さん」




夏休みの夏祭り




そう呼ばれてスカートを翻して。
真夏で太陽がテカテカと照らすグラウンドで
彼は額の汗を拭いながら走ってきた。

拭って宙を舞った汗はキラキラと太陽に反射して。
そしてそれ以上に彼の笑顔は輝いていて。
水のような、風のような彼はとても綺麗。


「どうしたの?佐伯くん」


夏休み真っ盛りでも部活があるようで
レンガ色のユニフォームは汗で身体のラインに
くっきりと張り付いて私を魅せる。


「夏休みに珍しいね、学校に居るなんて」
「あぁ、三者面談だったの」
「……ご両親は?」
「何かブラブラしたくて先に帰ってもらっちゃった」


「へへっ」なんて笑うと彼は声なく微笑んだ。
爽やかな笑顔に魅せられて好きになったのはいつだったか。


「佐伯くんは部活だよね?休憩中?」
「そう、さすがにこの暑さじゃ皆バテちゃってね。
剣太郎だけだよ、燃えてんの」
「バネちゃんも?それは大変だ……確かに暑いもんね」


「もしかして今年1番の猛暑かも」と呟いたら
佐伯くんは「まだまだ暑くなるよ」なんて笑ってる。


「こんな暑いのに頑張れるなんてすごいよねぇー」


手を額にかざして太陽の光を遮断して、見上げる。
そうすると佐伯くんの顔もしっかりと見える。
私より高い位置にある目線は確実にこちらに向いていて。
何だか恥ずかしいけど、逸らす訳にもいかなくて。
動くわけにもいかなくて。

3年生の始めの席替えで彼と前後になって。
2年の時仲良かったバネちゃんがよく佐伯くんに会いに来るから
席が前後だったのが縁でよく話すようになって。

勉強が分からなかったらお互い助け合って。
非常食(お菓子)があったら2人で食べて。

周りはまるで恋人同士だと言うけれど。
そんな素振りは私には全然感じられなくて。
私は好きだけど、そんなこと言えなくて。


好きです、なんて言えなくて。


「……、さん?」
「え?あ、はい、何でしょうっ?」


じっと佐伯くんを見つめてるのを変に思ったのか問いかけられて。
我に返ったけど変な喋り方になってしまって。


「ははっ、さん大丈夫?」
「大丈夫です、ご心配なく」


あぁーあ、格好悪いところ見せちゃった。
「暑いからぼーっとしてた」なんて太陽のせいにして。
貴方のおかげで佐伯くんに会えたのに


―――――ゴメンね?


「休憩は何時まで?」
「あぁ、えーと……後5分かな?」


校舎にかけてある時計を見て、彼はまた汗を拭く。
そしてその汗は腕を伝って地面へと落下する。


「じゃあその5分有意義に使わなきゃね!」
「え?あぁ、うん……」
「えーと……ハイ、あげる」
「え、良いの……?」
「うん!あ、飲んでないから安心して?」


バックからごそごそと取り出したモノはスポーツ飲料。
本当は差し入れようと先程買ったばっかだから冷たい。
でも口には出さない。
佐伯くんは言わなくても分かってくれる人だから。


「……そっか、ありがとう」
「いーえ、どういたましてー」


彼はそうすると極上の笑顔をくれるから。
それを見ると私はすごく嬉しくなれるから。

こんな暑い日でも幸せを感じることは出来て。
好きな人と1日のこんな短い時間一緒に居ることが出来て。
私はなんて幸せなんでしょう。
ありがとう。


誰に言っているのか分からないけれど。


「じゃあ、そろそろ帰るかな〜」
さんっ」


スカートもう一度翻すと、今後は腕を掴まれた。
心地よい力使いで握られた腕が熱くなる。
決して顔には出さないけれど、内心ドキドキで。
今はもう笑顔さえ浮かばなくなってるかもしれない。


