雨の日は改めて孤独だと知らされるから嫌い。
夜のテレビの音で寂しさを紛れれば良いのに。


一人だけの夜。


それは孤独だけが襲ってくる私には耐えられない時間。




孤独な夜




「ただいまー」


返事があるはずないのに言ってしまうのは何故だろう?
その答えを求めてしまうのは何故だろう?

玄関で靴を脱いで、廊下を歩いて、
ドアを開けるとワンルームのくつろぎ場所。

壁際に置かれたソファに鞄を放り投げて、
スカートのポケットに入れておいた携帯を取り出す。


「……電話、しようかな」


自然に足が窓の方へと進む。
暗く曇った中、雨が降り続けている。
ベランダに出れる窓にもたれて、携帯をいじる。


ディスプレイに表示されたのは"千石清純"の名前と電話番号。


テレビもついてない部屋の中は静か過ぎて怖い。
私が発した言葉もすぐ消えて、まるで何もなかったのよう。


「……迷惑、かな」


さっき別れたばかりだし。
きっと部活で疲れてるだろうし。

そんな理由をつけて、通話のボタンが押せないでいる。
意気地なしな自分が大嫌い。


「……かけてきてよ、清純」


聞こえないのを良いことにワガママを言ってみたり。
でも、寂しいのは事実で。
でも、自分からかけるのは怖くて。

好きだけど、迷惑かけて嫌われたくなくて。
寂しいから帰らないで、なんて言えなくて。


「……ふぅ」


すっかり暗くなった外を見つめて溜息を吐く。
やっぱり雨は嫌いだ。
何より暗い気持ちをさせられるから。

ディスプレイをそのままにしてテーブルに置き、
午後9時をまわった時計を見て、テレビに手を伸ばそうとした時、


RURURURURU―――――。


軽快なメロディーを鳴らしながら携帯が机の上で揺れだした。
慌てて手にとって画面を見ると、


着信
千石清純


と電話番号と共に表示されていた。
急いで通話ボタンを押して、耳へと持っていった。


「ちゃん?元気?」
「……さっき別れたばっかでしょ」
「うん、でも家に帰ってから元気なさそうだったからさ〜」
「……部屋に盗聴器でもつけてんの?」


思わず辺りはキョロキョロ見回してみたけど、
清純が電話の前で笑って「違う違う」と否定した。


「じゃあ何で分かるのよ?」
「外。窓の外見てみて?」


携帯電話を耳につけたまま、そっと窓へと足を向ける。
ベランダに出る窓をガラリと開けて、靴下のまま外に出ると


「やっほー!」


と、傘を差したままぶんぶんと横に振り回してるのは清純。


「何やってんの!風邪ひくよ!!」


きっと聞こえる距離なのに電話に向かって喋ってしまう。
余程私も電話が嬉しかったのね。


「とにかくもう部屋来て!風邪ひくから!!」


電話口にそう言って電話を切って、ベランダを去り部屋に入る。
オートロックのこのマンションは部屋を持つ人が鍵で開けるか、
部屋に付いている【解除】と書かれたボタンを押すかしないと開かない。
急いでそのボタンを押して、新しい真っ白なタオルを出してソファに置く。


しばらくしてチャイムが鳴って、鍵を開けると清純の姿。


「あんたレギュラーなんだから風邪ひいちゃ困るでしょ」
「だってさ、ちゃんが心配だったし〜」
「とにかく中、入って」
「激ラッキー!んじゃ、お言葉に甘えて♪」


心底嬉しそうな顔をして、爪先立ちで部屋の中に入った。
何度も入ったことあるのにラッキーだなんて。

清純は不思議。
一緒に居れば楽しいのに、彼が帰ってしまえば静寂が苦しい。
私の一喜一憂は彼に支配されてて、もう彼なしでは生きていけないかもしれない。


「やっぱいつ見ても激綺麗な部屋だね〜」


開いたままだったドアの中に入って、部屋を見回す。
私はその後についてソファに置いたままだったタオルを手渡す。


「あ、サンキュ〜!」
「レギュラーの自覚あるの?身体壊しちゃまずいでしょ?」
「俺よりちゃんのことが気になったから仕方ないよ」


タオルを受け取って濡れた頭をガシガシと拭き出す。
そしてその辺に飛び散る水滴。
山吹色の頭から飛んでくる水滴が私の顔へと降りかかる。


「つめたっ」
「え?あ、ゴメン!」


外の雨は案外冷たいらしい。
部屋に入って初めて感じた感覚に敏感になってたみたい。


「良かったらお風呂入っていったら?濡れたまま帰せないし……」
「……」
「……何よ?沈黙は否定とみなすわよ?」
「いやっ!ちゃんからのお誘いなんて嬉しいなぁ〜と思って」
「べっべつにそういう意味で言ったんじゃ―――――!?」


タオルを頭に乗せたまま、彼は少し前かがみになって私の額に触れた。
頬に当たる髪の毛は冷たいのに額に触れたそれはものすごく暖かい。


「……じゃあちょっと待ってて、即効でシャワー浴びてくる♪」


嬉しそうに緩んだ顔をして、彼はワンルームの部屋を去った。
彼が来たのは初めてじゃない。
何度もこの部屋で愛を確かめ合ったことがある。

彼の唇が触れた額に自分の手を当てて。
その手を自分の唇に持っていって触れて。

本当の彼の唇じゃないのに嬉しいのは何故なのでしょう?
何故こんなにも幸せに感じるのでしょうか?

