最後の約束をしてしまえば。



私達は終わってしまう予感がした。




最後の約束




「裕太、お昼ご飯ドコで食べる?」


私の席から数歩行けば貴方の席で。
眠そうに上体を机に突っ伏して。
だるそうに私を見る様は。



意外と新鮮だと感じたりして。



「あ〜……屋上にするか?」
「うん、良いよ」


んーっと背伸びして。
半分眠った身体を無理矢理起こして。

私はその間に、
お弁当が二つ入った袋を机から取って。
それを貴方はさりげなく私から取り上げて。


何だか。
嬉しくて嬉しくて。
廊下で腕を絡めれば。
「止めろよ」なんて照れて私を突き放す。

純粋な裕太が好きで。
からかいがいがある裕太が大好きで。
ドコが好きかなんて聞かれれば。
もちろん「全部よ」と答える自信が。


少し前まであったのに。
幻想のように砕け散ってしまった。


どうしてだと聞かれたら。
原因は一つしかないけれど。
今まで満ち足りた水でいっぱいだったのに。
急激に溢れ出して。


後に何も残らなかった。



乾ききった荒野にもう花は咲かないのだ。




屋上のドアを開ければ。
ぶわっと予想もしない風に見舞われて。
一瞬視界がぶれたけど。
裕太の腕が背中にまわって、助けてくれた。


「ありがとう」
「ったく!そそっかしいな、は」


まだ幼いその声色に。
ときめきを覚えない私はもう別人なのか。
少し前までは。
この声を聞くたびにドキドキしていたのに。

少女の心を忘れてしまったかのように。
私は何か物足りなさを彼に押し付けようとしているのか。


「風、強いみたいだね」
「そうだな、でも誰も居なくて良いんじゃね?」
「確かに二人きりだね」


そう笑えば。
貴方は反対側を向いて顔を真っ赤にしてる。
照れてる姿を。
可愛いと思えても愛しいと思えない自分。


彼に何を求めているのか?
自分でも分からない彼への苛立ちは募るばかりで。


「はっ、早く食べようぜ!」
「だね」


袋を置いて。
お弁当を取り出して。
その一つを裕太は私に渡して。
いつも通りの所業が虚しく感じてしまって。

屋上の風が心に染みて。
泣きそうになるのを我慢して。
裕太の顔を見ないように下を向いて食す。

屋上は風の音だけ響いて。
私達の存在は風に消されるように。
ただ、ただお弁当にかじりつく。


「……気持ち良いなぁー」


ふいに裕太が喋って。
空になったお弁当箱を床におっぴろげて。
ごろんと音を立てて大の字に寝転がった。


「裕太、食べた後に寝転んじゃ牛になるって知ってる?」
「んなもん迷信だろ?誰か信じるかよ」
「わかんないよ、ノロマ裕太くんになっちゃうかも?」
「っんだよ、それ!」
「そのままの意味よ」
「……っ」


冷たい一瞥を向けて。
私は残したお弁当を片付ける。
それ以降何も話そうとしない私に。
彼は不安に感じてか、起き上がってあぐらをかく。


「……?」
「牛だよ、裕太なんか牛で十分」
「何言ってんだよ、お前……」
「鈍感だって言ってんのよ、アンタなんか」


覗き込もうとする彼を拒絶して。
私はさっさと立ち上がって屋上を後にしようとする。
呆然とその光景を見ていた裕太も。
ドアを開ける音で我に返ったのか、叫んだ。


「っ」
「裕太、別れよう。私達、終わりだよ。」


結局彼に何を求めていたのか。
それも分からないままに別れを告げ。
私は屋上を後にしようとしている。


「ちょっ、っ!!」


彼が立ち上がった音と。
ドアが閉まる音が同時に響いて。
私の深い部分に痛い音を残していく。

ドアを閉めた瞬間。
私は走って走って、中庭に逃げた。
教室なんかに帰れるものか。
もしかしたら学校にももう通えないかもしれない。


今日は金曜日だから。
明日と明後日は学校が休み。
きっとこのまま帰ると先生は怒るだろうけど。
今はそんなことどうでも良い。



とにかくココに居たくなかった。




"最後の約束。明日、あの公園で待ってるから。"



それだけ打ったメールが土曜日にきた。
金曜日、彼はあの後どうしたのだろうか。
教室に帰って普通に授業を受けたのだろうか。
そんなことを考えるのは未だに未練があるせい?

