自意識過剰か。
はたまた。
自分が気にしているからか。
私にはどちらか分かりません。
答えを握っているのは、貴女ですから。
=? 前編
「あ、赤点……」
私のすぐ横でそう聞こえた。
ゆっくりと隣に目を向けると、
血の気が引いた蒼白な顔をして、
少し震えながら答案を持つ貴女の姿。
言葉通りの点数だったらしく。
震えた指先まで冷たそうに感じる。
声を掛けようと思うが、何を言えば良いか分からない。
つい、無意識で。
私は考えている時に眼鏡を指で押し上げるクセがあるらしく。
そうやって同じことをすると。
貴女に指摘されたことを思い出す。
「……うわっ!すっげーな、それ。29点?」
「ブ、ブン太!」
我に返ったのは。
同じテニス部の丸井と、貴女の声。
貴女が声を上げた時には既にぐしゃりと丸められた答案用紙。
貴女の肩に顔を乗せて。
噛んでいるガムを膨らませながら、
ニヤリと不敵に笑む。
教室ではガムを噛むなとあれほど言っているのに。
それに。
それ以前に。
貴女の肩に顔を乗せるなんて。
「それ、真田が知ったら怒るだろーな」
「お願い!弦一郎には言わないで!!」
「、たるんどる!って一喝だな〜」
「いやぁー!こわいー!」
丸めた答案用紙を机に放り投げて、
形振り構わず手を合わせ、頭を下げる。
貴女がそんなことをする必要はないのに。
……確かに、29点の答案用紙は初めて見ましたが。
真田と貴女は幼馴染で。
引退する前はたまに休日にケーキの差し入れなどを持ってきて。
レギュラーメンバーとは何かと仲が良い。
丸井とは美味しいケーキの作り方談義をする仲になっていて。
メンバー内では1番楽しく話してるかもしれませんね。
きっと。
女性とはそういうもので。
そういう趣味が合う人を好きになる。
理論的にも、道理的にも説明が付くことで。
私とは。
隣の席だからか。
目が合うことが多いけれど。
"視線がよく合うのはお互い相手を見ている証拠"
と。
何かの本で読んだことがありますが。
それは不確かで、絶対ではないただの自分勝手な空想。
そうだと良いなというただの身勝手な期待。
目が合っても。
同じ趣味なんてありませんから。
会話は途切れるばかり。
でも、私はそれが心地よくて。
沈黙が心地良いんです。
それは自分勝手な意見。
きっと貴女はそう思っていない真実。
そう思う度に。
胸がきつく絞まる感覚を。
きっと貴女は感じたことはないんでしょうね。
「留年したらどーすんだよ?」
「卒業間近にこんな点数取るなんて……」
「まっ、追試は決定だろうなー」
「……追試って確か70点以上取らなきゃいけないんだよね?」
「その点数じゃ無理じゃね?」
「ブン太は!?ブン太はどーなの!?」
「俺?俺はテニス並の天才で切り抜けたぜ、立海大行きだし?」
「……行けなかったらどうしよう〜」
別の感情で支配された貴女の心。
まぁ、痛みには変わりませんが。
「席につけ〜」
という教師の声で。
丸井は自分の席へと戻り。
貴女は深い溜息を吐いて、頭を抱え込む。
教師の話もまったく聞いてない様子で、
何度も溜息を吐いて、授業を終えていた。
「……アレ、今日柳生、後輩指導日じゃねぇっけ?」
鞄の中から新刊のミステリー小説を取り出して
読み始めた私に、丸井が鞄を肩に掛けながら問いかけた。
「今日は図書委員の日ですので、少し遅れます」
「ああ、そだっけ?じゃあ俺先に行ってるわ〜」
「ええ、真田にそう言っててください」
「あいよっ、じゃな〜」
今度は色違いのガムを膨らませて、
手の平をひらひらと振りながら教室を去っていく。
放課後の廊下は1日で1番賑わい。
正直本を読むのに適してないのですが、
新刊の本が読みたかったですし。
図書委員の仕事が4時からありますし。
ですが。
それは口実で建前なのも自分でも分かっています。
ただ、心配なのは。
HRの最後に職員室に呼ばれた貴女のこと。
きっとこの卒業間近の最終テストでの29点が響いているんでしょう。
来年は私も立海大ですし。
