「宍戸さん!おめでとうございます!」


部室に入っていきなり。
ドア付近に座っていた長太郎が、
にこにこした顔で俺を出迎えた。


祝いの言葉とともに。


「ああ、ありがとな、長太郎」
「いえいえ、どういたしまして」
「なんや、宍戸今日誕生日なん?」


背後から今来た忍足がへらっと笑って
俺の肩を叩きながらそう言った。


「そうだぜ」
「はぁ〜、だから先に来てたんか、鳳?」
「だって1番に言いたいじゃないですか!
 俺、宍戸さんのパートナーだし」


長太郎のこういう所は好きだ。
誰よりも早く朝の練習に来て、
これを言うために俺を待ってたってクチだろうしな。

でも。
これは俺の我侭って言っても過言じゃない。



1番最初は。
アイツに言われたかったって。


「でもなぁ、鳳」
「なんですか?」
「宍戸は彼女に1番に言われた方が嬉しいんちゃうか?」
「なっ……!?」
「あ、そうっすね!すみません、宍戸さん……」


しょんぼりを頭を垂れて。
まるで耳が垂れ下がっているみたいだ。
そういえばアイツが言ってたな。
長太郎は"犬"みたいだって。


「え、ああ、気にすんなよ……」
「あかんでぇ、宍戸。ほんまはそうやったんちゃうんか〜?」
「何がだよ」
「多分これ聞いたらちゃんこうゆうで?」
「……何てだよ」
「"亮に1番に言いたかったわ!うえ〜ん!!"ってな」
「なっ!激ダセェんだよ、忍足!!」
「ひどいわ〜、頑張ってちゃんに似せたのに……」
「あははっ、似てないっすよ忍足先輩」
「なんやと〜ッ!?」


2人が笑ってるのを横目に。
俺は黙ってロッカーを開けてウェアをバックから取り出す。
それを見て思い出すのはの姿。




"亮はテニスをしてる時が1番楽しそうだよね"


そう言って笑って。
俺は照れ隠しで飲んでた缶コーヒーを
ぐいっと飲み干したとき。


"私の隣でもそうだと良いのにな……"


なんて。
そう紡いで"冗談、冗談よ"なんて笑ってたっけな。


その顔が愛しくて仕方なくて。
でも行動に表せないままお前と別れた。
何度も気になって振り返ったけれど。
お前は前を向いて。
少し寂しそうな背中を俺に向けて帰ってったよな。

ウェアを少し力を入れて握り。
自分の不甲斐なさに少しばかり腹を立てる。

思い出すのはのことばかりなのに。
行動に表せない俺が1番ダセェに決まってる。


好きでしょうがねぇんだよ。
自分でも制御がきかないくらいが好きで。
どうすればこの気持ちが届くか考えるけど。
考えても考えても辿り着く答えは。



が好きで仕方がないということ。



「……宍戸さん、大丈夫っすか?」
「え、あ、ああ……」
「なんや〜?ちゃんのこと考えとったんちゃうんか?」
「んなこと考えてねぇよ!!」


いつの間にか2人も自分のロッカーを開け。
俺のことを見ては笑ってる。
ったく、腹立つぜ。


「でも、大事にせなあかんで?」
「あぁ?」
「ちゃんみたいな子、中々おらんやろしな……」


意味あり気に目を細めて微笑したかと思うと。
またいつもの緩んだ笑いかたに変わった。
すっかりウェアに着替えて、ラケットを右手で握り。


「大事にしたりや」


忠告のようにそう俺に言って。
何か知ってるような口ぶりに心が震えた。


好きな女に。
好きだという態度を表せない自分。
それでも伝わってると。
想ってたのは俺だけなんだろうか?

好きなんだよ、。
お前を考えない日、時間なんてありえない。
ふと浮かんでは俺の中で笑ってる。


心臓が大きく動いた。
まるで全身に響いたかのように俺の中に響いて。
何かを選んだつもりではなかってけれど。
俺は部室を急いで出た。

後ろで長太郎が俺を呼ぶ声が聞こえた気がしたけど。
今はそれどころじゃなかった。

ただ無性に逢いたくて仕方なくて。
お前の笑った顔を目の前で見たくて仕方なくて。

誰かに笑われたって仕方ないくらいお前が好きで。
どうしようもないんだよ。
ダセェと思われたって良い。



ただ、お前が好きなんだ。




何度か送ったことがある家の前で。
俺は肩で息をしながらチャイムを鳴らした。
ピンポーンという音が家の中から聞こえて。
次に聞こえたのは。


「はーい?」


お前の声。


「……よぉ」
「亮!?汗だくじゃない!!」


朝っぱらから来た俺に目をいっぱいに見開いて。
駆け寄ってどうしたのという瞳で見つめる。
「来て」と俺の手を引いて、中に招き入れた。


「何か、あった?」


玄関に俺を座らせ。
部屋から取ってきたタオルを俺に手渡す。
ああ、そうだよ。
何も言わずにこうやって心配してくれんのもお前だけだよな。

俺の微妙な変化にも気付いて……って、
今日のは確かに変だけどな。
いつもは本当にくだらねぇ変化でも気付くんだよな。
悪く言えばウゼェくらいに。
1度もウゼェなんて思ったことねぇけどな。

募るのは好きだという想いばかりで。
伝えないのに足りないのはお前への勇気で。
変なプライドが邪魔してお前には素直になれない。


「……んでもねぇよ」
「そっか、じゃあもう聞かない」


楽しそうに笑って。
ああ、またほら。
少し瞳を伏せるだろ?