「今日、夕方ヒマ?」
「夕方?……どうして?」
「近くのお祭り、一緒に行かない?」
「え……あぁ!今日だっけ、お祭り!!」


くいっ、と少し引っ張られて佐伯くんとまた向き合うけれど、
もうドキドキはなくて、お祭りのことで頭がいっぱい。

そういえば少し前から神社は暑い中騒がしかったっけ。
大きく看板に「夏祭り」と日にちが書いてあったよね。


「佐伯く〜ん、誘ってくれる女の子いっぱい居るでしょ?」
「え、……そんなことないよ」
「まぁ〜た嘘ついて!バネちゃんがメールで言ってたよ?」


夏休みにバネちゃんから着たメールは佐伯くんのことばかり。
バネちゃんはそういうことには勘が良いからちょっと面倒。
でも相談乗ってくれたりして助かったりしてるのも事実だけど。

「……バネと仲良いね、やっぱり」
「え?あぁ、うん。去年一緒のクラスだったからね〜」
「2人が付き合ってるって噂流れてたの知ってる?」
「ウソ!?そんなのありえないよ〜、だって私他に好きな人居るもっ―――――」
「ホント?」

……佐伯虎次郎くんに一つ質問です。
どうして私を引き寄せて耳元でそんなこと言うんですか?

私の心臓のドキドキが聞こえてしまいそうで怖い。
甘い優しい声が耳朶を打つたびドキドキして仕方ないのに。

聞こえてない?
聞こえてないよね?
私の心臓、止まってしまえば緊張する理由ないのに。

仕掛けたつもりが仕掛けられて。
佐伯くんは中々に策士なんだと自覚する。


さん、バネには名前で呼ばれてるよね?」
「あ、う、うん……それが何か……?」


少しばかり顔を上げるけど、逆光で顔は確認出来ない。
真っ黒な顔の中にある口が開いたり閉じたりが見えるだけ。


「じゃあ俺も呼ぼうかな、って」


佐伯くんの声が引鉄となって心臓がいっそう激しく鳴り響く。
今きっと見られると困るくらいの赤面。
心の中のもう1人の私がワタワタと暴れている状態。


「佐伯、くん……?」
と今年の夏休みは大いに楽しみたいんだけど、ダメかな?」


膝を少しまげて、私と同じ目線でにこりと笑顔する。
大好きなその笑顔で言われてNOと答える勇気なんて私にはありません。


佐伯くん、実は確信犯なんじゃないの?


「……それは、どういう意味なの?」
の思ってる通りで良いんじゃないかな?」
「勝手な解釈するけど……」
「全然良いよ、俺、のこと好きだし」


さらりと風のような言葉は私の心を包み込む。
少し見開いた私の瞳を笑顔で見つめて、つんっ、と人差し指で額をはじく。
そして気づいたように時計を見て「あ」と言って私から離れた。


「じゃあ部活行くわ、遅れると剣太郎がうるさいしな」
「あ、うん……」
「俺のことはサエって呼んで?あ、でも名前呼び捨てでも良いから」
「うん……」
「帰ったらメールするから待ってて、じゃあね!」

軽く手を振って彼は私に後姿を晒して走っていく。
私は当然ぽかん状態。
呆然としたまま彼を見つめていると、
彼は足を止めて振り返り、

「誘いは全部断った!俺はと行きたかったから!!」

と誰かに聞こえるくらいの大声を上げてまた走っていった。
佐伯くんらしくない言動。
……でも佐伯くんらしいってどんなのだったのかな?


もしかしたら今のが本当の彼らしいのかもしれない。


突然の告白は風のように去っていってしまったけれど。
余韻だけは私の心に残してくれて。
ほら、また真夏の生ぬるい風が頬を掠めた。

今年の夏休みは一味違うものになりそうです。
次会うときは彼をなんて呼ぼうかな?






+++++++++++
初虎次郎くんドリの巻でした。
虎次郎くんって個性的な口調じゃないので、
結構大変でした。アニメで勉強勉強しまくり。
でもキャラの性格知る前から好きキャラなので頑張りましたよ。

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