抜け殻のようにそれだけを見つめて。
他の新着メールを見る気にもなれなくて。
私はそのメールをディスプレイに映したまま。
雨の中、着替えをして外に出る。



彼が待っているだろうあの公園に。



あの公園というのは私と裕太が付き合いを始めた場所。
偶然帰りが一緒になってこの公園を通って帰って。
何故かブランコに二人して乗って。
彼が楽しそうにお兄さんのお話をするから。


つい。
「好きだなぁー」って言ってしまって。


彼は赤面しながらも。
真剣に私の気持ちに応えてくれた。
それがただ、嬉しかったのに。

手を伸ばせば届く距離に居るのに。
声を出せば聞こえる距離に居るのに。
私達は繋がらない。



私達は決して交わらなかった。



公園の入口に見知った傘を見つけた。
私はゆっくりと近づいて。
彼は水音で気付いたのか。
顔を上げて、少し瞳を見開いて驚いていた。


「最後の約束だから」


そう呟けば。
彼は苦そうに少し笑った。
雨からくる衝撃は苦ではなくて。
むしろこの重苦しい空気が嫌で仕方なくて。

すると、傘の柄を短い所で持って。
深くさしているから顔色がうかがえなくて。
でも瞳を合わせるのが怖くて少し安心してる自分。


もしかして。
貴方もそうなの?


言葉を紡いでも返事はなくて。
重苦しい空間はどこまで続くように思えて。
雨も止まなくて。



私の代わりに泣いてくれるいるの?



「……裕」
「嫌だからな、俺は」


ああ、違う。
この雨は私の代わりじゃない。
だって私は既に頬を濡らしているから。



本当は貴方の代わりに泣いているのね。



傘を地面に落として。
貴方の涙を感じて。
温かい涙を感じて。

私の涙は貴方の涙と同化する。
触れ合った涙は私の身体を流れて。
重力に従って地面へと水溜りを作る。


「お、おい!っ」
「裕太に一つ聞きたいことがあるの」


雨に濡れた私を凝視して。
裕太は傘をさしたまま呆然と立ち尽くした。


「観月先輩から告白されたの」
「……っ」
「言ってたわ。"裕太も承諾済み"だって」
「……それは」
「観月先輩を尊敬してるの、私だって知ってる。
 けど、あんまりよ……」


自分の彼女に告白しようとする人を。
いくら先輩でも止めて欲しいと思うのは私の我侭なの?


私と貴方は付き合っていて。
私と貴方は彼氏と彼女で。
私と貴方は。



――――――何だったの?



愛してる自信を。
愛されてる自覚を奪わないでよ。
今まで積み上げてきたモノを簡単に崩さないでよ。


「それは……」


そう言葉を紡いで。
彼はまた顔を俯けた。

何を言いたいのか。
私を裏切った罪悪感にでも苛まれてるのか。


いい気味だと思える自分がさっきまで居たのに。
どうして。今。ココで。



そう感じられないの?



ザァザァと振り続ける雨に濡れて。
頭が冷えたのか。
それとも。


「……で」
「え?」
「……もちろん観月さんの頼みでもあったし、
 でも何より……俺が、を好きだから」


私の顔を見ようとしないで。
彼はやっと私に届く声で話す。
照れているのか。
それとも私に対してまだ何か思うところがあるのか。


「……どういう意味よ?」
「俺だって愛されてる感覚ってのを知りたかったんだよっ!!」


真剣に見てくる貴方の瞳に。
生まれるのは私が貴方に対しての罪悪感。

私達はすれ違ってた。
お互いが愛されてる自覚が欲しくて。
ただただ、そう願ってただけなのに。


「……嫌、やっぱり嫌」
「え……」
「好きだから、裕太が」


涙に濡れてビショビショのまま。
水がはねるパシャパシャという音をさせながら。
ゆっくりと彼に近づいて。



頬にキス。



空は真っ暗なのに貴方は真っ赤。
触れ合えなかった代償は大きい。


「大好き」
「ああ」


乾いた手からは温かさが伝わって。
私の手の平についた涙を溶かす。

一緒に傘の柄を持って歩こう。
ずっとずっと一緒に。



私達の涙が止まるまで。
ずっとずっと永遠に。






+++++++++++
失ってでも戻せる恋愛は素敵だなぁ。
そんな恋愛あれば良いのに……。
愛されてる自覚が欲しくて、泣いた夜は数知れず。


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