ゴメン、な。
本当は言ってしまいたい。
けど、こんなかっこわりぃ俺を受け入れてくれるか不安で。
俺ってのは何でこんなんなんだろうな。

なら。
んなもん飛び越えてくれるはずなのに。
それでも信じきれない何かがそこにはあって。


俺が未来を少しでも見ることが出来れば。
そんな不安、抱かなくて済むはずなのに。

そうやって瞳を伏せられると。
柄にもなく切なくて仕方なくて。
ズキリと心に亀裂が走る。


今まで考えたことないことばかりで。
お前の傍にいると正しいことの判断がつかなくなる。
これで良いのか、あれで良いのか。
結局はシュミレーションで終わっては後悔して。

そんな繰り返しで。
お前には傷つかせてばかりなんだよな。

お前は優しいヤツだって知ってるから。
だから俺が嫌がるのをしっていて深く追求しないし。
でもそれは。
俺の我侭でお前が傷ついてるんだよな?


「……上がってく?暑いでしょ、お茶出すよ」
「あ、ああ……」
「2階に上がってすぐの部屋だから、入ってて良いよ」


また微笑んでみせて。
俺に寂しい背中を見せて台所に消えていった。
俺は額を拭いながら。
なんとなくまだ動きたくなくてじっとしていた。

その背中さえ。
愛しくて抱きしめたいと思うのに。
その勇気が出なくて手を伸ばせない自分。


何度も手を伸ばしてくれて。
俺をココから連れ出そうとしてくれてるのに。
応えられねぇ俺は、には相応しくないんじゃ……。


そんな考えがふと過ぎって。
否定したくて首をぶんぶんと横に振るけど。
本当はずっとそう思ってた。


「亮?」


トレイにグラスを乗っけて。
俺の背中を見つけたが小走りに駆け寄ってきた。


「部屋、行かないの?」
「……ああ、ココで良いぜ」
「そう、じゃあハイ」


トレイを玄関に置いて。
そこからグラスに入ったお茶を俺に渡す。
氷がカラリと鳴って、水滴が手のひらに馴染んでく。
冷たいはずなのに。
俺の手のひらは熱いままで。

何を話すわけでもなく。
お前はただ横に座ってお茶を口にした。
それでふと思い出したのは。
忍足の言葉。


「……忍足」
「え……ッ!?」


ぼそっと呟いただけなのに。
は目に見えての反応を返した。
手に持ってたグラスを大きく揺らして。
ビシャッと音を立てて床をはじいた。


「……忍足、が、どうか、した?」


伺うように俺を見て。
ゆっくりと俺に問う姿は。
ああ、と後悔した。

俺はもう必要ねぇってことかよ。
その反応はそう解してもおかしくねぇぜ?
忍足の忠告めいたあの発言は。
俺が貰うぞという警告だったのかよ。


「何でもねぇ……帰る」


お茶も飲まずに俺は立って。
タオルも無造作に床に置いて。


「え、ちょ、亮っ」
「邪魔したな」


してやられたような気分で。
好きな女に浮気でもされたのはこんな感じなんだろうか、とか。
最低なことを考えてる。
自業自得な結果に。

それでも。
それでも好きで好きで仕方なくて。
別れるなんて出来ねぇんだよ。
別れるなんて。
苦しくて出来ねぇんだよ。
だったら知らん振りしか。
俺には出来ねぇんだよ。


