私と彼が出会ったのは確か中学の時の関東大会で。


お互い一目惚れだと知ったのは少し後だった。




出会った頃と同じで...




関東大会。
我らが六角中はシード校として参戦し、
1回戦は大口南という所だった。

部長の剣太郎くん率いる六角中は
もちろん圧勝で1回戦を突破。


「!」


皆にお疲れ様のタオルを配ってる時に。
頭をガシガシ掻きながら話しかけてくれたのはサエ先輩。
いつもマネージャーの私に優しくしてくれて。
サエ先輩が笑うと私も嬉しくてつい笑んでしまう。


友達のまなみは"恋"だと言うけれど。
それは何だか違うカンジ。
確かに嬉しいんだけど。
"恋"とはまた違う感覚な気がする。

何て言うのかな。
何て言うんだろうね。

あ、そうだ。



恋に大事な"ときめき"が感じられないのよ。



「サエ先輩、どうしたんです?」
「今から俺ら氷帝と青学の試合見に行くんだけど、
 も来るよね?」
「そうですね、どっちも強豪校ですし……」
「マネージャーは真似をするのが好き……ププッ」
「っ!だからつまんねぇギャグ言ってんじゃねぇよっ!!」


天根先輩の寒いギャグに、
バネ先輩がかかと落としをくらわして。
いつもの光景に何だか笑みが零れて。

この時の私は何も気付いてなんかなかった。
が"恋"だという気持ちを。
身に持って体験するだなんて。




「ひゃー!終わっちゃったかもー!」


今日の片付け。
明日の準備などをしていたら、
いつの間にか時間が経っていて。

サエ先輩が「待ってようか?」と言ってくれたけど、
マネージャーが部員に迷惑をかけるのもなんだし、
先に行ってもらったけど……氷帝と青学の試合は終わったのかな?


皆がまた汗をかいてるといけないので。
何枚かタオルをバックから引き出して、
試合会場を駆け抜ける。


「えっと……確か第1コー、ト……」


辺りをキョロキョロと見渡しながら走れば。
ある倉庫の隙間から見えた銀髪。
見覚えがあった私はもちろん。
声をかける訳で。


「サエせんぱ……」



貴方は。
泣いていた。



男の人の涙を見るのは初めてで。
私は瞬きも忘れて凝視してしまった。

何故ココに居るのか、とか。
どうして泣いているのか、とか。
そんなことはどうでも良くて。



ただ。
"貴方"という存在に惹かれた。



「……あっ、ゴメン……」


凝視する私に気付いて。
急いで目を拭う貴方に鼓動が早くなる。
腕をどければ、初めて見る満面の笑顔。


「ココに何か用でもありました?」
「え、いや……ごめんなさい」
「え?」
「一人で……一人で泣いてたんですよね。
 邪魔しちゃってごめんなさい……」
「気にしないでください、いい加減俺も泣き止まないと格好悪いですし」


苦笑する彼の瞳が。
赤く充血しているのは涙を流した証。
倉庫の向かいにあるレンガに座って。
長そうな足を無造作に放り出して。
私に無理に笑顔を向けている。


「あなたは、どこかのマネージャーですか?」
「あ、うん、そう……六角中のマネやってます」
「あぁ、六角中ですか……」
「知ってます?」
「もちろんですよ、強豪校ですし」
「貴方、は?」
「俺?……俺は氷帝学園の鳳長太郎です」


鳳、くん。
あ、いや、でも年上かもしれない。
バネ先輩と同じくらいの身長だし。


「名前、聞いても良いですか?」
「え、あ、……、です」
「可愛らしい名前ですね」


貴方の顔が緩めば。
私の顔も何故か綻ぶの。

どうして?
貴方はもしかして。



他人を笑顔にする魔法を持ってたりするの?



さっきまで泣いてたけど。
今は私に極上の笑顔をくれてる。
ねぇ、どうしろっていうの?
そんな笑顔に惚れないなんて女じゃないでしょ?


