朝から洗濯機がゴウンゴウンと音を立てる。
その音に目が覚めたのか、彼が後ろから抱きしめてくる。




日用雑貨品




「オハヨ、ちゃん」
「おはよう、清純……よく眠れた?」
「うん、ちゃん家のふとんはふわふわしてて激うらやましい〜」
「そう?それなら良かった」


彼に後ろ抱きされたまま、顔だけ振り向かせておはようのキス。
こんな風に一緒に朝を迎えるのは初めてで。
彼はいつも迷惑だからと帰ってしまったから。

だけど昨日、やっとお互い本音が言えて。
お互い本能のまま身体を求め合って。

目が覚めた時は満ち足りた気持ちでいっぱいだった。
彼がスヤスヤとたてる寝息さえも愛しくて。

私が笑顔すると、彼も微笑みを返してくれて。
その微笑みにさえ魅了されて。
彼は私にとって生活の必需品と化している。


そう、まるで日用雑貨品のように。


「今日が休みで良かったね、朝ごはんコーンフレークで良い?」
「うん、いーんじゃない?ちゃんは?」
「私はいつもコレなの、美味しいから好きなんだ〜」


朝のお決まりになっているコーンフレークを持ちながら、
2人分のお皿を出してリビングテーブルに並べる。
すると、ナイスタイミングで清純が冷蔵庫から取り出した
ミルクをお皿へと注ぎ込む。

何だか新婚1日目の夫婦みたいな連携プレーで少し嬉しくて。
いつの間にか笑顔してた私に清純はデコピンをかました。

一人が寂しくて、悲しくて仕方なかった部屋が
清純が存在するだけで大事な空間になってしまうなんて。

清純は不思議。
そこに居てくれるだけで何もかもが輝いて見えるから。
彼は笑いながら私の向かいに座った。


「……でさ、ちゃん」
「ん?なぁに?」


清純にスプーンを手渡して、自分の分をかき混ぜる。
ミルクと混ざったほうが断然美味しいからね。
最初の一口を口に運ぼうとした時、清純に話しかけられた。


「昨日の話なんだけど……」
「昨日の……?」


昨日の話って……寂しいって話?
……もしかしてやっぱり清純には重かったのかな?
改めて冷静に考えたら嫌になったのかも……。


「あの、ほら、引っ越すっての……」
「引っ越し?……誰か引っ越しするの?」


そんな話したっけ?
思考を巡らすけどそんな話をした記憶は無くて。
私は清純がそこに居てくれるだけで嬉しくて。
嬉しくて嬉しくて。


重要な言葉、聞き逃してた?


「……ちゃん、激ひどい……」
「え、いつ言ったの?清純引っ越すの?」


「ちゃんと言ったよ、俺、ココに引っ越すって」


……それって。


「マジ話だったのッ!?」


てっきり冗談だと思っていた私はスプーンを落とした。
音を立ててテーブルに落ちたスプーンについていたミルクの雫が
テーブルに飛び散って水玉模様を作った。


「……ちゃんは嫌なの〜?」
「いや、あの、嫌じゃないんだけど……」


その一連の動作が清純にはすごくショックだったらしく、
珍しく顔を俯かせて寂しそうな声でそう呟いた。
私は急いでスプーンをお皿に戻して、否定した。


「この部屋が狭くない?2DKだから2人で済むには……」
「あ、そうか……ちゃん激偉いねっ!」


フォローするとすぐにニカッと笑って、
コーンフレークを乗せたスプーンを口に放り込んだ。


「一緒に住むのは嬉しいけど、でも一応私達まだ高校生だし……」
「それは親説得するよ?」
「でもココから山吹高校は遠いでしょ?」
「ちゃんのためなら早起きするって!」
「でもテニス部の朝練早いのに……サボる気じゃないでしょーね?」
「う゛……」
「それだけは許さないわよ!一応私もテニス部のマネージャーだし」
「氷帝のだけどね」
「まぁね」
「……じゃあ、やっぱ無理かなー……」


