今なら言えそうな気がするの。
そう、今なら。
きっと貴方に伝えられるわ。
今の時間。
聖ルドルフ学院高等部。
広い、広い、広い、校舎内。
見知った人なんて少ないはずなのに。
むしろ見知ってない人達が多いこの中で。
貴方は他の人とは違うオーラを放って。
真っ黒な髪、真っ黒な瞳はただ綺麗で。
何か他の人と違う存在とでも言うのだろうか?
「……あぁ、じゃないですか」
「観月、オハヨウ」
「おそようの間違いじゃないんですか?」
どうして。
どうして知っているの?
「……私が遅刻してきたの知ってるんだ?」
「もちろんですよ。僕を誰だと思ってるんです?」
そうですね。
貴方はS学園3年Iくんと匹敵するデータの持ち主。
私の遅刻だなんて観月からすればすぐ入手出来る情報なんだわ。
偶然か必然か。
はたまた運命かなんてどうでも良い。
私は貴方を見れるだけで幸せだから。
「何を見てたんですか?」
「んー、別に何も」
すすっと音もなく私の横を陣取り。
窓枠に凭れて、顔を私の方へを向ける。
直視出来なくて。
綺麗なその顔を直視出来なくて。
私はただ、ただ。
窓の外を見ることしか出来なくて。
「……僕には言えないことですか?」
「言えないってゆーより言うことがないってカンジ?」
「意味不明ですね」
「観月に理解出来ないことも世の中にはあるのよ、きっと」
観月が凭れてる反対側の窓をカララと開けて。
横切るのは秋の切ない風。
頬を何度も掠めては。
見えない内にドコかへと姿を消す。
まるで観月みたいだなんて思うのは。
それだけ私が観月の風に包まれてるってこと?
「僕に理解出来ないことですか……それは興味がありますね」
「ドコまでも探究心が深いね、観月は」
ふむ、と片手を顎へと持っていって。
親指と人差し指で顎のラインをなぞる。
その姿さえ鮮明的だなんて反則じゃない?
考え込む観月を尻目に。
私はまた外へと視線を向けた。
秋の紅葉が聖ルドルフ学院を囲んでいて。
真っ赤な落ち葉が爛々と落ちていく。
「落ち葉ってさ……」
「何ですか?」
「落ち葉って、木に必要ないよって捨てられたのかな?」
「……どういう意味ですか?」
「いや、他意はないんだけど……思ったままに感想述べてみた」
だって。
あんなに綺麗だけど。
あんなに落ちても爛々としてるけど。
地面に落ちればゴミと一緒で。
集められてポイッて捨てられちゃうか。
焼きイモの道具として燃やされてしまうか。
木が親なら葉は子じゃないのだろうか。
でも本当にそうなら方程式の意が間違っている。
だって親が自分の子供がゴミになっていく様なんで見たくないでしょう?
「そうですね」
「……え?」
「が言わんとしてることはよく分かりませんが」
「うん……?」
「ただ一つ言えるのは、落ち葉の気持ちは落ち葉にしか分からないんじゃないですか?」
観月の言葉は脳に衝撃を与えた。
そして、何かが切れたように目尻にうっすら浮かぶ涙。
幸い観月はまだ気付いてない。
きっと、そうきっと。
だったら最後まで気付かないで。
「……?」
「ゴメン!」
左側から囁かれた声に触発されて。
私は自分でも信じられないままその場から逃げ出した。
どこか、どこか。
どこでも良いから。
誰も、音も、何もかも。
存在しない空間へと閉じこもりたくて。
特別棟の名もない教室に入って。
何かから逃げてるように大きな音を立ててドアを閉める。
呼吸が荒い。
分かっているのは走ったからじゃなくて。
自分の心の動揺がしみじみと伝わっていること。
肩で息をして。
ドアに凭れたけど、力なく床へと座り込んで。
それでも何かに怯えるように膝が揺れる。
気付いた。
観月の言葉で気付いたよ。
どんなに相手のことを考えたって。
結局は答えは出ないなんて当たり前のこと。
堂々巡りで自分の都合の良い結果を。
頭の中でシュミレーションして。
何も変わらない現実を私は逃げてたってこと。
貴方の言葉はナイフのように私を切り裂いて。
泣くのは私だけだなんて被害ぶったりして。
私一人が傷ついてるなんて錯覚に陥って。
ぱた、ぱた、ぱた。
誰も居ないはずの廊下にゆっくりと響く一人の足音。
反則よ。ねぇ、反則だってば。
どうして追いかけてくるのよ。ねぇ。
私が貴方を分からないはずないわ。
だって、ほら。
こんなに胸の鼓動が高まってるんだもの。
教室の前で足音は止まって。
私達の距離はドア一枚を隔ててるだけ。
手を伸ばせば届く距離も。
一枚のドアがそれを阻んで手が出せない。
「……」
ゆっくり。
そして愛しいその声で。
私の名前を呼ぶ。
私の心臓が大きく揺れたのは事実で。
どうしようもない緊張が身体を縛って離さない。
「開けますよ?」
私を脅してるつもり?
