放課後の教室で。
ただ一人泣くキミの声を聞くのは。

何故か切ない気持ちにかられて。
抱きしめたくなるのは愛情の表れ。




俺にとっては




半開きのドアから聞こえるのは。
キミが一人で泣くか細い声で。
偶然教室に忘れ物をしただけだけれど。
俺が一番最初に発見出来て良かったよ。

でも。
良かったと思う反面。
キミの泣く姿を見るのは。
言葉でどう表していいのか分からないほど。
辛くて仕方ない。


彼氏が居ることも。
そいつのことが心底好きなことも。
でもそいつとは最近上手くいってなかったこととか。
俺は何でもキミのこと知ってたよ。

風の噂でも。
キミについてのことは。
表には出さずとも。
しっかりと心に刻み付けてた。


俺のこと、ずるいって思うかな?
だってさ、のことすっげぇ好きなんだよ。
知らないだろうけど。
本当はずっとずっと好きだったんだぜ?


「ふっ……うえっ……」


嗚咽を耳にする度に。
湧き上がるのは抱きしめたいという淫らな感情。
だって当然だと思わない?



好きな人を抱きしめたいって思う気持ちは、さ。



「……」


想いを伝えるのは今かもしれない。
いや、今しかないかもしれない。
だって。
またに新しい好きな人が出来るかもなんて。
考えるだけで胸が張り裂けそうなくらい切ないよ。

誰かが反則だって言ったって良い。
好きな気持ちを伝えるのは誰にでも持ってる資格だろ?



ただ。
まぁ、タイミングは胸を張って言える時じゃあないけどさ。



「……」


音を立てないように。
教室のドアをゆっくりを開け。
そっと囁いて見えたのは。

教室の端っこの椅子に座って。
膝の上に本を置いて。
それから視線を逸らすように俯いて泣くキミの姿。


「……え、さえ、き……?」


鼻を一度すすって。
目が合った瞳は赤くなって。
目尻は濡れ、頬は何度も糸が引いた跡が残っているけれど。



明らかに想像していた涙とは違う涙で。



「っ……ぶかつは、きゅうけい……?」


俺と目が合ってからも涙が急に止まることもなく。
それを抑えるように何度も目を擦って。
上ずる声を宥めるように息を吐く。


「え、うん……忘れ物しちゃってね」
「そっか……ゴメンね」


恥ずかしいのか。
今度は俺から視線を逸らして。
机に突っ伏して呼吸を整えるようにゆっくり息を吐吸する。


「何、読んでたの?」


キミに関係することなら何でも知っておきたいから。
忘れ物なんかそっちのけで俺はへと歩を進める。
それに気付いたは急に起き上がり、
バタンッと音を立てて本は床に落下した。

素早く駆け寄って。
俺はそれを拾う。
欲しいたった一言を言って貰うために。


「ありがとう」


椅子から立ち上がろうとしたキミは。
俺が拾って手渡した時にそう言ってくれた。

その一言で俺の鼓動は早鐘のように鳴って。
が好きで好きでたまらなくなる。


まだ充血したその瞳で。
まだ上ずり気味のその声で。
俺への愛を紡いでくれれば。


「……これね、泣けるんだ」
「そうなんだ?」
「自分の気持ちに後で気付く大馬鹿者の話なんだけどね」


嘲笑気味に息を漏らして。
そっと本の上に右手を乗せる。
その動作が自然過ぎて。
逆に俺の目を奪っているとも気付かずに。

日に焼けてない白い指。
その先の爪は何か塗っているのかキラキラ光って。
それをあの彼氏のためにやってるのかと思うと、
少し腹立つけど。

が読んでいた本は。
表紙はシンプルにタイトルと著者の名前だけで。
でも、女性が読む恋愛物語なのだろうと思った。
真っ白い本の上に少し黄色がかったの手。
淡いコントラスト、綺麗で。


「……でも、バッドエンドなの」
「それは泣けるかもな」
「うん、泣けた」


思い出したのか。
無意識に目尻に涙が浮かんでいる。
何とか理性を保って。
耐えるように拳をぎゅっと握って。


「大馬鹿者は気持ちに気付いて言うんだけど、結局ダメなの」
「どうして?」
「"二兎追うものは一兎も得ず"……よくある話だよ」
「まぁ、そうかもしんないな……」


また嘲笑を含んで息を吐く。
それに何が込められているのか俺には分からないけれど。
キミがすごく寂しそうなのは見てて分かるよ。


10月初日の風は少し冷たくて。
それが俺の熱い身体を冷ますことはなく。
余計に煽るだけなのに。


「……寒くない?」
「え、あ、ちょっと……」
「じゃあ、閉める?」
「……うん」


開いている窓はが座っていた
教室の一番後ろの窓だけで。
そこからはどの窓よりもよくテニスコートが見える。
俺はよくココに凭れて"テニスがしたい"なんて考えてるな。

カラカラと無機質な音を鳴らして。
外の音を遮断して。
この空間には俺との2人きりで。
余計に鼓動が早鐘を打つ。


「……佐伯」
「なに?」
「彼女は出来た?」


それをが聞くの?
誕生日だってのに残酷な言葉吐くよな。
なぁ、知ってる?
俺、今日誕生日なんだぜ?