「何年生ですか?」
「あ、と……2年です」
「あ?ホントですか?俺も2年っすよ」
「……えっ!?」


貴方はゆっくり立ち上がって。
私を完璧に見下ろして。
それでいて、太陽の光が貴方の髪に反射して。
銀の糸がキラキラと輝いていて。


「あははっ、見えませんか?」
「え、あ、その……」
「先輩らより高いんすよ、俺」
「……そうなの?」
「だから気にしないでください」


ああ、またその笑顔。
子犬のように無邪気な笑顔なのに。
長身だなんて反則よ。
私に可愛いだなんて思わせるなんて反則だってば。


「氷帝って部員200人居るのよね?」
「はい、そうですよ」
「……レギュラーさん?」
「はい、D1で……さっき試合終わりました」


何か思い出したのか。
彼は苦笑しながら俯いた。
そして見えたのは唇を噛み締め、
拳をきつく握るシーン。

何かを耐えるように。
彼は何かを我慢するように。
ただ俯いて。
私に見せまいと。


ねぇ、だから。
反則だってば、ねぇ。
そんな初めての姿ばかり見せて。
私が惚れないとでも思ってるの?



今や胸はドキドキ。
私が抱きしめてしまいたい衝動にかられそうで。



「鳳、くん……」
「さん……すいませんっ」


そう言って。
私の視界は暗闇に覆われた。
聴こえるのは鳳くんの嗚咽だけで。
悲しそうな悲痛の叫びだけで。



私は。
何も言わずに彼の背中に腕をまわした。




それから。
メールをするようになって。
電話をするようになって。
月に何度か会うようになって。



私達は当然のように付き合うようになって。



今でもすぐに思い出せるわ。


貴方と楽しんだウィンドウショッピング。
たまにプレゼントだと買ってくれたりして。


貴方とはしゃいだ遊園地。
初めてのキスは観覧車の中で。


貴方と初めて触れ合った海。
夕日の沈む浜辺で2人で語り合ったよね。


どんな長太郎でも好きで。
嫌なところなんて一つもなくて。
ただただ大好きでしかなくて。

手を合わせれば繋ぎ合って。
笑顔すれば笑い声が聞こえて。
言葉を交わせば唇を交わして。

けれど。
手を振った時は振り返してくれなかった。


どうか私を恨んで。
恨んで私のこと思い出してくれるだけでも良いから。

貴方の心に残りたくて仕方ないの。
貴方の中に残れるなら何でもするから。
不似合いだと言われると余計に欲しくて。
勿体無いと言われると余計に離れたくなくて。

周りの中傷なんて飛び越えることなんて簡単よ。
だって私には貴方しか見えてないんだもの。


でも。
でももう無理よ。

貴方がもし。
私と別れようと思ってることを考えれば。


3年越しの想いが。
ジェットコースターのように下降した。
どこかで。
誰かの"終わりだよ"という言葉に一人涙した。


そして。
"さようなら"と貴方に直接告げて。
私は逃げた。




「元気ないよね、最近」


振り向いた顔からは心配がうかがえる。
貴方と同じ髪の色をした髪が動く度にドキリとする。


「そんなことないですよ、元気元気♪」
「……そんなので誤魔化せると思ってんの?」


勘が良いのは中学の時しばらくして知って。
私の微妙な変化もすぐに気づく。

射るような瞳で私を刺して。
その瞳に見つめられると動けなくなる。
同じ銀髪が太陽の光に反射して。
思い出すのは貴方の笑顔。

目の前の彼はレンガ色のユニフォームを着てるのに。
顔も瞳も私を呼ぶ声さえも違うのに。


汗を拭う度に触れる髪が揺れるたびに。
思い出すのは貴方だなんて悲しすぎる。


「サエ先輩が気にすることじゃないですよ」
「……心配するのは悪いことかな?」


正直これ以上会話したくない。
この髪を見ていたくない。
だけど部活の休憩中に裏庭に連れて行かれてしまえば
逃げ場は到底なくて。