雨はまだザァザァと音を立てて降っているのに。
今は一人じゃないから寂しくない。


「お風呂サンキュ!激気持ちよかった〜」


サッパリとしたのが見て分かるように彼の身体からは湯気が立っている。
脱衣所にかけてあった彼専用の青いバスローブを着て。
頭も洗ったのか用意してあったバスタオルで頭をまたガシガシと拭いている。


「いーえ、風邪でもひかれたら大変だし」
「それってレギュラーだから?それとも俺自身が心配だから?」


にこにこ笑顔で私が座っていたソファの横にどさっと大げさに座った。
読んでいた雑誌の上に頭を乗せようとしたので雑誌を床に落とした。


「ちょっ、濡れるでしょっ」
「え?どの辺が〜?」
「バカ!」


いつもの部屋着に着替えた私の太ももの上に清純の頭が乗ったのを見計らって
べちっ!と手のひらでキヨの額を叩く。
痛かったようで瞳を閉じ、両手で額を撫で撫でしている。
でも退く気はないようで、彼はそのままの体勢で会話を続ける。


「いってぇ〜……未来のこと予言しただけなのに……」
「そーゆーこと普通は言わないの!恥ずかしいんだから……」
「照れたちゃんも可愛いけどね〜」


ニカッと笑って、手を伸ばして私の髪を指に巻いて遊びだす。
なんとも言えぬ沈黙が辺りを包み、何を話して良いか分からず、
そして、何をするでもなく私は清純の瞳だけを見つめた。


「……寂しい?」


清純の唇がそう動いた。


「……うん」


私も頷きながらそう返事した。


「そっか……」


私の髪を指に巻きつけたままゆっくりと起き上がり、
痛くない程度に髪を引っ張って、自分の方へと向かす。


「どんな時が一番寂しいの?」


少し悲しそうな瞳をして、彼は質問を続けるようだ。


「……清純が帰ってしまった一人の夜が一番寂しいよ」


貴方が悪いわけじゃないのに、悲しい顔しないで?
私がワガママなだけなの。
ずっと一緒に居たいと思ってしまう私がダメなの。

でもずっと一緒に居たいと思ってしまうのは自然なことで。
頭のドコかでいつも彼のことを考えていて。
嫌なドロドロした感情で彼を縛ってしまうのが嫌で。


言えなかった。
今まで言えなかったの。


「俺が好き?」


穏やかな顔に変わった瞬間、彼はそう言葉にした。


「大好きよ」


これも本当の気持ち。
貴方だけが好き。どうしようもないくらい。
私だけを見て欲しい。ワガママでも良いから。


「俺もちゃんが大好き」


どちらからともなく、私達は唇を重ねた。
角度を変えて、深くなっていく口づけ。
そのままソファの上に押し倒されて、頬を舌で舐められる。


「泣かないで、俺はちゃんのこと大好きだから」


いつの間に泣いていてしまったのか。
分かったのは清純に言われた後で。
目尻が濡れているのが冷たい感覚で自分でも分かる。


「知ってる、私も大好きだから」


そう言うと、清純の髪からぽたりと頬に水滴が落ちた。
今度は暖かいかと思えば部屋の体温で冷え切った水滴は冷たかった。
その水滴さえも舐め上げて、そのまま目尻の涙も吸い上げる。


「……俺ね、いっつも見てた」


額がくっつきそうな程近くでそう囁かれた。
何を?という瞳をすると彼はそのまま言葉を続けた。


「あーやってちゃんと別れた後、いつも部屋の窓に姿現すまで待つんだ」
「……ウソ」
「ホント。夜遅くなった時はカーテン閉める姿とかいつも見てた」
「……何で?」
「不安だから、かな?」
「不安……?」
「そう、あるはずないのに他の男の子のことか心配したり……」
「……」
「信用がない訳じゃなくて、ちゃんが激大好きだから」
「うん……」
「こんな自分嫌だった、でもちゃんが好きなのは本当で―――――」


それ以上の言葉の紡ぐ前に。
私は自分から彼の唇を奪って。


「……私もね、ずっと言えなかったの」
「……何を?」
「帰らないで、って。ずっとココに居て、って。」
「……」
「私の独占欲で縛ってしまうのが怖くて、嫌われたくなくて」
「ちゃん……」
「……こんな私、嫌い?」


彼は微笑んでふるふると首を横に振った。
そして今度は軽く私の唇を奪った。


「大好き」
「私も、大好き」


彼の首に手を回して、そのまま自分の方へと引き寄せる。
清純もそれに応えて、私達はまた口づけた。

舌が侵入してきて、歯の裏を舐め上げ始める。
何度も角度を変えて、私は必死に彼の舌に自分ので絡みつく。

「……俺、ココに引っ越そうかな」


2人して荒い息で、彼は私の耳元でそう呟いた。
突然の申し出に少し驚いたけど、答えは決まってる。


「いつでも大歓迎だよ」


そう笑うと、彼も笑って。
もしそう出来たなら、もう一人の夜は怖くないね。
私達はそのままお互いを求め合うように昇りつめた。






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ちょっと切ないキヨドリームでした。
トップに書いたように少し微エロ風味です。
キヨはきっと普通に何でも言えそうに見えて、
色々深く考えるタイプだと思います。

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