ねぇ、知ってる?
いつもいつも。
私は本を見てるフリをしてるから。
やっぱり知らないかしら?
知って欲しいけれど。
話しかける勇気なんてないわ。
だって。
私達が一緒に居れる時間は。
たったの10分だもの。
秋風の中に春風
文武両道の氷帝学園。
私はそこに特待生として入って。
部活には入っていないけど。
自分の言うのはなんだけども、
勉強はトップクラスだし、運動もそこそこ出来る。
この前は学園を牛耳る跡部くんと、
首位争奪をかけて戦った中だしね。
なんだかんだで仲良いんだけど。
もちろん。
見かけは優等生。
少し茶毛がかった髪色で、
賢そうな眼鏡なんかして。
跡部くんには
「眼鏡ねぇ方が良いんじゃねぇか?」
って、
言われたけど。
私は眼鏡をしていないとダメなの。
だって、気付いてもらえないかもしれないじゃない。
たった数分の出来事だったのよ?
もしかしたらあの人は覚えてないかもしれないわ。
砂時計に例えれば。
サラサラと積もっていく私の想いに反比例して。
貴方の中からサラサラと記憶が零れ落ちてしまっているんじゃないだろうか。
不安になっても無駄なだけなのに。
貴方を想えば想うほど、不安になって。
好きな気持ちが深まるほど。
急加速で不安な気持ちが追いついてくる。
それでも諦められないのは。
初めからの性格か。
それとも貴方が大好きすぎるから?
今までの恋愛の中で。
こんなに胸がドキドキしてたことはあるのかしら。
まるで初めての恋のように。
鼓動が早くなって。
切なくて胸に激痛が走るの。
貴方が乗ってくる駅が近づけば。
緊張で何かに縛られてるような感覚に陥って。
誤魔化すように鞄の中から本を取り出して。
顔を見られないように膝に本を乗せて読み出す。
あ、着いた。
今日も同じ車両に乗れるのね。
少しだけ顔を上げて。
貴方の姿を確認して、すぐに視線を戻す。
あれ以来話を交わしたこともないけれど。
次の日に一緒に乗ってた友達から"バネ"と呼ばれてるのを聞いたわ。
きっとあだ名なんだろうけど。
それが知れただけで帰り道はワクワクしたっけな。
今年から生徒会に所属した私は、
当たり前のように帰宅時間が遅くなって。
いつも乗ってた帰りの電車なんて間に合うことなくて。
あまり人が居ないどこにでも座れる電車に乗るようになって。
氷帝学園の最寄の駅からいくつか過ぎた駅で。
乗ってきた彼。
最初は大きな人だと思った。
跡部くんがいつも持ってる大きなバッグを背負ってたので、
すぐにテニスをやってる人だと分かった。
私はテニスのことは分からないけれど。
いつも楽しそうに跡部くんが話してるから。
ついじーっと見つめてしまって。
「……何か俺の顔についてるか?」
羨ましいくらいの黒髪を少し揺らして。
私を訝しげに見つめる瞳に。
動揺して、声が上ずった。
「えっ、あっ、そ、その……」
「ついてんの?」
「いや、違います……テニス、してるんだなって」
「お前、テニスやってんの?」
テニスを話題に出せば。
今までの表情が一転して。
楽しそうに問いかけてきた姿に。
急に胸がドキリとなったのは気のせいじゃなく。
「え、いや、友達がやってて……」
「……見たところ、氷帝のヤツ?」
「そうです、貴方は……?」
「俺?俺は六角だぜ」
「六角……テニス、強いんですか?」
「ああ、俺はレギュラーだぜ」
「じゃあ知ってるかも、跡部くんのこと」
「アイツと友達なの?お前すんげぇヤツと友達してんな」
「そんなこともないと思うんですけど……」
「アイツのことそれだけ言えりゃ大したもんだな」
気がつけばこの車両には私達2人きりで。
車両と私の中で貴方の笑い声が響いた。
何が面白いのか分からないけれど。
貴方の笑みはきっと他人も笑わせる力があるんだわ。
じゃないと。
面白くもないのに笑えないもの。
"次は○×駅〜、○×駅〜"
無機質な車掌の声が響いて。
次が私が降りる駅だと思い出す。
せっかくこうやって話せてるのに。
別れるのは何だか名残惜しい気分で。
「……あの」
「ん?」
「……何でもないです」
「そっか?」
「はい」
私の意気地なし。
いつも跡部くんになら偉そうに物が言えるのに。
どうしてこの人の前だと言えないの?