せっかく貴女と同じ科で進学出来ると思っていたのに。
留年なんてされたら、正直困りますよ。
4時になるまでに帰って来たら。
言いたいことがあるんです。
「……柳生くん、居たんだ?」
顔を上げれば。
教室と廊下はシンとしていて。
時計を見れば既に4時は過ぎていて。
「さん……」
「何度も呼び出しされてたから、帰ったのかと思った」
職員室に居たから聞こえてたの、と。
少し恥ずかしそうに歩を進める。
何故職員室に呼ばれたのか私が知ってるからでしょうか。
「そうだよね、柳生くんはそんなことする人じゃないよね」
フフッと笑みを零しながら。
少し駆け足で私に近寄ってきて。
机に置かれた本を不思議そうに手に取る。
「本、読んでたの?」
「ええ、それで時間に気付かなくて……」
「放送聞こえないくらい集中してたんだ?」
「……そのようですね」
1度本を読み出したら読み終わるまで本の世界に入ってしまって。
まるで自分がその場に居るような感覚に陥ってしまって。
周りの音や、風景などは本そのもので。
銃声の音が書かれていれば、銃声の音が聞こえる。
私の五感全ては本に支配されてしまうのです。
「……大丈夫ですか?」
「え、何が?」
中身をパラパラ捲りながら、あっけらかんと笑って。
まるで今まで教師に小言を言われていたとは思えない様子。
「追試ですよ」
「っ……忘れてた」
捲る手を止めて。
俯き加減でそう答えた。
何て、気が利かないんでしょう。
貴女がショックを受けることは容易に想像出来るのに。
予想通りに貴女は私の目の前で項垂れているのに。
言葉を掛けたのは私なのに。
貴女を励ます言葉を持っていないのも、私。
「……追試合格しないと、留年だってさ」
俯いたまま。
唇からポツポツと言葉が落ちる。
こんな時に私が貴女を助けられるのは。
一つしかありません。
「私に何か出来ることはありますか?」
パッと顔を上げたとき。
貴女の目尻には雫の跡が。
貴女は無意識だったのか。
ピンク色した唇をめいっぱいに上げ。
「勉強教えて!」
そういう答えを予想して。
問いかけた言葉は意味を為した。
「……勉強ならいつでも構いませんよ」
「学年トップの柳生くんに教えて貰えるなら百人力よね!
……あ、でも時間とか都合つく?後輩の指導日とかあるんだよね?」
心配そうに私の瞳を覗き込んで。
でも嬉しそうな微笑の面影は残していて。
その顔を見ていると。
何とかしてあげたいと思うのは。
これは"恋"というヤツなんでしょうか。
「毎週火曜なんですが、図書委員で部活に実はあまり参加出来ませんから、
図書室で良ければ教えますよ」
「本当に?大丈夫?」
「ええ、コレが読み終われば当分新刊は出ないので」
貴女の手からミステリー小説を取って。
翳すように言うと。
心配そうな瞳は消え、嬉しそうに目尻が下がる。
「じゃあ、追試までお願い出来る?」
「数学、ですか?」
「うん、出来れば1年から……」
「良いですよ」
「ありがとう!あ、今日約束があるんだった!
柳生くんも急いで図書室行ったほうが良いよ」
満面笑顔のまま。
貴女は横に掛けていた鞄を手にとって。
もう1度、ありがとう、と私に言って。
廊下をバタバタと駆けていった。
私が貴女に出来ることは。
これくらいしかないですが。
それで貴女が笑顔になるのなら。
私はこれくらいどうってことないんです。
私がこんな人間だったとは。
自分に嘲笑を吹きかけて。
人差し指で眼鏡を上げながら、机の上の鞄を手にとって。
もう居ない貴方が走った廊下を歩いた。
理論上なんの根拠もないことを。
私は信じたくて仕方がなかった。
+++++++++++
実はコレ、かれこれ1月末の作品なんですよね(笑)
前後編は良いんですが、中々後編が書けなくてですね(^^;
先に『シャム〜』の方が出来てしまったんです。
なので、すぐ更新出来ると思われます。スイマセン、お待たせして(^^;
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