「……いや、全然だけど?」
「そっか。じゃあ今日は一人なんだ?」
「え?」
「誕生日なのに寂しいね〜」


今度は嘲笑なんかじゃなくて。
心から面白くて笑ってるみたいで。


でも俺はそれどころじゃない。
今日は運悪くは休憩時間の度に別の教室に行くから。
休憩時間に友達から祝ってはもらったけど。
それを聞いてないは知らないと思っていた。


「……知ってたんだ?」
「一応ね……だって」
「だって?」
「……何でもない」


呟いた言葉を聞き漏らさずに問い返したら。
はふと寂しそうな笑顔を浮かべてそう答えて。



ダメだ。



身体が勝手に動いて。
俺はを腕の中に抱いた。
どうしても。どうしても。
この瞬間に抱きしめたいと思ってしまった。


「さ、えきっ……」


苦しそうに呻くけど。
離すことなんか出来ない。
俺の気持ちを知らないから、なんて。
八つ当たりのような気分で抱きしめる。

知って欲しい。
俺の気持ち、に知って欲しい。
こうやって抱きしめて。
に俺の気持ちの全てが伝われば良いのに。

何でこんなに苦しいんだろう。
泣いてたのは本のことだったから?
彼氏とは別れていないから?


違う。
俺のこと、少しでも知っててくれたから。
余計に諦められなくて苦しいんだ。


好きだけど。
叶わない想いを抱き続けるのはひどく辛くて。
俺と同じように。
にも俺のこと好きになって欲しい。

きっともう後戻りは出来ない。
俺が、もう出来ない。
ジェットコースターのように下降するだけ。
もう元に戻れない。



それならいっそ。



「、好きだよ……」


史上最悪の誕生日だ、きっと。
いや、きっとこの先の長い人生の中で。
きっと一番最悪な誕生日になるよな。

これで諦めることが出来れば。
それでも良いかもしれないけど。
やっぱり欲しい。
の全てが欲しい。


「……ふぇ……うっく……」


の声がさっき以上に震えて。
俺の制服に涙が染みて暖かくて。
俺はそれに絶望を背負う。

俺が見たいのは泣き顔じゃなくて。
の可愛い笑顔だけなのに。
いや、それは我侭だ。
でもきっと笑顔の方が多いように出来る。


「……ゴメン……つっ!」


悲しくて切なくて。
でもひどく自分が悪いような気がして、謝れば。
は俺の足を勢いをつけて踏みつけて。
胸を何度も拳を作って叩く。


「なんでっ、さえきがあやまんのよっ」
「だって……」
「全然悪いことしてないじゃんっ、佐伯はっ!」
「いや、でもを困らせて―――――」
「困ってないっ!自分に腹立ってんのっ!!」
「……え?」


意味を解しない答えで。
俺は動揺して手を離した。
見下げると泣くのを耐えるように唇を噛み締めて。
きっと俺を睨みつける。


「……?」
「大馬鹿者は……私なのよ」
「え……?」
「私が佐伯のこと好きだから彼氏のことフったよっ!!」
「……マジ?」
「大マジよっ」


何を怒ってるのか分からないけど。
俺は叫ばれた内容に耳を疑った。

誰かに聞かれたら好都合だ。
俺以外にも証人が出来る訳だから。
嬉しい。嬉しくて仕方がない。
俺のこと、好きって言ってくれたよね?


「本当に……?」
「こんなの嘘ついても仕方ないでしょっ!?」
「マジでっ!?……嬉しいよ」


前言撤回。
この日は俺にとって史上最高の誕生日になりそうだ。
だって、がプレゼントだしね。

喜びを噛み締めててタイミングを逃したけど。
抱きしめたい。
今、力いっぱいにを抱きしめたい。

そんなことも知らずに。
は机の上に置いていた本を手に取った。


「……かぶって、泣いたんだ」
「え?」
「こんな最低な女にかぶるなんて私も最低なのに変わりないんだけどさ、
 でも彼氏が居ても他の人好きになるのは……理屈じゃないもんね」
「……違うよ、は」
「え……?」
「だって、俺のこと捕まえてるじゃん?」
「そうだけど……こんな私、嫌じゃない?」


嫌なわけがあるはずない。
だって、俺だってずるいよ。
お互い様だよ。



言わないけど、ね。



「全然、むしろ好きだよ」
「さえ、き……っ」


こんな涙ならたまには良いかもしれない。
そしてそのまま抱きついてくれるなんて。
史上最高の誕生日プレゼントだよ。


「もし良かったらさ」
「……な、に?」
「これから誕生日パーティーしてくれる?」



きょとんとした瞳も可愛いよ、。



「もっちろん!」


その笑顔も全て。 俺にとってはプレゼントだね。





+++++++++++
虎次郎くん書くのは楽しいですね。
結構私的には長い文章なのに1時間半弱で書き上げました。
誕生日おめでとう!虎次郎くん!!
真ん中バースデーの夢は叶うのかな〜。


BACK