「へへっ」と笑いながらまたコーンフレークを乗せた
スプーンを口に放り込んだ。


……見えた。


とんとんと人差し指で机を叩いて
微笑んだままの清純の顔をこっちに向けさせる。


分かってるんだよ、私。


「……清純、引っ越そうか?」
「……へ?」


そういえば今日の新聞に物件のチラシ入ってたわよね。
隣の椅子に置いてあった新聞の中身を取り出して、
リビングテーブルに広げて何枚か選んで差し出してみる。


「お金なら心配いらないよ、氷帝と山吹の真ん中辺りが良いかな?」
「え、ちょ、ちゃん……?」
「私の親はどうせ今年も外国だし、連絡すれば大丈夫よ」


一人は怖いの。
お父さん、お母さん、一人の夜は怖いの。
高校に入った時から一人で暮らし始めたけど、
どうしても夜の怖さだけは慣れなくて。

怖くて泣いたことだってあった。
恥ずかしい、でも怖いんだもの。

貴方に会えて昼は楽しくて。
でも余計に、夜はものすごく怖くて。

そこにあるはずのものがなくて、
そこに確かに動いていたものがなくて。

生活の上でとても必要なもので。
そう、今動いてる洗濯機のようなもの。


「……良いの?」
「もちろん、清純の笑顔見れるためなら何でもするよ」


分かってるのよ?
無理して笑うクセ、私知ってるよ?

微妙な変化だって見逃さない。
それだけいつも清純のこと見てるんだよ?


「じゃあ食べて洗濯物干したら出掛けよっか?」
「あ、俺の服洗ってくれたの?激ラッキー!」
「雨に濡れたまま返せないでしょ、この前服置いていってたみたいだしそれ着たら?」
「……気づいた?」
「あのね、ベッドの上に堂々と置いて帰って気づかないバカは居ないわよ」
「ははっ、そりゃそーだ」


とても嬉しそうにコーンフレークをかきこむ。
それは本当の笑顔だね。

本当に嬉しそうに笑う清純の頬に手を伸ばす。
そっと触れたとき、私の手の上に清純の手が重なる。
そしてそのまま私の手を清純の唇へと移動させる。


「ありがとう」


触れた唇が少し動いて篭ったそんな言葉が聞こえた。


『微笑みは時に力になり、言葉は時に勇気を生む。』


誰かがそんなこと言ってた気がする。
微笑み、そして欲しい言葉をくれる清純は最高よ。


「どーいたしまして」


ぺち、と軽く唇を叩いて手をそっと自分の下へ引き戻そうとしたら
軽く握られて、机へと押さえつけられた。
そのままどちらも喋らないまま穏やかな時間が過ぎようとしていた時、
ピーピー、とけたたましい機械音が部屋に響いた。


「……手伝ってくれる?」
「あはは、もちろん♪」


「ちぇっ、ざ〜んねん!」なんて言いながら手を引っ込めて
そのまま立ち上がり、既に空っぽなお皿を持ち上げて炊事場へと歩き出した。


「ちゃんのお皿も貸して?」
「もしかして洗ってくれるの?」
「俺もそれぐらいはするってね〜!」


少し残したコーンフレークを水で流して清純に差し出す。
「贅沢〜」と言いつつも受け取ってまた水で綺麗に汚れを流した。


「俺洗っとくからちゃんは洗濯物干す準備してて?」
「りょーかい」


鼻歌を歌いながら洗い物をする清純の後姿を見て
あぁ、なんて愛しいんだろうと思う。
その姿さえ私を魅了して、私の心を放さない。
愛しくて愛しくて、どうにかなってしまうそうで。

洗濯機の蓋を開けて洗い終わったばかりの清純の服を取り出す。
若干濡れているけれど苦になるほどではない。
それを少し見つめながら笑ったりして。

初めて眺める彼の服はやはり少し大きくて。
何だかそれがすごく嬉しくて。
ぎゅうっと抱きしめる衝動を抑えて、籠に押し込む。

籠に入れ終えてリビングに戻ると、タオルで手を拭いている清純と目が合った。
たたたっと寄ってきて「持つよ」と言って私から籠を取り上げた。
前を歩くその背中に自然を惹きつけられて後ろから抱きしめた。
清純は足を止めて、私の訳の分からない行動を黙って受け止めた。