名前を聞きたい、だけなのに。
沈黙も長く続かなく。
呆気なく駅に着いて降りる準備をして。
貴方は携帯を触っているから。
きっと私は寂しく降りるのだろうと思ってた。
ドアが開いて秋風に吹かれ。
一歩前に踏み出したとき。
「気をつけて帰れよ」
振り向けば。
貴方はまた笑っていて。
"笑えよ"と言われてるような気がして。
微笑めば。
親指を立てて、より深く笑った。
そしてそのまま、電車は走り去った。
忘れられなくて。
帰ってもずっと貴方のこと考えてたのよ?
大きな身長から思いもよらない人懐っこい笑顔。
私、貴方の笑顔に魅せられてるわ。
次の日は友達と一緒で。
何だかそれ以来は話す話題もないし。
少し遠くに座ってそれぞれの時間を過ごして。
本当は話したいけれど。
何を話して良いのか分からなくて。
私がもう少しテニスを知ってれば。
少しくらいはもっと楽しい会話が出来たかもしれないのに。
跡部くんに聞くに聞けないし。
"何でだ?"と聞かれて弱みを握られるに違いないし。
だからって他にテニスをしている友達は居ないし。
自分で勉強するには学校の宿題でそれどころじゃないし。
私は本を読んで。
貴方は携帯を打って。
せっかく車両に2人きりだというのに。
勿体無いけれど、私達はまだ名前も知らない訳で。
気軽に話せる関係でもないから余計に話しかけにくい。
後回しにした結果が。
余計に喋れなくなってるって分かってるのに。
「はぁ……」
パタンと本を閉じて。
髪の毛を見るフリをして。
窓越しに貴方の姿を確認する。
俯いて少し伏せた瞳。
はえばえとした綺麗な黒髪。
男っぽい輪郭に。
もちろん整った顔。
別にそこに惚れた訳じゃないけれど。
よく見れば格好良くて余計に惹かれて。
"次は○×駅〜、○×駅〜"
いつもの声が響いて。
本を鞄の中にしまい込んで、立ち上がる。
数秒で駅に着いてドアが開いて、降りて。
「……待って!」
そう呼ばれて。
少し歩いた先で止まって振り返れば。
電車が去るのと。
電車を降りた貴方の姿で。
「ちょっと、時間あったりする?」
一歩、一歩と。
大きな身体なのに軽やかに私へと近づいて。
あの笑顔で笑うから。
私は断りきれるはずもなく。
「も、もちろん……」
「じゃあこの辺に公園でもあるか?寒いけど、大丈夫?」
「は、はい……」
突然のことに当然ビックリして。
私は妙な浮遊感を覚えて歩き出した。
だって隣に貴方が居るのよ?
緊張するけど、嬉しいのは当たり前でしょ?
駅を出て。
少し歩いた先にある市立公園のベンチに。
貴方と座れる日が来るなんて思わなかったわ。
風が吹いて。
髪が靡いて。
それに触れるのは貴方の指。
テニスで鍛えられたゴツゴツした指で。
「髪、すげぇ綺麗だよな」
「ありがとう、でも昔は茶毛でいじめられたのよ?」
「ガキってそーゆーのあるよな、今考えるとバカらしいけど」
「今となっては有効に使えるから良いんだけど」
「……例えばどんな?」
"貴方に綺麗だって触れてもらえるから"
なんて。
言えるわけないじゃない。
きっとこっちがドキドキしてるのも知らないで。
貴方は平然とベンチに深く座って。
「……で、用件は何なんですか?」
「質問には答えてくんねぇんだ?」
「こちらにも黙秘権があってもおかしくないでしょ?」
「ははっ、おもしれぇ女だなぁ〜」
夕方までは子供たちが遊んでいたのに。
すっかり暗くなって辺りには私達だけ。
車両より広い限りない空間で。
その中で車両以上に近くに居るから余計に緊張して。
声が上ずらないように必死に平常を保って。
いつもと違うのは鼓動の回数だけにして。
私の情けない姿なんて見せたくないわ。
「つっぱってっと疲れねぇ?」
「……え?」
「もっと地出せば?俺、分かってやれるぜ?」
不敵な笑みでそういうから。
私は思わず目を見開いて、後ずさった。
「ひでぇな〜っ」なんて笑ってるけど。
どうして ?