問いかけが重すぎて顔を俯けると、額を軽くはじく感触。
彼もよくそんなことしてたと思い出す。


瞳を見ると気持ちが伝わって。
あぁ、彼は私が好きなんだと自覚する。


「……ありがとうございます、サエ先輩」
「……」
「でも……ごめんなさい」
「あッ……」


スカートを翻して。
伸ばされた腕をすり抜けて。



私は、走る。



ただ、走る。



へたりこんだ所は芝生の上で。
今はココがどこかも考えたくなくて。


ただ風に揺れる雑草を見て、私は泣いた。
彼の笑顔、彼の声を思い出しながら。






部室に帰ることだけは出来なくて。
置きかけの鞄のことなんて気にすることもなく。
涙で赤くなった目を濡らしたハンカチで冷やす。

私が居なくなって皆が困るとか。
そんなことは今はどうでも良くて。
何をする気も起きない。


裏庭の水飲み場付近の壁に。
ぐったりと凭れこんで。
私はハンカチで目を冷やす。



目を瞑れば。
よみがえる鮮やかな日々。



どこで何を間違ったのか。
今は考える余裕もなく、思い出す。


「」


幻聴が聴こえるわ。
愛しい貴方の声が聞こえる。


「……」


私はここよ?
どうしてそんな切なそうな声で呼ぶの?
私は、ちゃんと貴方の傍に。



居たはずなのに。



「ゴメン、ね……」


そう呟けば。
手に触れた温かい感触に。
目に乗せたままだったハンカチを振り払えば。


「ちょうた、ろう……」



貴方の姿。



「」
「……っ」
「何であんなこと言うんだよ」
「だって……」



"貴女は鳳くんのテニスの邪魔になってるのよ"



貴方の学校のマネージャーに言われれば。
いくら私でも堪えるに決まってるじゃない。
長太郎が好きだから。
テニスしてる姿も好きだから。
長太郎のテニスの可能性も痛いほど分かるから!

いつか私が捨てられてしまうくらいなら。
私が長太郎を捨てて。
貴方の心に残れることを望んだの。


「憎んでくれてっ、良いから……っ」


さっきあれ程流したのに。
まだ零れるのは涙と。
貴方を好きな気持ち。

邪魔になると知っていても。
やっぱり離れられないのは分かってるのに。


どうしても。
どうしてもどうしても。
自分が納得いく理由が欲しかったの。


「っ」


初めて会った時と同じ強さで。
私を暗闇に連れ込んで。
安心するのは一人じゃないから。
長太郎に包まれてるから。


「ゴメン……っ、守ってあげられなくて……」


ああ。
長太郎はもう知ってるのね?
だから私の所まで来てくれたのね?



ねぇ、良い?



「私、貴方をまだ好きでいて良い……?」


くぐもった声は。
ちゃんと長太郎に届いて。


貴方は少し私を離して。
そして顔のラインに指を添えて。
そのまま口付ける。

いつもとは違うキスに。
私は付いていくのがやっとで。
唇が離れたと思っても。
吸うのは酸素じゃなくて貴方の唇。



まるで吐息さえも奪われるような感覚。



「俺は、が居ないとテニスも出来ないから……!」


私をまたぎゅっと抱きしめて。
辛そうにその言葉を吐く。


私は。
彼に十分過ぎるほど愛されていて。
大好きなテニスよりも大切にされていて。

本当はいけないことだけど。
今だけは。



今だけはこの感動で狂わせて。



「が好きで好きで仕方ないから……」
「……私もよ」


返すように私も背中に腕をまわして。
お互いの熱に酔いしれた。



出会って3年目の夏の出来事。





+++++++++++
きっと長太郎を学校に入れて、
貴方と下へと導いてくれたのは虎次郎くんだと思います。
好きで好きで仕方ない時の対処法を、
誰か本にでもしてくれれば辛くないかもしれないのに。


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