「……清純、引っ越したら1番に何買う?」
「あははっ唐突だね、その質問は〜」


顔を清純の背中に押しつけてくぐもった問いかけにも
笑いながら答える清純。
ウィンドウショッピングをしてる私達を思い浮かべてみる。

あぁ、すごく楽しそう。
これが欲しいなんて言ったら清純はすぐに買ってくれそうね。
そして2人で余計な物まで買い込んじゃって、帰りには大荷物。
でも私達は笑ってる、手を繋ぎながら微笑んでるの。


「……洗濯機かな?」
「っ、洗濯機?」


顔を背中から離して見上げると顔だけ振り向かせた清純とまた目が合った。
「へへっ」なんてまた笑ってる。


「そ、すぐ俺ら服汚しちゃいそうじゃない?」
「……どういう意味よ?」
「ちゃんが考えてる通りなんじゃない?」


一気に顔に熱が集まっていくのが分かって、
照れ隠しに頭突きを清純の背中に何発もくらわした。
「ギブギブ」なんて言ってるけど笑ってるその姿が何となく許せないのよっ!!


「ちゃんっ、ちょっ、マジでギブだってっ」
「清純はどうしてそーゆーこと言うのよーっ!」
「……ホントはね」


声色が少し変化したのに気づいて咄嗟にそのまま顔を上げた。
ゆっくりとお腹にまわしていた私の腕を外して、
そのまま手のひらを握り締めた。


「ちゃんみたいだから、かな」
「……わたし?」
「そ、俺みたいなのでも綺麗に洗ってくれるからさ」


清純の顔はベランダの方を向いていて見ることが出来ない。
でも何となく分かる。
私達はきっと同じ顔してるもんね。


「ホントにね、清純みたいなのも洗ってあげる私って優しいわ〜」
「うわっ、ひどっ!……やっぱさっきのはナシ」
「言ったことはもう取り消せませーん!」
「ちゃん激酷すぎだって〜」
「男なら言ったことに責任持ちなさい!」


今度は自分から清純の手を放して、
ずんずんと前に進んでソファに大げさに座り込んだ。


「……じゃあ言う」
「何よ?」
「ゴウンゴウンうるさい所もちゃん激そっくりだか―――――」


最後の言葉まで言わせるものかとソファに置いてあった
クッションを手にとって投げた。
けれど、清純には止まって見えるらしく見事に避けられた。


「じゃあもう喋らない」
「ほら、またすぐそうやって拗ねる〜」
「そうさせたのは誰よ?」
「ハイハイ、俺ですよ〜」


清純は拗ねたフリをして自分もソファに座って
持っていた籠を床に置き、私の手に自分の手を重ねた。


「……結婚、しよっか?」
「……はぁ?」
「どうせ一緒に住んじゃうなら先に済ませちゃわない?」
「あのね、そんなに簡単な問題じゃ―――――」


それ以上は言うな、と言わんばかりにキスされた。
触れるだけの軽いキス。


「……誓いのキスはこんなカンジ?」
「清純なら結婚式の時でも深いのしそうよね……」
「要望には答える主義だけど〜?」
「良い、それだけは遠慮しとくわ」


何だか耐えられなくてどちらも笑い出した。
きっと私達にしか分からない笑い。


「じゃあ物件決まったら洗濯機見に行こっか?」
「行動派のちゃんの意見には従うしかないよね〜、ホント」
「何言ってんの」
「へ?」
「私を行動的にするのはキヨが居るからよ!」
「……」
「さぁさ!ちゃっちゃと洗濯物干すわよ〜」


少し見開いた清純の瞳を見て少し笑いながら立ち上がって、
ベランダを音を立てて開けた。


「今日も良い天気!きっとラッキーがいっぱいありそうだね〜」


ベランダに出て、専用のサンダル履いて、
振り向けばキミが笑ってる。

洗い立ての洗濯物を干しながら、
私達の笑い声は胸によく響いた。






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テーマは洗濯機なのに何故テレビなのか。
それは洗濯機の壁紙がなかったからです。
タイトルは日用雑貨品なので代表のテレビにしてみる。
こういうの好き。書いてて楽しかった〜。

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