「……っ」
「それよりさ、俺、今日誕生日なんだよな」
「……」
「さんよ」
「……ッ!?」
声にならない叫びをあげて。
一瞬心臓が止まったかと思うほどの驚愕な事実で。
貴方、私の名前知ってたの?
「たまたま氷帝に友達が居てな、お前のこと聞いたぜ?」
「……なんて?」
「すっげぇ頭良くて校内でも屈指の手が出しにくい女、だってよ」
「どういう意味で?」
「高嶺の華ってとこじゃねぇの?」
口角を上げて笑むから。
その笑顔も魅せれるなんて反則よ。
どうしようもないくらい。
鼓動が早くなっていくのを感じるわ。
「学校では色々訳があるのよ……」
「で?唯一心を許せるのは跡部のヤツだけなんだ?」
「跡部もダメよ、あれじゃ傷の舐めあいだもの」
きっとそうしかならない。
お互いの寂しさを知ってるから余計に。
跡部の強さを知らない訳じゃないけれど。
私が惹かれるのはそこじゃない。
「……良かったぜ」
「え?」
「さん」
「……なに?」
「俺、さんが好きなんだよな」
「……はい?」
「初めての時はじーっと見てくる変なヤツだと思ってたけど」
「……」
「本を読んでて俯いて少し伏せた瞳。
柔らかそうな綺麗な茶髪。
女っぽい輪郭に、整った顔」
「……ッ」
「別にそこに惹かれたわけじゃねぇけど、1番は笑顔だな」
驚愕した。
この人は、私と同じことが考えていた。
お互い同じような想いを抱いて、恋をしていた。
「あ、あのっ、わたしっ」
「ストップ」
「……?」
「今日、ケジメを付けたくて絶対に言いたかった。
でもどうせなら誕生日だし、ロマンチックに決めたくねぇ?」
「……はぁ」
「コレ、俺の電話番号とメルアド。
携帯持ってるよな?見たことねぇけど」
「……一応」
「じゃあ返事電話で聞かせろよ、メールでも良いけどな」
「……どの辺がロマンチックなの?」
「返事がくるまで俺の名前は言わねぇ。
ただの通行人Aの戯言だって言ってくれたってかまわねぇよ」
「そんなっ」
「じゃあ待ってる……電話、くれよな?」
最後に寂しそうに笑むから。
手を伸ばして掴もうとしたのに。
貴方は風のように私の元から去った。
9月下旬の冷たい風が吹いて。
彼は風なんだと無意識に感じた。
でもこんな冷たいのじゃなくて。
春のような、そんな。
暖かい風。
日付が変わる5分前。
私は貰ったメモを広げて、
ゆっくりと携帯に番号を打ち込む。
何回がコール音がした後。
電磁波が混じった貴方の声が耳朶を打つ。
『はい?』
「ハッピーバースデー、名無しさん」
『……OKって受け取っても良いのかよ?』
「私の地の姿、受け止めてくれるんでしょ?」
『……そう言ったけど』
「じゃあ簡単には手離せないなぁ、私もずっと好きだったもの」
『マジでっ!?』
「おめでとう、名無しさん。
きっと今日最後のおめでとうよ?」
『っ……俺は、黒羽春風』
「はる、かぜ……?」
『秋生まれなのにな、どうしても親が付けたかったらしいぜ』
「……納得かも」
『え?何か言った?』
「ハルは春風みたいだって言ったのよ!」
返答が待つのが何だか恥ずかしくて。
小さい子みたいに電話を切ってしまったけれど。
ああ、ほら。
貴方からの初めての着信だわ。
こうやって誰かを登録して初めて嬉しいと思えた。
「……もしもし?」
『おまっ、勝手に切るなよなっ』
動揺した声色に。
何だかとてもおかしくて。
声に出して笑えば、貴方も笑う。
ハッピーバースデー。
そして、新しい恋の始まりに。
おめでとうと祝おうよ。
+++++++++++
バネさんの口調がまったく分かりませんでした(反省)
やっぱり20巻は買っとくべきなんでしょうか……。
ちゃんとバネちゃんかな?不安です。
良いですよね、電車での恋。学生の憧れ。
BACK
|