「……やだっ」


俺の背中に。
暖かい温もりが広がって。
腰に絡みついた腕は少しばかり震えてる。

俺の方がゆうに高い身長で。
俺の背中にの顔が埋められてるのが分かる。
鼓動が早くなっていくのを感じて。
それでも離したくなくて。


「亮、帰らないで……」


くぐもった声で。
俺にだけ聞こえるように言葉を紡いで。
震える腕と。
声さえも奪いたくて。


「亮……」


俺にはよく通るその声で。
呼ばれる度に心がざわついて仕方なくて。


「お前はっ……」
「……亮?」
「俺のことが、好き……なんだろ……?」


やっと出た言葉がそれで。
試すようなその言葉に。
自分に余計に嫌気がさした。
気の利いた言葉の一つでも浮かべば良いのに。
ダサくて仕方ねぇよな。


「うん……仕方ないくらい好き、よ」


巻きついた腕に少し力を込めて。
離れるのを嫌がる子供のように俺を縛って。
心だけじゃ済まねぇらしい。
もっとも、お前は知らねぇんだけどな。

顔だけ振り向かせれば。
目尻に涙を浮かべるお前が居て。
それでも笑ってくるお前に。
胸が締め付けられて痛ぇよ。


「亮、こっち向いて?」


拘束を解いて。
俺の手を握ってくるりと反転させて。
涙を浮かべて微笑む様は愛しくてたまらなく。


「ハッピーバースデー」
「……え?」
「私が1番乗りかな、亮が一つ大きくなるお祝いの言葉言えたの」


今の今まで忘れていた自分の誕生日。
長太郎が1番に言ってくれただとかどうでも良くて。
俺は知っていてくれたことに感動して。

ただ、目の前のを抱きしめた。
どうしてもどうしても。
好きで好きで仕方ねぇんだよ。

愛しいに。
んなこと言ってもらえる資格なんてねぇかもしんねぇのに。
お前がただ笑ってくれるから。
俺はそれに許された気になって。
その笑顔に。
甘えてただけなんだよな。


「……」
「亮……」
「好きだ、……」


耳元で苦しそうに呟けば。
返答のように背中へと手をまわしてくれた。
まるで私もだと言ってくれてるようで。


俺達は。
それ以上何かを話すことなく。
ただ抱き合った。




「……で、何で忍足の名前が出たときうろたえたんだよ?」


を胸の中に抱いたまま。
少し腕の力を緩めてお互いの顔を確認出来るようにした。


「だって、亮が何も言ってくれないから……」
「え……?」
「忍足にそれを相談してたのよ……忍足が余計なこと言ったのかと思って」
「それでビビったのかよ、激ダサだな」
「何よ〜、大抵のことは分かっても本人の口から聞けないのは
 私だって心配で仕方ないんだからね?」
「……」
「でも大丈夫、私今まで以上に亮のこと分かれるように努力する」
「……っ」
「何も言わなくても分かる関係って素敵だもんね、
 私、亮とはそんな関係になりたいもの」
「……」


苦笑するに。
安堵の溜息を吐くと。
「浮気したと思った?」なんて軽々しく聞きやがって。


「激ダサだな、俺がするわけねぇだろっ!?」
「亮はどうしてすぐ弱気になるのかなぁ〜」
「だからしてねぇっつってるだろっ!?」


ああ、そうだよ。
さっきまで弱気で仕方なかったよ。
誰よりも好きなお前だから。
傍に居て欲しいのはだけだから。


「今日から少しずつ変われば良いのよ、
 せっかく今日は誕生日なんだから、ね?」


こうやってお前を手離せないのは。
お前の言葉が俺を救ってくれるような気がしてるから。
いや、実際数え切れないほど救ってもらってる。



ダセェのは俺の方なんだよな。



「どんな亮でも私、愛せる自信あるよ?」


そうやって言うから。
また離せなくなるの分かってんのか?
確信犯じゃねぇだろうな。
それでも嬉しいと思う俺はもう重症だ。


「ハッピーバースデー、亮」
「……あ」
「え、何?」
「そういえばおめでとうって言われたの長太郎のが先だったな……」
「えぇッ!?」
「いや、不可抗力なんだぜ……?」
「亮に1番に言いたかったわ!うえ〜ん!!」


朝、忍足が言った言葉と同じで。
忍足の顔が浮かんだ。
ったく、んな時に出てくんなよな。


「でも」
「……でも?」
「今のところ1番多く言ってんのはお前だぜ?」
「……なら、許す」


もうダメだ。
俺はこの蟻地獄からは出れないような気がする。
もっとも出れなくてもかまわねぇんだけど。
それはの隣にいれるってことだろ?


「じゃあプレゼントはリニューアルちゃんを上げましょう」
「はぁ?なんだよ、それ」
「亮をもっと好きになった私ってことよ」


お前ってすげぇよな。
何でんなことがスラスラ言えんだよ?
どうしようもなく惹かれるのは仕方がねぇことだと思わねぇか?


「なんてね、ウソですよー!ちゃんとプレゼント用意してます」
「お、何だよ?」
「ホントは学校で渡そうと思ってたんだけど……
 どうせなら1時間目サボってどっか行こっか?」
「……そうだな」
「まっ、珍しい……亮、熱でもあるんじゃないの〜?」
「誕生日だかた特別に決まってんだろっ!」
「ありがとう」
「……あ、ああ」


俺の腕の中でもっと微笑んで欲しい。
なぁ、これって贅沢な願いじゃねぇだろ?


らしくねぇって思われても構わない。



だって。 好きで好きで仕方ねぇんだよ。





+++++++++++
すいません、宍戸さんじゃないですか?(心配)
すっげぇベタ甘だし……書いてる自分が恥ずかしい……。
似非宍戸です。宍戸に愛されたくて頑張ったのに。
愛情は時に空回るのね(乾笑)


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