うんともすんとも言わない私をどうしたいの?
もう観月の思う通りに動けないわよ。
知っちゃったんだから。
貴方の責任よ。
何も答えずに居たら。
何の前触れもなくガラリとドアが開いた。
観月が一歩教室に足を踏み入れて。
そのままの姿勢でドアの前で包まった私を見下ろす。
「……本当に貴方は、おかしな人ですね」
自嘲気味に笑って。
今度はゆっくりとドアを閉めた。
さっきまで望んだ場所は。
誰も、何も存在しない空間だったのに。
やっぱり貴方が隣に居ると落ち着くのは何故?
「、聞いてください」
閉めたドア側に凭れながら座って。
私の方を見ずにどこか遠くを見ている。
「"今"って時間に表せばどれだけだか知ってますか?」
「……はぁ」
いきなり何を言い出すのこの人は。
まったく意味が通らない私はただ適当に言葉を返すだけ。
「えと……1秒くらい?」
「ハズレです。本当は約8秒なんですよ」
「8秒も……!?」
「ドコかの偉い人が計算して割り出した結果なんだそうです」
「へぇ〜……」
観月の言葉は時に勉強になる。
思わず例の言葉が出てしまう程に。
でも、不思議。
私さっきまで泣いてたのに。
私さっきまで情緒不安定だったのに。
今は涙も止まって。
鼓動も落ち着いてる。
「今、素直にならなくてどうするんでしょうね」
また、自嘲気味に笑って。
いつもの観月らしくない雰囲気をまとって。
へこんだように顔を俯ける。
呟くように言った言葉は。
また私の脳に衝撃を与えてドコかへ消えた。
ねぇ、反則だってば。
どうして私の欲しい言葉をくれるの?
無自覚でしょ?
私のためじゃないんでしょ?
なのに、どうして。
貴方は私の欲しい言葉をくれるんだろう。
「観月」
「はい?」
「じゃあ"今"からお互い素直になろっか?」
「……にしては良い案ですね」
「でしょ?……じゃあ、スタート!」
1秒。
2秒。
3秒。
4秒。
5秒。
教室に掛けられた時計の針がカチコチと鳴る。
私達が存在してるとは思えないくらい静かで。
一人だと怖くて泣きそうになるけれど。
二人、それも隣が貴方なら心は暖かくなる。
「みづ」
「好きですよ、」
時計の針が8回鳴った。
でも止まることなく進んでいて。
そして。
私達の時間も確実に前へと進みだして。
「ありがとう」
お返しと言わんばかりに床にだれた手に合わせて。
すると、観月は優しく握り返してくれた。
風が吹き抜ける開けっ放しの窓から。
落ち葉が一枚、そして追うようにもう一枚舞い込んできた。
「が捨てられても僕はどこまでも追いかけますよ」
いつもの不敵な笑みに戻った観月の言葉に。
私はただ笑うしかなくて。
握り合った手と手から流れ込んでくるのは。
お互いの愛の気持ち。
「観月が素直なんて珍しいね」
「え、あ……」
「でもありがとう。追いかけてきてね?」
「好きに言いなさい!」
隣の肩へと頭を預けて。
隣の腕へと体重を預けて。
隣の手へと私の気持ちを流して。
追いかけてくれる存在があるからこそ。
私は貴方の傍に居る価値が存在するのね。
ありがとう。
素直な貴方に言う最初で最後の賞賛。
+++++++++++
昔、ドコかの本で読んだことがあるんですよ。
"今"って時間で表せるんだぁ〜、と子供心に感動した記憶があります。
本当は観月か不二が迷ったんですけど今回は観月で。
深いキャラ好きです。書いてて楽しい。
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